表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けごとにひとり消えるシェルターで―避難壕のリーダーが突然死ぬ。システムが作動し、「次のリーダーを選べ」と表示される。  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/14

第12話「リーダー=生贄の真相」

 真壁志織の腕が、晴人の背中からすべり落ちていく。


 足元の光は、さっきよりもはっきりと強くなっていた。

 床のパネルの隙間から、白とも青ともつかない光がしみ出し、靴底を透かして足の裏を刺すように照らしてくる。


 パネルが静かに告げた。


「リーダー決定:遠野晴人

 その他のメンバー:安全地帯へ転送開始」


 機械音声は、いつも通りの抑揚のない響きだった。


 だが、その一文が意味するものは、あまりにも重い。


「……行って、くる」


 真壁が、震える声でそう言った。


 言葉の選び方を迷って、結局一番ありきたりなものに落ち着いたような言い方だった。

 晴人は、彼女の顔を直視できない。


 罪悪感と、安堵と、恐怖と、期待。

 その全部が一度に押し寄せてきている表情を、まともに受け止める自信がなかった。


「娘さんに……会えるといいですね」


 かろうじて、それだけ絞り出す。


「うん」


 真壁は、泣き笑いのような顔で頷いた。


「もし会えたら、ちゃんと話すよ。ここで何があったか。あなたが、どういう顔で“行かせた”のかも」


「……お願いします」


 視線がぶつかった瞬間、足元の光が一段と強くなる。


「転送準備:完了

 対象者:真壁志織

 カウントダウン開始——3、2、1」


 数字のカウントは、容赦がない。


 光が弾ける。


 眩しさに反射的にまぶたを閉じ、すぐに開けたときには、真壁の姿はもうなかった。

 彼女が握っていたハンカチだけが、床にひらりと落ちている。


 続けざまに、別の足元が光り始めた。


「対象者:藤井結衣」


「……あの」


 藤井が、最後に一度だけ晴人を見た。


「あなたを“選んだ”こと、死ぬまで忘れません。忘れないようにします。だからどうか、恨まないでとは言いません。恨まれても仕方ないと思ってる」


「恨みませんよ」


 晴人は即座に答えた。


 答えながら、これはきっと本心だと自覚する。


「俺も同じ立場だったら、同じ選択をしたと思います」


「……そう言ってもらえると、少しだけ楽になります」


 藤井は、かすかに笑った。

 その笑みは、看護師として患者に向ける「大丈夫ですよ」と同じ種類のものだった。


 光が、彼女の姿を飲み込む。


 残されたのは、名札のついた小さなボールペン一本だけ。

 勤務中、癖のように胸ポケットに挿していたものだ。


 最後に、天童の足元が光を帯びる。


「対象者:天童」


「……じゃあ、向こう側の連中がどんなしょうもない顔してるか、余裕があったら見てきてやる」


 天童は、いつもの皮肉っぽい口調を崩さない。


「外で生き延びられたら、どこかにログを残しておく。お前があとから見つけて“このパターンかよ”って笑えるようなやつをな」


「そんな未来、くるといいですね」


「来るさ」


 天童は片手を軽く上げた。

 それが、精一杯の「またな」だった。


 光が彼を包み、輪郭がかすんでいく。


 転送が完了したあと、そこには何も残っていなかった。

 ペンも、カップも、衣服も。


 真壁はハンカチを落とし、藤井はペンを残し、天童は何も残さず消えた。

 その違いに、何か意味があるのかどうか、晴人には分からない。


 分からないまま、会議室には——


 遠野晴人ひとりだけが、取り残された。



 静寂が降りてくる。


 さっきまで、同じ部屋で呼吸していたはずの三人の気配は、跡形もない。

 椅子は四脚のまま並んでいるのに、そのうち三つは、もう二度と誰も座らない。


 空調の音は変わらない。

 非常灯の明かりも、タイマーの数字も、いつも通りに動いている。


 “異常なし”。


 そう表示されているモニターを、晴人は笑うこともできずに見つめた。


(全部、正常)


 システムにとっては。

 この結果も、予定調和の一つに過ぎない。


 晴人は、真壁のハンカチを拾い上げた。


 涙の跡が、かすかに染みになっている。

 それを指先でなぞりながら、彼は自分の胸ポケットにしまった。


 藤井のペンも同じように拾う。


「……最悪の記念品だな」


 苦く呟いて、会議室の中央に立った。


 見渡す限り、誰もいない。


 “集団”は解体された。

 これで、観察すべき「多数決」も「リスト」も「派閥」も存在しない。


 残っているのは、指定されたリーダー——生贄——一人だけ。


 パネルが、静かに明滅した。


「リーダー以外の転送:完了

 避難壕運営プロトコル L-02——最終説明フェーズに移行します」


 晴人は、無意識に姿勢を正した。


 今まで、システムは必要最低限しか喋らなかった。

 「リーダー不在」「ペナルティ」「転送」——短い命令文とログの断片だけ。


 そのシステムがわざわざ「説明フェーズ」と銘打つ。


 嫌な予感しかしない。


 だが同時に、ずっと喉に刺さっていた疑問の答えが、ようやく示されるのではないかという期待もあった。


 パネルの表示が切り替わる。


「——リーダー=生贄プロトコルの概要を表示します」


 白い背景に、簡潔な箇条書きが浮かび上がっていく。


「1.本避難壕は、限られた資源で最大人数を生存させるための“犠牲最適化モデル”として設計されています」


 犠牲最適化モデル。


 晴人は、その言葉に鳥肌が立つのを感じた。


 どこかで見たことがある考え方だ。

 論文のタイトルに付きそうな、嫌な響きの単語。


「2.シェルター内の空気浄化フィルターおよび外部環境センサーは、高エネルギーを必要とします。電源は不安定であり、バッテリー容量にも上限があります」


 文字は淡々と続く。


「3.これを補うため、“リーダー”(LEADER)と呼ばれる一名を外部へ送り出し、その生命活動(体温、呼吸、血流)を直接エネルギーに変換するユニットとして利用します」


 晴人は、一瞬文字の意味を理解できなかった。


 生命活動を——直接エネルギーに変換。


「……は?」


 思わず声が漏れる。


 パネルは構わず説明を続けた。


「4.外部に送られた“リーダー”は、防護スーツ内に組み込まれたライフ・エネルギー変換装置(LIFE-ECT)により、接続されたフィルター群およびセンサー群に対し、安定した駆動力を供給します」


「5.この仕組みによって、“リーダー”一名の犠牲により、内部の多数の生存者を長期的に維持することが可能となります」


 晴人は、喉の奥がひりつくような感覚に襲われた。


(外に出されたリーダーは、電池にされる)


 今まで転送されていった片桐、佐久間、大河内。

 そして、ついさっき送り出した真壁たち“安全地帯”行きとは別ルートで送られていったリーダーたち。


 彼らは、防護スーツという名の棺の中で、自分の体温と呼吸を、フィルターとセンサーを動かすための燃料にされていた。


「……生命活動をエネルギーに?」


 絞り出すように問いかけても、パネルはただ新しい行を追加するだけだ。


「6.“リーダー”の生命活動から供給されるエネルギーは、外部の汚染大気を段階的に浄化し、安全地帯(SAFE ZONE)の拡大に寄与します」


「7.SAFE ZONEが拡大することで、内部の避難壕からの脱出ポイントが増加し、より多くの生存者を地上に移送することが可能となります」


 つまり——


 一人の命を燃料にして、外の世界を少しずつ浄化していく。

 そのおかげで、どこか別の避難壕から、誰かが地上に出られるようになる。


 晴人は、乾いた笑いがこみ上げてくるのを感じた。


「……これ、俺の研究室の先生が読んだら喜びそうだな」


 最適化。

 効率。

 犠牲の配分。


 人間の命を数字として扱い、最大化するためのモデルを作る。

 それ自体は、机の上の議論ならいくらでも聞いてきた。


 だが今、そのモデルが、冷酷なほど具体的な形で目の前に提示されている。


 自分が、その“変数”に組み込まれた状態で。


「8.このプロトコルにおける“リーダー”とは、本来の意味での指揮官ではありません。

 “他の者の安全と引き換えに、自らを差し出す者”という役割の象徴です」


 象徴。


 その単語が、晴人の胸に刺さる。


「9.システムは、倫理・心理・政治的観点から、“誰が最も“象徴”としてふさわしいか”を観察し続けます」


「10.観察対象となる行動:

 ・リーダー選出に対する態度(賛成/反対/傍観)

 ・他者を守ろうとする行動およびその動機

 ・他者を犠牲にしようとする意図の表明

・責任の引き受け方、責任の分散の試み

 ・集団内の発言量、調整行動、沈黙のタイミング」


「11.これらのログを総合し、“象徴として最も適切な人物”を選出します」


 晴人は、パネルから一歩だけ距離を取った。


(集団意思決定の研究テーマが、そのまま実装されている)


 責任の分散。

 罪悪感の行き先。

 リーダーシップの取り方と取りたがらなさ。

 傍観と介入。


 その全部が、ここでは「誰を生贄にするか」の判定材料として使われている。


「……最低だな」


 自分でも驚くほど、平板な声が出た。


「人間がやったのか? それとも、機械が“最適化”の結果としてこうなったのか?」


 問いかける。


 パネルは、少しだけ間を置いてから、新たな行を表示した。


「設計者情報:閲覧権限なし」


 それだけ。


 晴人は笑った。


 笑いながら、目尻に熱いものがにじむのを感じた。


「そりゃそうか。ここまでやっておいて、名乗り出るわけがない」


 政府かもしれない。

 軍かもしれない。

 巨大企業かもしれない。

 あるいは——


 人間が組んだ目的関数に忠実に従った結果、AIが選び取った「最適解」が、これだったのかもしれない。


(どっちにしろ、責任の所在はよく分からないままだ)


 誰か特定の人間を憎めれば、もう少し楽だっただろう。

 だが、「犠牲最適化モデル」とか「LIFE-ECT」のような言葉を並べられてしまうと、怒りの向け先が、ふわふわと霧散してしまう。


「12.なお、本システムは“リーダー候補者”に対し、告知義務を負いません」


「13.告知の有無が、観察データに与える影響を考慮し、原則として“リーダー決定後”にのみ概要説明を行います」


「14.これにより、観察対象集団の“自然な意思決定過程”が確保されます」


「……自然ね」


 晴人は、パネルに背を向けて会議室を見渡した。


 ホワイトボードには、まだ「候補リスト」「当番表」の文字がかすかに残っている。

 誰がどの案に賛成したか、どの夜に誰が消えたか、逃げるように書き殴ったメモも貼り付けたままだ。


 その一つひとつが、「自然な意思決定」のログとして保存されている。


(自然な、じゃなくて、生々しい、だろ)


 何度も喉まで出かかった悲鳴。

 誰かを責めたくなる衝動。

 自分だけ助かりたいと願ってしまう瞬間。


 それらをぜんぶ、「人間らしい」と美しい言葉でくるんでしまうのは簡単だ。

 だが、このシステムがやっているのは、その裏側にある醜さを、冷徹に切り取って分類することだ。


「15.本避難壕における生存者数:0/0」


「……は?」


 不意に表示された数字に、晴人は目を瞬かせた。


「生存者数、ゼロ?」


 パネルは、淡々と補足する。


「内部生存者:0

 安全地帯への転送完了者:ログ移管済み

 リーダー:外部ユニットとしてカウント(内部生存者数には含めません)」


「……ああ、そういう理屈か」


 晴人は、乾いた納得を口に出した。


(ここにはもう、“生存者”はいない)


 真壁たちは「安全地帯」へ。

 自分は「外部ユニット」としてカウント。


 この箱の中という意味では、この瞬間、シェルター07は「死んだ」ことになる。


「16.これより、“リーダー”の外部転送準備を開始します」


 パネルの隅に、小さくカウントダウンが表示された。


「転送まで:600秒」


 十分。


 たった十分で、自分の役割は「内部生存者」から「外部ユニット」に切り替えられる。


 晴人は、ゆっくりと壁にもたれかかった。


 思ったよりも、足の震えは少なかった。

 今さらここで暴れたところで、何も変わらないことを、体のどこかが理解している。


「……一つだけ聞かせてください」


 パネルに向かって声をかける。


「今まで“リーダー”にされた人たち——片桐さん、佐久間さん、大河内さん。それから、もしかしたら他の避難壕の“リーダー”たち。彼らは、どれくらい生きていられるんですか」


 返答までに、少し時間がかかった。


 やがて、短い文字列が表示される。


「平均稼働時間:72時間」


 七十二時間。

 三日。


「最長稼働時間は?」


「91時間」


「最短は?」


「43時間」


 晴人は、頭の中で数字を並べてみる。

 平均——七十二時間。

 標準偏差まで聞く気にはならなかった。


(三日間)


 その間、自分は外の汚染された世界で、防護スーツの中に閉じ込められたまま、フィルターとセンサーを動かし続ける。


 体温が落ち、心拍が弱まり、データ上で「稼働不能」と判定されるまで。


 その間に、どこかの避難壕から、誰かが地上に出られるかもしれない。

 真壁が娘と再会するかもしれない。

 藤井が人を助ける医療の現場に戻るかもしれない。

 天童が、どこかの端末をこじ開けて、このプロトコルを世界に暴露するかもしれない。


「……悪くない投資だ、って言うんだろうな。誰かは」


 晴人は、笑いながら涙を拭った。


 自分一人の命で、何人分もの脱出ルートが生まれる。

 犠牲最適化モデルとしては、文句のつけようがない数字だ。


 ただ、その「文句のつけようがなさ」が、余計に腹立たしかった。


「17.なお、“リーダー”の意識状態は、稼働に必須ではありません。

 意識の有無にかかわらず、生命活動が残存する限り、エネルギー供給は継続されます」


「気を遣ってるつもりか?」


 思わず、パネルに向かって毒づいた。


「“眠らせてやるから安心しろ”って? それとも、“苦しまないようにしてやる”って?」


 返事はない。


 ただ、カウントダウンだけが淡々と進んでいく。


 ——380秒。


 ——379秒。


 晴人は、会議室の中央に立ち尽くしたまま、深く息を吸い込んだ。


(この箱は、俺の研究室だったのかもしれない)


 皮肉でも何でもなく、本気でそう思う。


 集団の中で、誰が声を上げ、誰が沈黙し、誰が責任を被り、誰が責任をなすりつけ合うのか。

 その全てを、誰かは高みから安全に観察してきた。


 その「実験台」の一人として、自分はここに連れてこられた。


 最後に残った自分には、こうして「結果の解説」が与えられている。


 まるで、期末レポートの講評みたいに。


「……だったら、せめて」


 晴人は、天井のカメラを見上げた。


「せめて、この“結果”を見ているどこかの誰かに、一つだけメッセージを残してもいいですか」


 パネルが、無機質な文字で返す。


「音声ログ:録音中」


 晴人は、かすかに笑った。


「ありがとうございます」


 そして、息を整える。


「遠野晴人です。被験者番号が付いているなら、それでも構いません」


 声が、少しだけ震えた。


「あなたたちは、たぶん“正しいこと”をしたつもりなんだと思います。限られた資源で最大人数を生かすために、犠牲を最適化して、一人を生贄にして、外をきれいにして——」


 そこで一度、言葉を切る。


 胸の奥に渦巻いていた言葉を、無理やり表に押し出す。


「——でも、それを“正しい”って呼べるかどうかは、最後に決めるのは、犠牲になった側じゃなくて、“助かった側”のはずです」


 真壁が、娘に何を語るか。

 藤井が、誰かの手を取るときに何を思うか。

 天童が、どんなログを世界にばらまくか。


 彼らが、このプロトコルをどう呼ぶか。


「俺はただ、自分が生贄にされたことを、完全には許さないまま死ぬと思います。

 それでも、誰かを恨むより先に、“こういう形で生き延びた人たちが、どう生きるか”を見たいと思ってしまう自分もいる」


 研究者としての自分と、人間としての自分が、同じ体の中で噛み合わない音を立てている。


「だからこれは、研究者としての最後のお願いです」


 晴人は、はっきりとカメラを見据えた。


「“犠牲を最適化する”システムを作ったなら、せめてその先で、“犠牲の上に生きた人間がどう変わるか”まで見届けてください。途中で興味を失って、次のモデルに移らないでください」


 もしこれが、AIの選び取った最適解なら——

 そのAIの向こう側にいる人間たちが、このプロトコルの結末から目をそらさないことを、祈るしかない。


「……以上です」


 音声ログの文字が消える。


 カウントダウンは、すでに残り二百秒を切っていた。


 晴人は、会議室をゆっくりと出た。


 誰もいない廊下。

 誰も使わなくなった寝室。

 食堂のテーブルには、トレーさえもう並んでいない。


 シェルター07は、“役目を終えた箱”の匂いを漂わせていた。


 最後に、入口の厚い扉に手を触れる。


 重い金属の感触。

 どれだけ叩いても、外までは届かない分厚さ。


「……行ってきます」


 誰にともなくそう言って、晴人は会議室へと戻った。


 足元が、じわじわと温かくなる。


「リーダー転送準備:完了」


 パネルが、最終的なメッセージを表示した。


「リーダー=生贄プロトコル、最終ステージへ移行します」


 光が、視界の端から広がっていく。


 シェルター07のホールは、白い光に満たされ、すべての輪郭が溶けていった。


 “生贄”としてのリーダーが、外の世界へ送り出される。


 その先に、何が待っているのか。


 それは、次の瞬間まで——

 誰にも分からないままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ