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夜明けごとにひとり消えるシェルターで―避難壕のリーダーが突然死ぬ。システムが作動し、「次のリーダーを選べ」と表示される。  作者: 妙原奇天


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第10話「天童の告白と“指定されたリーダー”」

 十人いたはずの名簿は、もう数え直すまでもない。


 シェルター07の朝は、外界の天気とは無関係にやってくる。

 天井の照明は、設定されたルーチンに従ってじわじわと明度を上げ、人間の体内時計などお構いなしに「朝ですよ」と告げてくる。


 奥谷が消えた翌朝、食堂には、六つ分だけトレーが並んでいた。


 遠野晴人。

 藤井結衣。

 真壁志織。

 天童。

 叶空。

 浅倉。


 名前を口に出さなくても、誰が残っているかは一目瞭然だった。


 そして、誰がいないかも。


 南條のスリッパが残されたままの寝室。

 大河内のマグカップがぽつりと置かれたままのテーブル。

 奥谷のエプロンが畳まれずに椅子の背もたれに引っかかっている食堂の隅。


 それらは全部、ここ最近の「朝」の風景の一部になっている。


「……いただきます」


 誰ともなく小さく呟き、他の者たちも機械的に頭を下げる。


 スープをすする音だけが、食堂の空気にさざ波のように広がった。


 会話はない。

 昨日、「無関心でいる」という苦い合意を共有してしまったせいで、喉にひっかかった言葉がどんどん飲み込まれていく。


 それでも完全な沈黙ではいられず、叶空がぽつりと漏らした。


「……あと、何人減ったら終わりなんですかね」


 誰にともなく投げられた問い。


 天童が、スプーンを置きながら答える。


「分からない。プロトコルに“終了条件”の記述は見つからなかった」


「十人減ったら実験終了です、とかも?」


「なかったな」


 天童はカップの縁を指でなぞりながら続ける。


「ただ、“リーダー不在状態が長期化した場合、観測の価値が低下する可能性があります”って文言はあった」


「観測の、価値……」


 真壁が、小さく繰り返す。


「つまり、“観測の価値”を維持するために、わざわざ私たちを減らし続けてるってこと?」


 その問いに、誰も「違う」とは言えなかった。


 晴人はスープの中で揺れる具材を見つめながら、胃のあたりに広がる冷たさを感じていた。


(観測の、価値)


 その言葉は、完全に外側の視点だ。


 見ている者。

 データを集めている者。

 論文を書くためだけに、ここを箱庭として眺めている誰か。


 そこにいる自分たちは、「サンプル」でしかない。


 守っても。

 見捨てても。

 黙っていても。


 どの選択も、等しく誰かの研究材料になる。


「食べ終わったら、遠野。少し時間くれないか」


 唐突に、天童が晴人の名を呼んだ。


「え?」


「設備ログの整理、手伝ってほしい。……人目がないほうが話しやすい」


 その言い方に、晴人は微かな違和感を覚える。


 「ログの整理」は、天童の仕事だ。

 ここ数日、晴人も記録係として手伝ってきたが、「人目がないほうがいい」と言われたのは初めてだった。


「分かりました」


 晴人が頷くと、天童はそれ以上説明せずにスープを飲み干した。



 食後。

 天童が晴人を連れて行ったのは、設備監視室だった。


 会議室の隣にある狭い部屋。

 壁一面にモニターと操作パネルが並び、その下には何重にもケーブルが這っている。


 もともとは、シェルター管理用のスタッフルームだったのだろう。

 だが今、ここに座る職員はいない。


 その代わりに、天童が日々「ログ漁り」をしている。


「こっち」


 天童は、奥まったコンソールの前に座り、椅子をもう一脚引き寄せた。


「閉めて」


 晴人が戸惑いながらもドアを閉めると、室内は一層狭く感じられた。

 換気扇の低い唸りと、モニターの微かな発光だけが空間を埋める。


 天童は、キーボードを素早く叩き始めた。


 黒い画面に、白い文字列が次々と流れていく。


「……設備ログの整理、っていうのは建前だ」


 唐突に、天童は言った。


「え?」


「本当は、遠野、お前に見せておかなきゃいけないログがある。……見せるべきタイミングをずっと迷ってた」


 その言い方に、晴人の心臓がひとつ跳ねる。


 天童は、画面を切り替えた。


 簡素なテキストビューアが開き、上部にファイル名が表示される。


 「L-02_CORE_SETTING」。


「プロトコルの中枢設定ファイルだ。システムの基本方針が書いてある」


 天童はページをスクロールさせながら続ける。


「運営権限レベル。ペナルティ条件。転送フラグ。リーダー不在時の挙動……」


 そこまでは、晴人も何度か見せてもらった内容だ。


 だが、今日表示されたのは、そのもっと奥にある項目だった。


 画面の中央付近で、スクロールが止まる。


 天童は、無言で一行を指さした。


 そこには、こう書かれていた。


 「DEFAULT_LEADER_CANDIDATE:TORNO HARUTO」


 晴人は、一瞬、その英字が何を意味しているのか理解できなかった。


 TORNO HARUTO。

 並び替えれば——


 遠野晴人。


 自分の名前だ。


「……は?」


 声が上ずる。


 頭の中で何かがカチリと外れる音がした。


「最初の頃から、あった」


 天童は、顔をしかめたまま言った。


「片桐さんがいたときから。このシェルターに入った初日から、この項目は“有効”になってた」


 晴人は、モニターに顔を近づけた。


 行の末尾には、「ENABLE true」という文字がついている。

 さらにその下に、注釈のような記述が続いていた。


 「※デフォルトリーダー候補は、観測対象集団の“標準モデル”として設定。

  集団動態に応じて適性値を再計算し、必要時に優先的に選出すること」


「……デフォルト、リーダー候補」


 晴人は、掠れた声でその単語を繰り返した。


「それって……」


「最初から、“お前をリーダーにする前提でプロトコルを組んでいる”って意味だろうな」


 天童は淡々と答える。


「もちろん、こっち側でその設定を変えようともした。だが、この項目はロックされてる。桁違いの権限がないと書き換えられない」


「なんで、今まで……」


 言いながら、自分の喉が震えているのが分かった。


「なんで今まで、黙ってたんですか」


 問いというより、ほとんど責めに近い。

 それを自覚する余裕すら、今はない。


 天童は、視線をモニターから外し、晴人を見た。


「……怖かったからだよ」


 短くそう言ってから、続ける。


「最初にこれを見つけたとき、“なんで遠野なんだ”って頭の中が真っ白になった。誰か一人が生贄にされる仕組みなのかもしれない、って気づきかけて……それを口にした瞬間、場がどうなるか考えた」


 彼は苦笑した。


「“お前、最初からシステムに選ばれてたんだってよ”。そんな話をしたら、集団がどう反応するか。心理学をかじってるお前なら、想像つくだろ」


 晴人の背筋に冷たいものが這い上がる。


(俺が「指定されたリーダー」だと知ったときの、みんなの反応)


 「じゃあ、お前が行けよ」と誰かが言うかもしれない。

 「最初から決まっていたなら仕方ない」と、合理的に納得しようとする者もいるだろう。


 反対に、「そんな理不尽は許せない」と怒る者もいる。

 だが、その怒りは、結局どこへ向かうのか。


 システムか。

 それとも、「選ばれた側」の自分か。


「……言えなかった」


 天童は続けた。


「俺自身、怖かった。お前にそれを伝えた瞬間、その情報の扱い方を誤れば、集団が一気に崩れるかもしれないと思った。そうなったら、ペナルティがどう動くかも、見当がつかなかった」


「だから、隠してたと」


「そうだ」


 短い肯定。


 晴人は、何度か唇を開きかけては閉じた。


 怒るべきなのかもしれない。

 責めるべきなのかもしれない。


 だが、それをするエネルギーが出てこなかった。


 代わりに、頭の中に別の疑問が浮かぶ。


「……“デフォルトリーダー候補”って、具体的に何を意味してるんですか」


「今のところ判明しているのは、“リーダー適性の判定基準が、まずお前に合わせて設定されているっぽい”ってことだ」


 天童は、別の画面を開いた。


 そこには、折れ線グラフやら数値表やらが並んでいる。


 「LEADER_FIT_SCORE」。

 「COOP_INDEX」。

「RISK_TOLERANCE_ESTIMATE」。


「この辺のスコアリング、初期値が全部“TORNOモデル”って名前になってる。他の候補者のスコアは、“TORNOとの差分”として計算されてる」


 晴人は、喉の奥がひりつくような感覚に襲われた。


(俺の行動が、“基準”になっている)


 多数決のとき、何を言ったか。

 候補リストの話し合いで、どんな表情をしたか。

 誰にどんな言葉をかけたか。


 それらを基準として、「他のメンバーの適性」が測られている。


「……システムの視点から見れば、俺は最初から“生贄としてマークされていた”ってことですか」


「言い方は最悪だけど、そういうことになるな」


 天童は肩をすくめる。


「“標準モデル”ってのは、裏を返せば、“最終的にどこかに送っても構わない個体”ってことでもある。観測値を一番たくさん持っていて、集団動態の縮図になっている人間」


「それ、最初から決まっていたんですか」


「少なくとも、俺たちがここに入ってきた時点では、もう設定されていた」


 晴人は、僅かに眩暈を覚えた。


 あの日、地上の避難誘導員に案内されてこのシェルターに入ったとき。

 名前と年齢、職業、連絡先を紙に書かされ、簡単な健康診断を受けたとき。


(あの瞬間にはもう、“遠野晴人”って名前がここに書き込まれていたのかもしれない)


 自分の意志とは関係なく。

 「向いてそう」という理由だけで。


「……なんで俺なんですかね」


 自分でも驚くほど、静かな声が出た。


「他にもっと、“リーダーっぽい”人、いたじゃないですか。片桐さんとか、大河内さんとか、佐久間さんとか」


「そういう人たちは、“分かりやすくリーダーな人”だ」


 天童は画面を閉じた。


「観察するには向いてない。“リーダーっぽい人がリーダーになる”集団なんて、教科書にいくらでも載ってる。プロトコルを組んだ連中が見たいのは、たぶん違うパターンだ」


「違う、パターン」


「“普段は観察者で、調整役で、必要以上に前に出ないタイプが、どこでどうリーダーにされるか”。その過程を見たいんだろうさ。——例えば、お前みたいな」


 晴人は、苦笑するしかなかった。


 大学での自分の立ち位置を思い出す。


 ゼミの発表で、討論が白熱しすぎたとき、話を整理して次の議題に進める役。

 サークルで、誰かが揉めたとき、双方の言い分を聞いて間に立つ役。

 「代表」ではなく、「調整役」。


(集団意思決定の研究テーマを選んだのも、自分がそういうポジションでいたからかもしれない)


 その性質を、誰かがどこかで見抜いていたのだろうか。


(“観察される側”じゃなくて、“観察する側”だと思ってた)


 自分はずっと、そうだと信じていた。

 傍観者として、他人の選択と感情を眺めて、そこからパターンを見つけるのが好きだった。


 だが今、その「観察者」は「標本」としてガラスケースに入れられている。


「……いつ、これを俺に言おうと思ってたんですか」


 晴人は、視線を天童に戻した。


「もっと早く、教えることだってできたはずですよね」


「できたよ」


 天童はあっさり認める。


「でも、言った瞬間に“観測条件”が変わると思った。お前の行動が、“自分が指定されていると知ったあとの行動”に切り替わる。それはそれで価値のあるデータかもしれないけど……」


 彼は自嘲するように笑った。


「そんなことを考えて、“タイミングを遅らせよう”って判断をした時点で、俺も同じ穴のムジナだよな。向こう側の連中と」


 その告白は、彼なりの罪悪感の表明だった。


 晴人は、呼吸を整えるように深く息を吸った。


「……今、このタイミングで言った理由は?」


「残り人数が、限界に近づいてるからだ」


 天童の声が、少しだけ低くなる。


「あと何人減ったらプロトコルが終わるのかは分からない。けど、“最後のリーダー”をどこかで決めるはずだ。今の状況を考えると、その候補はほぼ間違いなくお前になる」


「“最後のリーダー”……」


「真壁さん、大河内さん、佐久間さん。いわゆる“リーダーっぽい人間”は、みんな外に出された。残されているのは、“リーダー役を避けてきた人間”と、“観察者気質の人間”だ」


 天童は、指を折って数えた。


「藤井さんは、医療担当としての専門性が強い。叶空は、まだ子どもだ。浅倉は、集団の中で目立たない。真壁さんは……たぶん、そろそろ限界に近い」


 彼は、晴人の目をまっすぐ見た。


「この中で、“最後に残って集団の行動を決める役”に一番向いているのは誰か。システム目線で見れば、答えはひとつだろ」


 晴人は、喉の奥がひりつくのを感じた。


(自分が、最後のリーダー)


 それは、名誉でも何でもない。


 ここでの「リーダー」は、「一番最後に外に出される実験体」という意味だ。

 全員がいなくなったあとに、一人だけ残され、何かしらの判断を迫られる役。


「……全部、“リーダー適性の確認”のために評価されてたのかもしれないな」


 思わず、本音が口から漏れた。


「まとめ役を買って出たことも。誰かの意見を整理したことも。誰かに遠回しに配慮した言い方をしたことも」


「その可能性は高い」


 天童は、あっさりと認める。


「だからこそ、今言った。これ以上、お前一人だけが“知らない観測対象”でいるのは、さすがにフェアじゃない」


 フェア。


 この箱の中で、そんな言葉がまだ意味を持つのかどうか。


 それでも、晴人は小さく頷いた。


「……ありがとうございます」


 ヴォリュームを一段落とした声で、それだけ言う。


 本当は、ありがとうなんて言いたくない。


 言った瞬間、その感情すらどこかにログとして保存される気がして、ぞわりとした。



 設備監視室を出る頃には、人工太陽灯は夕方モードの少しオレンジがかった光に切り替わっていた。


 廊下には誰もいない。

 声を潜める必要はないのに、晴人の足音は自然と小さくなった。


「他の人には……」


 歩きながら、晴人は口を開いた。


「このこと、言うつもりですか」


「今のところは、ない」


 天童は即答した。


「個人的には、お前の判断に任せたい。お前が言いたくなったら言えばいいし、言わないほうがいいと思うなら黙っていてもいい」


「それ、責任丸投げしてません?」


「してる」


 平然とした答え。


「でも、元々これは、お前個人の問題でもある。“お前の名前が勝手に設定されていた”って話だからな」


 そう言い残して、天童は別の方向に歩いていった。


 晴人は、自分の部屋のドアの前で立ち止まった。


 ドアノブに手をかける。

 数秒、そのまま固まる。


 頭の中には、いろいろな表情が浮かんだ。


 真壁の、娘のことを話すときの顔。

 藤井の、「助けられなかった」自分を責めるときの目。

 叶空の、南條を思い出すたびに軋む声。

 浅倉の、諦め半分の笑い。


(今ここでこの話をしたら——)


 誰かが、「じゃあ、お前がリーダーになるべきだ」と言うかもしれない。

 誰かが、「そんなのおかしい」とシステムに反発するかもしれない。


 どちらに転んでも、場は大きく揺れる。


(その揺れすら、“観測データ”になる)


 そう思った瞬間、喉が詰まった。


「……言えないな」


 小さく呟き、晴人はドアを開けた。



 夜。


 消灯時間が近づき、廊下の非常灯だけが点灯する。


 各自の部屋の扉は閉ざされ、物音はほとんどしない。

 たまに、遠くで誰かが寝返りを打つ音が聞こえる程度だ。


 晴人はベッドに腰掛け、部屋の壁に備え付けられた小型パネルをぼんやりと眺めていた。


 時間表示は「23:47」を示している。


 その下に、いつの間にか新しい通知アイコンが点灯していた。


「……?」


 指先で触れると、画面が切り替わる。


 白い背景に、黒い文字。


「L-02プロトコル通知:

 現在リーダー候補:遠野晴人

 適性値:上限」


 晴人は、息を飲んだ。


 そこには、確かに自分の名前が表示されている。


 ただのログファイルの一行ではない。

 個室パネルに向けて、わざわざ「通知」として表示されたメッセージだ。


 まるで、「本人への通達」のように。


 行の下に、さらに小さく文字が続いていた。


「自発的承認を待っています」


 自発的——承認。


 晴人は、画面から目を離せなくなった。


(最初から、決まっていた生贄)


 天童が見せてくれたログ。

 DEFAULT_LEADER_CANDIDATE。

 TORNO HARUTO。


(そこからずっと、俺の行動を監視して、スコアを計算して、最後にこうやって“適性値:上限”って通知を出してきて……)


 感想を求められているのかもしれない。

 感謝を期待されているのかもしれない。


 あるいはただ、最後の仕上げとして、「自発的」というラベルを貼りたいだけなのかもしれない。


 システムの側から見れば、「本人の承認を得てリーダーを選出した」という形にしたほうが、データとしては都合がいい。


 他の候補者たち——佐久間、大河内——は、ある意味「半強制的」にリーダーにされた。

 そこで観測されたのは、「強制的なリーダー選出」に対する集団の反応だ。


 今度は、「自発的承認」のケースを取りたい。


 そんな意図が、行間にべっとりと張りついている気がした。


「……ふざけるなよ」


 思わず、声が漏れた。


 誰に聞かせるでもない声。

 だが、マイクはきっと拾っている。


「ずっと、勝手に基準にされて。勝手に点数つけられて。勝手に候補にされて。最後に“自発的承認”って、何だよそれ」


 自室の空気が、急に薄くなったように感じた。


 窓のない箱。

 換気口の位置も把握しているのに、うまく息が吸えない。


 晴人はベッドから立ち上がり、狭い部屋の中を二、三歩歩き回った。


 パネルは、その間もじっと同じ文言を表示し続けている。


「現在リーダー候補:遠野晴人

 適性値:上限

 自発的承認を待っています」


 今、このメッセージを他の誰かに見せれば——

 真壁に。

 藤井に。

 叶空に。

 浅倉に。


 彼らはどう反応するだろうか。


「だったら、行くべきなのかもしれない」と言う者もいるかもしれない。

「そんなの認めない」とパネルを殴る者もいるかもしれない。


 どちらにせよ、そのやりとりのすべてが、また新しいログとして保存される。


(ここで俺が“承認する”って押したら——)


 その瞬間、光に包まれて外に出されるだろうか。

 それとも、最後の最後にもうひとひねり加えてくるだろうか。


 どちらにせよ、「自発的に承認したリーダーのケース」というサンプルが増えるだけだ。


「……嫌だな」


 晴人は、パネルから視線をそらした。


 嫌だという感情は、とっくの昔に言語化していたつもりだった。

 だが、こうしてはっきりと文字で指定され、「承認」を求められると、その重さが桁違いになる。


(怖い)


 単純に、怖い。


 外の空気。

 放射能の値。

 センサー代わりに使われてきたリーダーたちの末路。


 それらとは別に、「最後の一人として何を見せられるか分からない」ことが、何より怖かった。


 それでも——


 パネルに触れたくなる自分もいる。


 ここまで来て、自分の役割から逃げるのは卑怯じゃないか。

 最初から自分だけが「知らないふり」をしてきたことへの罪悪感。


(それすら、きっと向こう側は計算ずみだ)


 罪悪感を利用し、「自発的承認」を引き出す。

 そういうアルゴリズムの顔が、透けて見える。


 晴人は、両手で顔を覆った。


「……誰にも、言えないな」


 ぽつりと漏らした本音。


 これを今、誰かに話したら——

 それは「最後の観測条件変更」としてログに刻まれる。


 最後の最後まで、「観察される自分」でいるのか。

 それとも、観察をぶち壊すために何かをするのか。


 その答えを出すには、あまりにも時間が足りない気がした。


 パネルの文字は消えない。


 人工太陽灯はすでに落ち、部屋の中は薄暗い。

 それでも、画面の白光だけが、妙に明るく晴人の顔を照らしている。


 指定されたリーダー。

 最初から決まっていた生贄。


 その事実を抱えたまま、晴人はベッドにもぐり込んだ。


 目を閉じても、まぶたの裏に「自発的承認」という文字が浮かび上がる。


 眠りは、なかなか訪れなかった。

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