第1話「リーダーが死んだ避難壕」
登場人物
遠野 晴人/23歳・元大学院生・主人公
専攻は社会心理学。研究途中で災害に巻き込まれ避難壕へ。状況を分析しようとするが、現実の恐怖の前では理論が役に立たない。人をまとめることは得意でも、責任を背負うことには強い抵抗感がある。
藤井 結衣/26歳・看護師
怪我人や体調不良者を献身的に看るが、責任感の強さゆえに精神的に追い詰められやすい。片桐元リーダーとも比較的親しく、その死に強いショックを受けている。
大河内 誠/35歳・元自衛官
階級社会と指揮命令系統に慣れているため、「リーダー不在」は耐えがたい。現場主義で、無駄な議論を嫌う。やがて強権的に場を掌握しようとするが…。
天童 亮/28歳・システムエンジニア
この避難壕を動かしているシステムを読み解こうとする人物。コンソールの隠しメニューから断片的な情報を得るが、それゆえに早い段階で「リーダー=生贄」の可能性に気づいてしまう。
佐久間 宗一郎/48歳・元市議会議員
言葉と空気を操るプロ。話し合いと投票を重視しつつも、自分に有利なように場を誘導する。表向きは「住民代表」の顔を崩さないが、極限状態で本性が露呈していく。
真壁 志織/32歳・シングルマザー
小学生の娘とは別の避難壕。娘が無事でいると信じ、生きて外に出ることに執着している。自分ではリーダーに不向きだと考えつつ、「子どものためなら汚い手も使う」覚悟を秘めている。
叶 空/17歳・高校生
ヲタク気質で、ゲームやネット掲示板由来の知識に頼りがち。最初は「デスゲームものみたい」とどこか他人事だったが、友人と似た大人が消えたことで現実を突きつけられる。
南條 カナ(なんじょう カナ)/21歳・フリーター
明るく空気を和ませようとするムードメーカー。しかしその「陽」の顔は、家庭環境から身につけた生存戦略でもある。誰かに強く依存しがちで、その依存が悲劇を呼ぶ。
その他、老婦人、工場作業員、パート主婦、留学生など、合わせて十三人+死亡した元リーダー片桐
遠野晴人は、会議室の薄暗がりにまだ残る眠気を振り払おうとしながら、机に突っ伏したまま動かない男に声をかけた。
「片桐さん、朝です。そろそろ定時点検の準備を……」
返事はない。深呼吸をしてから、晴人はもう一度、肩に手を置いた。
「……片桐さん?」
揺らしても、微動だにしなかった。
嫌な静けさが、狭い地下の会議室にじわりと広がる。薄い空調の風に紙の資料がふるえるだけで、生きた気配がそこにない。
その様子を見ていた藤井結衣が、椅子から半歩近づいた。
「……脈、測るね」
彼女の指が、片桐の首筋にそっと触れる。数秒、呼吸を止めるように集中した後、結衣は静かに首を振った。
「……冷たくなってる。だめ。もう……」
晴人の背すじに、冷たい鉄を押し当てられたような感覚が走った。
片桐はこの避難壕「シェルター07」のリーダーだった。物資管理、当番のシフト、外部センサーの監視、緊急時の判断。誰より早く起きて誰より遅く寝て、全員の安全を守ってきた。頼りないところはあったが、憎めない性格で、全員がそれなりに信頼していた。
その彼が。
机に伏したまま、誰にも気づかれず死んでいるなんて。
結衣が青ざめた声で言った。
「外傷は……ない。毒物? 急性の発作? でも、昨日まで元気だったはずなのに」
「とにかく、みんなを呼ばないと」
晴人が会議室を飛び出すと、廊下の冷たい照明が瞬きをした。大気汚染の影響か、最近は電力が不安定だ。
シェルター内で生活を続けて数週間。外の戦況はつかめず、通信モニターの表示はずっと赤い。「大気汚染レベル危険」の文字が点滅しているままだ。地上に戻るなど、到底できない。
ほどなくして、十三人全員が会議室に集められた。ここにいる全員の顔が、驚きや不安や怒りで揺れている。
元自衛官の大河内が腕を組んで、死体に目を落とした。
「急死……か。こんな密閉された空間で、毒物なんて使うメリットもない。自殺か、病死だろう」
「でも……昨日まで普通だったのに」
南條カナが震えた声でつぶやく。
「発作なら……誰にでも起きるよ」
叶空が慰めるように言ったが、その表情は自信なさげだった。
どこかで誰かが唾を飲み込む音がした。
突然「リーダーがいない」という状態に放り込まれた現実が、胸に重くのしかかる。
まるで、生活の中心のネジが急に抜け落ちたようだった。
そのときだった。
壁一面のパネルが、低い電子音とともに光った。
黒く沈んだ画面に、真っ白な文字が浮かび上がる。
「避難壕運営プロトコル L-02 を起動します。
現在、リーダー不在。
次のリーダーを選出してください。
リーダー不在のまま夜明けを迎えた場合、ランダムに一名を消去します」
――消去。
もっとも重い二文字が、全員の心臓に、冷たく刺さった。
「は……?」
「消去って……何それ、ふざけてんの?」
「冗談のセンス悪すぎだろ……」
騒ぎ始める声を抑えるように、元市議の佐久間が手を挙げた。
「落ち着こう。これはシステムが勝手に言ってるだけだ。脅しみたいなものだよ」
「いや、そんな穏やかに言えねえだろ」
大河内が眉をひそめる。
天童がコンソールへ駆け寄り、指を走らせた。
「人員管理……消去ログ……アクセス権限が……」
画面には「権限不足」の表示が冷たく出るだけ。
天童は唇を噛んだ。
「過去の記録、見られない。でも、“消去”って項目は本当に存在する」
それが冗談かどうかは、誰にもわからない。
南條カナがおそるおそる挙手した。
「リーダーって、何する役割なんですか?」
その問いに反応して、パネルに新たなウィンドウが開いた。
【リーダータスク】
・外部センサー監視
・物資配分の最終決裁
・出入り口ロックの操作権限
・緊急時の最終判断
「……重すぎない?」
叶空が小さく言った。
「ていうかさ、失敗したら恨まれるやつじゃん、これ」
「こんな状況で選んだら、あとで必ず揉めるわよ」
真壁志織がため息を吐く。
「職場の責任押し付けと同じ構図。誰もやりたくないでしょうね」
全員が視線をそらす。
誰一人、名乗り出ようとしない。
「なら今日は片桐さんの……葬儀みたいなことをして、明日話し合おう」
佐久間がまとめようとすると、パネルに冷たい数字が浮かんだ。
「次の夜明けまで残り:18時間23分」
一瞬、空気が固まった。
時間は待ってくれないのだ。
黙祷が終わり、それでも誰も「自分がやる」とは言わず、会議は中断された。
晴人は、(責任と非難の構図、心理的ハードル……)と考えながらも黙っていた。言っても空気が悪くなるだけだと思ったからだ。
その夜。
シェルターは静まり返り、薄い明かりだけが廊下に線を描く。
晴人は眠れず、気まぐれに歩いた先で、安置室の前に立ち止まっていた。
中には、冷たい金属台の上に横たわる片桐の遺体。そして、死因の見えない静かな闇。
「……なんで、こんな時に」
独り言のように呟いたとき、背後から足音がした。
「晴人。起きてたの?」
振り返ると、天童が立っていた。手にはタブレットが握られている。
「さっき、ログを少しだけ覗けた。……“消去”って項目、本当にある。テスト用の項目でもなくて、実行ログの形をしてる。何がどうなるのかは、わからないけど……」
「つまり?」
「システムは……本気で誰かを消すつもりだってこと」
声が震えていた。
晴人は喉が乾くのを感じた。
もしかしたら、本当に“誰かが消える”のか。
そして――夜明けが来た。
人工太陽灯がじわじわと明るくなり、シェルターに疑似的な朝が訪れる。
すぐに、館内放送が鳴った。
「リーダー未選出。ペナルティを実行します」
直後、悲鳴。
全員が駆けつけると、台所エリアの床に、マグカップが転がっていた。
湯気がまだ残っている。ついさっきまで誰かが握っていた温度だ。
だが――
その人物の姿は、どこにもなかった。
「嘘……でしょ……?」
南條カナが崩れ落ちる。
監視カメラの映像を確認すると、ひとコマ分のノイズ。その瞬間に、彼女は画面から“消えていた”。
出入り口もロックされておらず、逃げ場もない。
つまり――「消去された」のだ。
天童は青ざめながらつぶやいた。
「これで……信じた?」
シェルターの空気は、一瞬で変わった。
“選ばなければ、誰かが確実に消える。”
選ばれたら責任を負い、選ばれなければ死が降りかかる。
その歪んだルールの中で、十三人の地獄の会議が――いま、始まろうとしていた。




