⑨謎が多すぎる
「どうしたの、カリスさん?」
エドは澄んだ少女の声で、物思いから覚めた。
いつの間に戻って来たのか、カミラが後ろ手にドアを閉める。
「お嬢、もういいのか?」
レアことカミラはこくんと頷く。
なんとも可憐な仕草である。
完全に芝居だが。
本来のカミラの動作は何というかこう、逆らい難い迫力と、重厚さがある。
〝理不尽だ!〟
内心叫んだエドだが、表面は何食わぬ顔で頷いてみせた。
くすっ、とカミラが笑う。そして。
「いかがいたしたのじゃ、エドよ?」
「は…?」
不意を突かれたエドの表情が余程面白かったらしく、カミラはクスクス笑いながら続けた。
「遮音結界じゃ。外へは聞こえぬ。」
「あ…。」
予備動作も詠唱もなく、カミラがシールドを展開したことは理解出来たが、隠しカメラはどうするんだ?
「言いたいことは分かるぞ。カメラなら問題はない。音も映像も適当に記録されておるはずじゃ。」
カミラは悠然とソファに座った。
いつもの彼女の仕草で。
まあカミラが問題ないというなら、カメラの件はそうなんだろう。
それはそれとして。
「博士。ちょっとヤバい奴が現れまして。」
早速エドは、カイリーの件を説明する。
聞き終えて、カミラは頷いた。
「汚職関係か。そちらはラグナロクがどうとも手配しよう。問題はこちらじゃ。」
「何かあったんですか?」
「うむ。第一に被害者の死因はウミガシワではない。」
「は…?」
「ウミガシワを摂取したのは間違いないが、死因は別にある。やはり毒ではあろうが、特定は出来なかった。」
「…それならなぜ、ウミガシワだと発表したんでしょうか?司法解剖されたらヤバいんじゃ?」
「ふむ、不可解よの。」
カミラはどこからともなくあのピンクの手帳を取り出して開いた。
暗号、じゃなくて、超個性的な文字で綴った日記帳だ。
「それが?」
「気になることをいくつか書き留めて置いたのじゃ。探偵とはこうするものなのであろう?」
「たん、てい…?」
あんた、どんなレトロなドラマ観たんだよっ!?
そう突っ込みたいのは山々だったが、エドも命は惜しいので、曖昧な笑顔で誤魔化すことにする。
「ああ、これじゃ。…ラグナよ、聞いておろう。まずは、爪の色じゃが…」
カミラは淡々と幾つかの所見を述べた。
肌、眼球、眼瞼、硬直の具合などなど。
そのあまりの詳細さにエドはギョッとした。
まるで、被害者を丸裸にして、あらゆる角度から詳細に検分したとしか思えない。
不可能?
〝あ〜、博士なら可能か…。〟
つまり方法を考えるだけムダというもの。
どこかの黒猫ドラゴン並みに、自在に結界を操れるならば、なんでも出来そうだ。
『おそらく自然毒ですわね。』
ラグナロクは即座に回答した。エドが通訳する。カミラは頷いた。
「人間に対する毒にはあまり知識がない。症状に合致する毒物の候補を挙げてもらえれば、ありがたい。」
「承知しましたわ、博士。まず…」
ラグナロクが列挙する毒物の名を、エドは逐一通訳した。よく知っているものもあれば、全く見当がつかないものもある。
カミラはそれを例のピンクの日記帳に書き出していく。が、エドはあくまてそうだろうと見当をつけただけで、カミラのメモが本当に毒の名前かは知る由もない。
10ばかりの候補を挙げたところでラグナが尋ね、エドが通訳する。
「大体こんなところかと。これと見当をつけられたものは?」
「そうじゃの…、最初のものか4番目が怪しいが、特定する情報が足りぬ。」
最初の毒は、エドもアカデミーで聞き齧った記憶がある。
ある種の軟体動物から取れる神経毒で、極めて強力なシロモノだ。
だが4番目はたしか、聞いたこともないモノだった筈だが…。
『エド、4番目は〝月の宮〟の庭園にある植物から取れるわ。博士にお伝えして。』
ラグナの言葉を伝えながら、エドは首を傾げた。
離宮〝月の宮〟と名指しするからには、恐らく他では入手が不可能か、極めて難しいモノである筈。
『構造式は…』
続けてエドはラグナから送られてきた二つの構造式を、リストバンドの携帯情報端末に転送してカミラに見せた。
エドにとっては、サングラス型の端末がメインの情報ツールだ。
だからごく一般的なリストバンド端末は、いわばダミーだが、こんな時は役に立つ。
構造式は、この世界のもののはずだが、カミラはなんなく理解した様子である。
このひと、たしか産婦人科医だったな、とエドは思い出した。
それでいて、最高権力者の右腕とは。
アカデミーで習ったごくざっくりとした情報では、魔界はシビアな実力至上主義社会だという。
魔力の強いものが権力を持ち、他を支配する社会。
強力な力を持つほど長命だとも聞いた。
ということは…。
「いかがいたした?」
冷や汗が滲む。
「い、いえ。何でもゴザイマセン。そ、それより博士、ご意見は?」
「ふむ。後者かのう。どちらにしても摂取してから死に至るまでは多少時間が掛かろうがの。」
4番目だとすると、ありふれた毒ではない。
離宮〝月の宮〟の植物は特殊だ。
この世界の在来種もあるが、異世界から渡来した希少種も数多い。
この世界では、〝月の宮〟の周辺でしか育たないものもあるのだ。
「どっちにしてもかなり特殊な毒が使われたってことっすか。で、この毒…舌噛みそうな名前の、えーと仮に毒Bとしてですね、これは、ウミガシワが効きにくい者にも効きますか?」
カミラがジロリとエドを見た。
「なぜそれが気になるのじゃ?」
「だって、死因はウミガシワじゃないんでしょ。ウミガシワは超即効性だ。仮にウミガシワの投与が先か、2薬同時なら、死因はウミガシワになりそうなもんだし、毒Bが先なら、死んでからウミガシワを投与でもしたんすかね?どっちもありそうにないけど。」
「ふむ。続けよ。」
「だからつまり。オレにゃ理由は分かりませんが、被害者ケン・ジーベンは、ウミガシワに抵抗力があったってことっすよね。
だが別の毒で死んだ。」
「そうよの。お主の言う毒Bは、確かにウミガシワに耐性がある者にも効く。」
「それなら、犯人は別々?いや、そんな偶然…。」
「偶然、か。」
ぽつんと呟いて、カミラは日記帳に向き直った。
「偶然は、実は必然である場合が多い。だがしかし、純粋な偶然もまた存在するのじゃ。」
「はあ。」
何言ってんだこの人?
わかったようなわからないような…。
それきりカミラは会話に興味を失ったらしい。
サラサラと何事か書き綴り、エドには見向きもしなくなった。
『アリス、どうしちまったんだ博士は?』
内緒話モードでヒソヒソとラグナロクに話しかけた。
『さあ?私にもわからなくてよ。ただ、何かに気付かれたようね。』
『何かって?』
『必要なら仰るはず。それまでお待ちなさいな。』
『あー、了解しました。』
長いモノには巻かれる主義のエドであるが、この事件、どうにも不可解な要素が多過ぎる。
入手困難な2種の毒。
どちらも人間にとっては致命的だ。
被害者は2種とも盛られ死亡した。
昏睡状態のその妻は、1種類のみを摂取したが、生きている。
〝ま〜、この件にオレらがっつーか、博士が介入してなきゃ、出鱈目な一件書類で終わってた可能性が高いからな〜。今は出来ることをやるしかないぜ。〟
結局、エド・カリスは骨の髄まで、特別捜査官という名の奴隷公務員だった。
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