⑧生き物って何だろな
カイリー!
そう、エドは彼女をよく知っていた。
会うのは数年ぶりであるが。
だが、驚いたのはエドだけではなかった。
「エドガー・カリス!?な、なんであんたかまここにいるのよっ?」
入り口に突っ立ったまま、素っ頓狂な声を上げたのは、一見地味な作りの、背の高い女だった。
エドの知る彼女とは別人のように慎ましやかな装いだが、見間違うはずもない。
「よう。元気か?あー、」
エドの脳裏にふとためらいがよぎった。
本名、呼んでいいんだろうか?
エドはたまたま偽名を使ってはいなかったが、カイリーは?
「マルセルよ。マルセル・ティトラン」
「…マルセル。久しぶりだ。」
2人はお互いを探りながら機械的に握手した。
カイリー・セルティ。
元・特別捜査官である。
不祥事で退職に追い込まれた時、アラサーだったはずだから、今では30代半ばだろう。
エドは彼女が多少苦手だった。
決して身長のせいじゃない、と自分に言い聞かせるくらいに苦手なのだ。
スラリと伸びた手足。
バレエダンサーみたいな首と小さな頭。
姿勢がいいから、実際より長身に見える。
エドの知る彼女はいつも最新の、かなりとんがったファッションで闊歩していた。中性的でシャープな外見だから、かなり突飛な装いもよく似合っていた。
だが、今の衣装は本来の彼女の好みとはかけ離れている。
一見すると田舎の教師か何かのようだ。
偽名と、変装目的にしか見えない扮装。
「まさか、あんたなの?」
「何がだ?」
「どっかで聞いた名前だと思った。家令のミュラーさんから聞いてね。で?あんたいつクビになったのよ?」
ニヤニヤ笑いと、馴れ馴れしい猫撫で声。
片一方の人差し指で、容赦なくエドの額をグイグイ押してきた。
とにかく、態度がデカい。
身長もエドよりデカい。
ついでに、他人との距離感がいつもバグっているのだ。
そう、こいつのこういうとこが苦手だった、と、エドは再確認させられた。
「どうせクビになるんだったらさあ、あたしが誘ったとき一緒におさらばしといたほうが良かったじゃん。」
エドは、忌々しい人差し指を、バシッと額から払い除けた。
完全にクビになったと決めつけてられている。
まあ、そう思われても仕方ない勤務態度であることは自覚しているし、敢えて否定する意味もない。
「人のことはほっとけよ、カ…マルセル。そっちこそなんでここに?」
「あんたと同じような感じ?」
マルセルことカイリーが、エドにのしかかるように顔を寄せて囁く。
「図星、そうでしょ?でも諦めなよ。こっちには証明書があるわ。あんたらのニセモノの宝石じゃ勝ち目ないわよ。」
ということは、コイツ詐欺目的か。
しかも、完全に同類扱いされている。
カイリーは最初からそういうことをやりかねない女だ。
クビになったのも、それがバレたせいだった。
戦時中、リマノはラグナロクの鉄壁の防空管制に守られて、比較的落ち着いてはいたが、他の星系はそうはいかなかったのだ。
連邦特別捜査官は、連邦加盟国全てで権力を行使できる。
戦争の混乱に乗じて、カイリーは横領、というか、火事場泥棒を働いていた。
それに絡む殺人の疑惑まである。が、これはエドの見るところ冤罪だろう。
だが、そんな疑いをかけられても仕方ないくらい、なりふり構わぬ強欲さを発揮していたのも事実だ。
訴追された横領罪は、氷山の一角だろう。
それでさえ懲戒解雇には十分過ぎたが。
全く、世情が騒然としていたご時世とはいえ、よくもこんな奴が特別捜査官になれたものである。
「なんで宝石がニセモノと決めつける?」
エドの質問に、カイリーはニヤッと笑った。
イヤな感じだ。
「ダイヤモンドって、燃えるよねえ?」
なるほど。
つまり、ホンモノのレアとブルーダイヤが既に存在しないことを確信しているのだ。
「ま、諦めなって。どんなニセモノか見てやろうと思ったけどさあ、まさかあんた絡みとはねー。あははは!」
さも可笑しそうに笑い、カイリーはそのまま立ち去った。
『どう思う?』
アリスに尋ねる。ビューワーに内蔵されたセンサーが、口の周辺の筋肉の動きを拾ってラグナロクに送る仕組みだ。
声は出さないし、口を開ける必要もない。
『情報が早すぎるわね。』
アリス=ラグナロクの声が淡々と続けた。
『彼女が任官された経緯には、かなり不祥事の臭いがするの。その関係者はまだ司法省にいるのよ。』
『おーコワ。』
ラグナロクに睨まれたが最後、人間ごときは運の尽きだ。
それがどれほどの権力者であろうと関係はない。さて今回は何人が失業することやら。
同情はしないが。
『引き続き任務に専念して頂戴。こっちは引き受けるから。』
『あ〜、了解。』
整理してみる。
誰かがカイリーに情報を提供した。
ソイツは殺人犯かもしれないし、違うかもしれないが、司法省内部にいる誰かと密接に繋がっている感触がある。
誰か…、かなりの権力者と。
〝阿呆な奴ではあるぜ。ラグナロクの怖さを知らないとこを見りゃ、元老クラスまではいかないだろうが〟
化け物AIの正体を朧げにでも知っているのは最高位のリマノ貴族か元老院の連中くらいだ。そして、それを口にはしない。
いや、したくてもできない。
人間がラグナロクを制御するなど不可能。
反対に、ラグナロクがその気になれば、破滅させられない人間などいないのだから。
ラグナロクが積極的に人類世界の制御に乗り出したら、先の大戦など萌芽のうちに終息したはずなのだ。
だが、ラグナロクはそうしなかった。
結果、とてつもない数の人命が失われ、百万かそれ以上の国や地域が消滅した。
どれほど人間らしい端末を作ろうとも、ラグナロクは決して人間てはない。
ラグナロクは自らのロジックに従って動く。
かなり深い付き合いを経て、エドにもおおよそラグナの考え方は分かってきた。
その凄まじい演算能力と、膨大なストレージ、更には永い学習期間と卓越した自己進化能力を持ってしても、ラグナは生物にはなれない。否、ならない。
だから、戦争だろうが疫病だろうが、ラグナロクは人類社会の興亡に関する事柄には、直接の介入をしない。
それがラグナの意思だ。
ある意味、分をわきまえているとも言えるだろう。
介入によって、予期できない別の危機を招くことをラグナは知っている。
生き物のことは生き物に任せる。
どうやらそんな宗教めいた信念を持っているらしい。
たから怪物の本性を隠して、ただの演算マシーンであるフリを貫いてきた。
エドには専門的なことはわからない。
だが、ラグナロクの自己認識がどうあれ、ここまで来れば立派にある種の〝生き物〟だとしか思えないのだが…。
〝自己欺瞞ってなぁキカイのやることじゃねーよな〟
そして、それを決して口には出せないエドだった。
お読みいただき誠に有難うございます!
よろしければ、次回もお付き合い下さいませ。




