⑦もう1人いるなんて聞いてない
家宝級ブルーダイヤのご利益はテキメンだった。
名演技を披露中のカミラだけでなく、どこからどう見ても怪しい風体のエドまでが、すんなりと招き入れられたのだから。
ダイヤの出どころがどこにせよ、無くしてもしたら…と、内心戦々恐々のエドだ。
これを渡された時は、
『家宝級というより、国宝級ですわね』
などというアリス=ラグナの呟きが、心臓にグッサリと突きささったものだ。
万が一これに何かあった日には、しがない公務員が一生働いたところでどうにもならないだろうが。
だがまあ。
〝そんなこたぁラグナだって初手からわかってるはずだぜ。アイツ公務員の生涯賃金なんぞ把握済みに決まってるし。そう考えたら却って気がラクだよな〜。
どうしたってなるようにしかならないのが人生ってモンだろ。うん。〟
と、打たれ強いのがエドの長所である。
家令ミュラーがうやうやしい手つきでダイヤを鑑定する間、エドはさりげなく室内を観察していた。
こんな時に、このサングラスは便利だ。
特に頭を動かすこともなく、広範囲の視界が確保できる。
肉眼以上の視力と、ラグナにリンクすることで様々な情報まで瞬時に得ることができる。
調度品のスペックと推定価格を見て、何だか馬鹿馬鹿しい気分になったのは、薄給公務員のサガってことかもしれない。
いや、薄給ってのは言葉のあやだ。
公務員としてのエドはかなりの高給取りである。
特別捜査官は極めて少数精鋭のエリート集団だし、エドは中でも検挙率トップクラスの逸材だ。
だが、結局は1年働いても、この応接間の調度品や装飾品の、ホンの一部しか買えないだろう。
実働可能年数が40年として、トータルで一部屋ぶんにもならないかもしれない。
〝人生ってやっぱ理不尽だよなぁ〟
ちょいと黄昏れていたところで、家令ミュラーとカミラの会話に注意を引かれた。
「はい?あの、それはどういうことでしょう、ミュラーさん?」
戸惑うカミラに、家令ミュラーが噛んで含めるように説明する。
「レア・マグシーと名乗られるお嬢様が、もうおひとかたいらっしゃるのです。お連れ様とご一緒に、今この館にご滞在中なのですが。その方も証の品をお持ちでいらっしゃいます。」
どういうことだ?
亡き当主の実の娘は既に死んでいる。
ラグナロクによれば、公式記録にはないが、死亡自体は間違いないとのことだ。
ラグナロクがミスるとは思えない。
ならば、その娘とやらは偽者に違いない。
しかし、証拠とは?
エドは頭を目まぐるしく回転させながら、カミラとミュラーを注視していた。
家令ミュラーは淡々と事実を口にしている様子。
対するカミラは、まさに名演技で応えている。
「お父様の娘レア・マグシーは、私だけです。その方はなぜ…。」
衝撃、当惑、悲しみまで、演技の全てはまさに完璧だった。
〝やっぱ恐るべし〟
可憐そのものの表情に憂いの影がさす。
伏せられた長いまつ毛の先が震える様は、古典絵画が映画のワンシーンだ。
だが、エドは確信していた。
〝博士、ゼッテー愉しんでるな、こりゃ〟
「そのお嬢様は、出生証明書をお持ちです。あなたは如何ですか?」
レアことカミラは首を傾げた。
「持っていません。」
簡潔に答える。
そんなものが残っているとは考えにくい。
レアの母親で、ケン・ジーベンの恋人だったトゥリスは、リマノから離れた場所にある連邦加盟国の小貴族出身である。
貴族とは名ばかりの、取るに足りない家柄だから、本来なら死ぬことにはならなかったはずだ。まずい時にまずい場所に居合わせた。ただそれだけの理由でクーデターに巻き込まれたのだ。
門地家柄経済力、何一つ関係はなかった。都市一つが、丸々消滅したのだから。
数万の人命と共に。
「お嬢様がお持ちになったこれは、正真のブルーダイヤ。しかも当家発祥の地より採掘されたものにまちがいありません。これほどのお品、2つとはありますまい。それと、お嬢様は当家の主人によく似ておられます。その黒髪と、何にも増して、藍色の目が。」
〝はあ?聞いてねー。そんなにありふれた色じゃないはずだが…〟
カミラの外見はこのままで間違いないと、リュウが受けあった。
カミラは魔族だが、つまり変身魔法とかでこういう姿になっているわけじゃない。
偶然目の色が被ったってことか?
まあ、そんなこともあるだろうが。
「ミュラーさん、でよぉ、その出生証明書はホンモノか?」
家令は慇懃に答える。
「ただいま照会中です。」
「フーン。」
照会してもムダだろうな、とエドは思った。
暴力的なクーデターでは、失われるのは人名だけではない。
レア母子のケースのように、都市そのものが失われることもある。
建物、インフラ設備、データまで、その全てが。
そしてラグナロクによれば、トゥリスとレア母子、その家族らは全員、消滅した首都と運命を共にしたのだ。
「私はただお父様と最後のお別れがしたいだけです、エド。他の方が何を望まれようとも関係ないわ。」
いゃ〜、名演技。
拍手したい衝動を抑えてエドも付き合う。
「お嬢、あんたの名前を名乗るそいつはニセモノだが、気にならないってのか?あんたどこまでお人よしなんだよ。ったく、じれったくなるぜ。」
カミラ、いやレアは、寂しげな微笑を浮かべた。
「いいのよ。他の人は関係ない。これは私の個人的な問題だわ。でも、もう少し早く来ることができなかったなんて…。」
大きな目にしわりと涙が滲む。
名演技ではあるが。
ホンモノのレアは既に、両親ともどもあの世の住人となった。
なんとも虚しい限りだ。
せめて彼女の父親を殺害した犯人と、その経緯を明らかにしたい、とエドは思った。
「あの。お父様にお会いすることは出来ないでしょうか?」
細い指先で涙を拭ってカミラがそう言うと、ミュラーは躊躇いがちに頷いた。
「よろしいでしょう。お嬢様だけでしたら。」
つまりエドはここで待っていろということだ。
「あ〜。行ってこいよお嬢。」
どさっと背もたれに身体を預けて、エドは続けた。
「ゆっくりしてきたらいいぜ。オレは待ってるからな。」
「では。こちらへ、お嬢様。」
家令ミュラーとカミラが出て行ったあと、エドはラグナロクに尋ねた。
声は出さない。必要がないからだ。
アリス=ラグナロクからのハラスメントには何故か、特製通信機器をエドの肉体に埋め込むことまでが含まれていた。
特別捜査官は皆、ある種の肉体改造を受け入れている。
それは自らの生命を守るため必要な処置でもあり、一種の特権でもあった。
職務を引退するとき、その処置を復旧することもできるが、それを希望した者が皆無であることからも、いかに便利なものかがわかる。
が。
エドはそれに加えて、ラグナロクとダイレクトに通信するための機器を取り付けられていた。
便利ではある。
それも、非常に。
だが、引退する時が来たら絶対除去してやると、エドは心に決めている。
『どう思うよ、アリス。』
『ニセモノのことね。出生証明書は残ってるわけがないから、偽造だとは思うわ。だけど元の記録自体が失われているから、照会してもムダでしょうね。』
やはりエドが思った通りだ。
つまり、ニセモノだという証拠もないってわけである。
ま、ラグナロクにかかれば、なりすまし犯の素性など簡単にパレるが。
『それよりエド。困ったわ。』
『んん?』
『偽レアの付き添いって、多分あなたが知ってる人よ。』
エドは思わず起き上がった。
『は!?ヤバいんじゃ?だ、誰だ?』
『カイリー・セルティ。』
『ンなっ!』
エドは立ち上がった。
まずい。それはまずい。
『とにかく、顔を合わせるわけには…。』
『もう、手遅れみたい。』
アリスの声と共に、突然ドアが開いた。
ドアの向こうの人物を見て、エドは絶句した。
『じゃ、なんとかしてよね、エド。あとはよろしく。』
その言葉を最後に、通信は一方的に遮断された。
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