64 吉か凶か
遠目にもそれは鮮やかな色彩だった。
赤毛。艶のあるその色は、サトルとそっくりである。
その男は、ニュースラムの外れのカフェにいた。エプロンに、店名を書いたTシャツ姿。この店の店員らしい。
何名かいる店員たちはみな同じ衣装で、首には紺色のバンダナを巻いている。
夕方とあって、店内はかなり混み合い始めている。軽食メニューが充実の、人気店らしい。
エドはカミラとアリスと共に赤毛の男に近付いた。
「いらっしゃいませ!3名様ですか?」
柔らかだがよく通る声だ、
サトルと同じ色白の肌に緑色の目。紛れもなく近親者である。
ただし、身長はかなり違う。体格もこの男の方ががっしりと骨太だった。
胸のネームプレートには、〝アレク〟とある。
「忙しいとこ悪いが、あー、アレク?アンタと少し話したいんだ。」
男の笑顔が凍りつく。
「すいません、今から忙しくなるんで、後にして貰えませんか?」
「営業妨害をするつもりはなくてよ。エプロン、借りるわ。」
そう言うと、アリスはアレクが身につけていたエプロンを剥ぎ取った。まるで手品みたいな、一瞬ほ早技である。
「あっ?ち、ちょっと!!」
エプロンに伸ばされたアレクの手をヒラリとかわしながら、アリスはクルリとターンした。一回転終えた時には、エプロンはしっかりと身につけられている。
「困りますって、お客さん!」
「安心なさいな。バイト代よこせとは言わないから。じゃあね♡」
ウインクしながら、どこから取り出したのか、紺のバンダナを首に巻く。
スーツは黒っぽい色だから、これでなんとか店員に見えなくもない。
アリスはそのまま、1人の店員に近付いて何かひとこと二言囁いた。
その男は満面の笑みで、アレクに向かってOKのサインを出す。惚れ惚れとアリスを眺め、キスの一つもしかねない勢いだ。
〝まあ大抵の男はアリスを見りゃ、ああなるわな〟
と、エドは醒めた目でアリスを見送った。
どうせアリスはこちらの様子を聞いているし、見ている。
「さて。オレは、連邦司法省の特別捜査官、エド・カリス。至急あんたに聞きたいことがあるんで、付き合ってもらう。」
「何故俺なんかに?」
「アンタでなきゃならないんだ。オレはあんたにこの件の真相を教えて貰わにゃなんねーんだよ。アレク。いや…アダム・ジャグラー。」
「よく分かりましたね、捜査官。」
店の裏手、勝手口を入ってすぐにある狭い事務所である。
混み始めた店とわフル回転の厨房からの音がいくらか聞こえるが、話をするのに差し支えるほどではない。
「いままで誰にもきづかれなかったんですがね。」
「だろうな。オレらは、アンタが生きてる可能性もあると思ってたし、そうあって欲しいとも願ってた。」
エドだけではない。
カミラ、それにアリスも最初からその可能性に賭けていた。
動脈からの、あれほどの出血ならば、確かに即死に近い死に方をするはずである。
だがしかし。
「軍用の止血キットは、結構出回ってるだろうが、入手は銃器より難しかっただろ。よく手に入ったもんだ。」
「…お見通しだったんですか。」
アダム・ジャグラーは目を伏せ、赤毛の頭をゆっくり左右に振った。
エドは改めて彼をじっくり観察した。
ニュースサイトで散々報道されていたアダム・ジャグラーは、日焼けした肌に濃い色の頭髪、黒い眼の、いかにも遊び人の実業家然とした男に見えた。
年齢も、てっきりアラフォー辺りだと思ったが、後から30そこそこと聞いて驚いた覚えがある。
「あんた、養子なんだって?」
アダムは頷いた。
「そなた、傷はまだ癒えておるまい?」
不意にカミラに言われて、アダムはバンダナを押さえて、目を大きく見開いた。今の今まで、カミラの存在を意識していなかった様子だ。
カミラの手にはあのピンクの馬鹿でかい日記帳があったが、アダムの目はそんなもの全く見えていないらしい。
ひたすら彼女の顔を凝視している。
「あ、あの?え?」
そりゃオタオタもするよなあ、とエドは内心頷く。
「大丈夫だ。この方は医者だ。」
「はあ?いや、そこじゃなく、あの、いつの間に?」
そう言いながら、何故かアダムの色白の頬がぱああっと赤く染まった。
〝さすが兄弟だぜ。揃って博士がタイプとは…。〟
「妾なら初めから居ったが。どれ、傷を診て進ぜよう。」
「あ、ハイ。」
不思議なほど唯々諾々と、アダムはバンダナを取り去る。現れた傷は無惨なものだった。
「なまくらな刃物で引き切ったか。止血はできたとしても、あくまで応急処置であろう。そなた何故脱出後に病院に行かなかったのじゃ?」
「追われている可能性があったんです。奴らに見つかるわけにはいかなかった。」
「奴ら、か。サトルを尾行してた連中だとか?」
エドの言葉に、アダムの目が細められた。
「…どこまで知ってるんです、捜査官?」
「あんたは、死を装ってあの店から例の薄気味悪い通路で脱出した。多分だが、サトルと一緒にな。目印をいじったのはサトルだよな?」
アダムは頷く。
「追っ手の撹乱が目的か。だが、あんたらにもあまり余裕はなかったはずだ。特にあんたは、あれだけの血を失った直後だ。よく通路を歩ききれたもんだ。」
不自然な清掃には、通路の存在を知らない第三者から隠すほかに、流された血液の総量を誤魔化し、応急手当てで使用された特殊な薬剤の痕跡を隠蔽する目的もあったのだろう。
「あの店の定休日を狙ったんですが、いつ店の関係者が来るかわからなかったので。あそこをホテル代わりに使っている奴もいたから。」
「血痕を見つけたのは、内装業者だったそうだ。ただの出入り業者だな。流石にヤバそうだってんで、すぐ警察に届けた。」
アダムは頷いた。
そういう形で発見される可能性もあったから、知らないものが通路を発見しないように気を遣ったわけだ。
あの通路はあまりにも危険すぎる。
「どれ、先ずは治療じゃ。」
「は、ハイ…。」
再びアダムの白い頬が染まる。リマノ社交界の伊達男の面影などカケラもない。
エドは、カミラがアダムの映像を評して〝色男〟と言ったのを思い出した。あれはつまり、当たり前の意味ではなく、色彩による偽装を指していたのだろうか?
アダムに関しては、人格まで偽装していたのかもしれない。そうせざるを得ない理由が彼にはあったのだ。
「え?あ、あの、これ?」
「見るが良い。」
狭い事務所の脇の壁に、小さな鏡が固定されていた。アダムはそれに映った自分の首筋をじっくり眺めた。
「傷がない?何で…?」
傷跡が消えていた。よく見ればごくうっすらとした痕跡は残っているのだが、それも時間の問題だろう。
「あ〜、博士の特技だ。悪りぃが内密に頼む。」
「は、ハイ。あの、ありがとうございました、博士。」
治癒魔法。御伽話の世界の話だと、ふつうの大人なら考える。しかし、世界中の珍奇なものや人が集まるリマノでは、何でもありだ。
社交界に身を置いていたアダムは、その稀有な魔法の実在を知っていてもおかしくはないのだが、この奇跡をアッサリ受け入れたのは、それを使ったのかカミラだから、なのかもしれない。
「あ、言い忘れてたが、いまサトルがこっちへ向かってる。」
「えっ!?だ、だけど?」
「心配はいらねえ。アンタらを追っかけてた奴らは、今頃それどころじゃないはずだ。詳しくは言えねえが、上のほうが手を回してるんでね。」
本当は、上ではなく下である。
連邦を陰で支配する化け物の王国は、地下にあるのだから。
だが、と、エドは首を捻った。
ラグナロクは、これまであまり人間社会に干渉をしてこなかった。
戦争を止めなかったのもそうだし、それ以外の紛争やらクーデター、侵略行為についても、ただ傍観していたはずだ。
アリス・デュラハンとして動いているからそうなるのだろうか?
それとも。
ラグナロクという怪物が、変わり始めているのか。
それが蜂して人類にとっての吉となるか凶となるかは、いまのところ知る由もない。
お付き合い頂きありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




