63 行動開始
「アリス、具体的に、アダム・ジャグラーは何を知ったと思う?」
エドの質問にカミラも頷いた。
「妾も知りたい。見当はついているのであろ、ラグナ?」
アリス=ラグナロクは、首を傾げた。
「それが…。」
「えっ?まだわかんねえってか?だって、あのダットンとかいう道化の飼い主は割れてんだろが?」
「ええ。」
「だったら…」
「それが、多角経営なのよね。」
アリスは珍しく困惑の体である。
「はあ?ワケわからんが?」
アリスが言うには。
ダットンの直属の上司は次席監察官だが、更にその女を操る、いわば黒幕がいて、これは司法省とは関係のない企業の代表である。
裏社会とのつながりは巧妙に隠蔽しているものの、反社会的組織とはあらゆる部分で深く癒着していて、切っても切れない関係だという。
特に先の大戦の影響で、この企業体は大きく勢力を伸ばした。戦乱に乗じて多くの企業を乗っ取り、潰し、あるいは吸収した結果、今では傘下のフロント企業だけでも40社以上という、一大企業連合体を形成するに至っているのだ。
社員総数は30万を優にこえる。
傘下企業の幾つかは、連邦での知名度が非常に高く、優良企業と社会的に評価されてもいた。
「問題はね。違法な物流関係だけでも、対象品目が千以上あるってこと。これには、人間やそのパーツも含まれているわね。あなた方が行ったあの事件現場の店は、その小売店ってわけ。」
エドの背筋がざわり、と泡立つ。怒りの予兆だ。
「…なんだってそんなモンを野放しに?」
「末端を叩いてもどうにもならないからよ。大元を叩くにしても、社員数からして、社会的影響が大きい。一気にカタをつければ失業者が溢れる。それに、傘下にはまともな企業もたくさんあるのよね。」
「だったら、ヤバいのを叩けば?」
「ヤバさの段階が色々だわ。1番闇社会に近い辺りを潰したら、二番手がそれに取って代わる。手ぬるいやり方じゃ、結局どうにもならないの。戦争がこんな歪んだ怪物企業を産んだのよ。」
「だが、アンタにゃ策があるんだろ、ラグナロクさんよ?」
「何故そう思うのかしら?」
「はっ!今更。バディだよな、オレら。」 ニヤリと笑うエドと、何だか満足げなアリスを眺め、カミラは生暖かいため息をついた。
「イチャつくのはまだ早いぞよ、そなたら。」
「ああら嫉妬ですの、ご老体?」
「年齢は良い勝負であろうよ。しかし、サトルと言うたか。おのこからあのような目で見られたのは久方ぶりじゃ。悪いものではないの。」
そのサトル・タントは悩んでいた。
あの少女、ひどく蠱惑的かつ神秘的な、カミラ・ヴォルティス。
会いたい。
さっき別れたばかりなのに、どうしても会いたいのだ。だけど…。
「所詮、高嶺の花ってやつだよな。」
わかっている。わかっちゃいるが、どうしようもない。
あんな美少女、見たこともない。思い出すだけでうっとりしてしまう。
今まで、リマノ貴族の何人かに会ったことがあるが、カミラから感じる威圧感は下手な貴族の比ではなかった。大公、と言うからには、王族に連なる高位貴族だろうし、連邦の(非公式の)賓客となると、連邦非加盟の大国のVIPと見て間違いない。
「しかもあのオッサンより歳上って言ってたよなあ…。」
そう考えると、障害はあまりに多かった。ため息が漏れてしまう。
それでも、また会いたい。だけど今は…。
ギルドに依頼遂行不能の連絡を入れてから、サトルはずっとこうやって悶々としていた。
その時。携帯端末が小さなバイブを発した。相手はわかっているから、イヤホンをオンにする。
「何だよ、兄ちゃん?」
サトルの声は自分でも別人かと驚くほど投げやりで、低いトーンだった。しまった、とは思ったが後の祭りだ。
相手は一瞬黙り、それから心配そうに状態を訊いてきた。ほら、こうなるんだ。俺ってバカみたい。
兄ちゃんにこれ以上心配かけてどうするんだ?
「ううん、何もない。ほんとだってば。うん。ただちょっと…気になる子がいるってだけ。うん。大丈夫だから。もう切るね。」
我ながら重症だ。
サトルは椅子の上で膝を抱えて、首を深く垂れた。
「博士。誠に失礼とは思うんすけど。」
「なんじゃ改まって?失礼と思うなら黙っておったほうが良いのではないか?」
確かにその通りではある。
だがしかし。
「アンタなんつーサイトを見てんですか?」
「お?」
「オレも個人の趣味に口出ししたくはないですよ。けど、そりゃあまりにも…。」
「趣味ではない。先日偶然目に入ったものを、確認しておったのじゃ。」
「チャイルドポルノサイトで?」
「然り。見や。」
提示された画面に目をやってすぐ、エドはカミラが言わんとしたことに気付いた。
「これは…!」
「やはりそうであろ。この燃えるような赤毛に見覚えがあったのじゃ。ここまで鮮やかな色彩は稀ゆえ。」
「サトル…。」
そんなに前の映像ではない。
痛々しいほど痩せた身体は、着衣の時よりもさらに幼く見えた。
「そなたら人間のサンプルを見るには、このようなサイトが手軽ゆえ。子供の場合、人工的な色彩添加が少ないのじゃ。」
そう説明するカミラの声も、エドには聞こえていなかった。
画面のサトルは、ただ無表情だ。ガラス玉のように生気のない、それでいてどこまでも透明な緑色の目。その奥にあるものを想像すると、純粋な怒りに我を忘れそうになる。
「サトルだけではない。こちらはどうじゃ?」
カミラが示したのは、今の動画と同じ発信者と思われる別の動画だった。ただしこれはサトルのものとは趣向が違う。
性的なものではなく、あまりにもおぞましく犯罪的だ。犯罪現場て場数を踏んできたエドすら、胃のあたりが石でも飲んだみたいに重くしこるのを感じる、
「なんでこんなモンを…?」
一見して意味がわからなかったエドうだが、この少年には何となく見覚えがある。
「博士、この子、まさか?」
「あの店にあったオリに掲示されていた。」
通路の入り口にあった、商品展示用のオリ。この少年は、もう…。
「落ち着け、エド。今は集中するべきことがあろう?」
静かなカミラの声に、ようやく我に帰る。が、この怒りは収まりそうもない。
「アリス!」
エドは吼えた。
「ええ。既に着手しているわ。」
イタチごっこだとしても。それでも、末端のみをトカゲの尻尾よろしく切り離すことは、絶対に許さない。
エドは深呼吸した。
だが、最悪な気分は容易に去らない。
ありふれたこと。戦争で命を落とした子供達の数すら天文学的な数字なのだ。
それでも。
「今は、サトルの線に集中して大丈夫よ。監察局の線は私が牽制するわ。誰にも邪魔はさせない。」
「ああ。そっちは任せた。」
「それより、動きがあった。さっきサトルが誰かと連絡を取ったの。」
「探知は?」
「もちろん。行きましょう。」
「ああ。」
そう。今は考えるよりも行動の時だ。わからないことが多すぎるからこその強引な手段だが、時には役に立つ。
いずれにしても、監察局が絡んでいるのは確かだし、黒幕をどこまでも辿り、引き摺り出して断罪しなければならないのだ。
ギャンブラーは何故狙われた?
誰に狙われた?
誰が手を下した?
点と点は、まだつながりが弱い。しかし、いくつかの理由から急がねばならないことはわかっていた。
当作品にお越しいただき、ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。




