62 サイコロ任せ
「で、つまりカミラ…さんは連邦のお客様で、オッサンが接待係の人ってこと?」
「オッサンじゃなくて、オレはエド・カリス特別捜査官な。」
「フーン。」
サトルは茶菓子を頬張りながら、エドを上から下、更に下から上へと眺めた。
「おかしいと思ったんだ。カミラさんみたいなとびっきりの美少女が、オッサンみたいな…コセイテキな人となんて。」
「コセイテキとか、言葉だけいい換えりゃ済むってもんじゃねえ!」
「じゃ、身長があんまし俺と変わんないヒト、とか?あ、俺の方がすご〜し高い?」
「…いちいち癪に触る奴だな、坊主?」
「坊主じゃねーよ。サトル・タントだ。」
「あらあら、すっかり仲良くなったのね、あなたたち。」
「ちげーよ!」っと図らずもハモってしまったエドとサトルである。
カミラについての最低限の属性情報(連邦の賓客・エドよりも歳上・異国の大貴族の当主)をサトルに話して以来、多少は熱が冷めた様子はあるが、それでもまだまだ諦める気はないらしい。
「で。お前は使い走りを頼まれただと?」
「うん。サイコロを持ってきたら金をやるって。なんか高そーだよね、それ?ねえ、返してくんない?」
「誰に頼まれたのかしら、サトル?」
と、アリス。
「依頼主は知らないよ。ギルドを通してるから。」
〝ギルド〟とは、商業組合的な民間組織の総称である。その業務範囲も組織の性質も多岐にわたる、さまざまなギルドが存在していたが、建前上、その依頼を受けたりそこで働くのは成人に限られるのだ。
「おめー、未成年じゃ?」
「18だって、これでも。もうすぐ19,」
「じゅうはち!?」
栄養不足による発育不全は、エドの育ったスラムでは珍しくなかった。
大戦のせいで、昨今は難民キャンプや、物資が届かなくなった地方でも、ごくありふれた話である。しかし、サトルは確かに華奢で小柄だが、艶のある赤い髪や荒れていない皮膚を見る限り、単なる栄養不良のせいではなさそうだ。
戦時中は様々な毒物が使用されたりもした。中には、即死を免れても成長を阻害したり、遺伝子に致命的影響を与えるようなものもある。その類の毒物に曝されたのかもしれない。
「ブツは廃墟の中だったから、かなり難易度が高い依頼だな?」
「そうでもないさ。昼間ならね。」
数万人とも言われる人々が、わずか直径8キロあまりのエリアで命を落として以来、そこは首都有数の危険地帯と化した。
その1夜に何が起きたのかは、研究者の間でも意見が分かれるところである。
異世界との〝ゲート〟が開いたというものもいれば、禁断の毒ガスや細菌兵器により異形に変じた動植物が出現しただの、もともとその場所に眠っていた危険な呪術が発現しただのという説もある。
それらの全てが一夜にして起こったのだと、まことしやかに囁く者たちもいた。
真相はどうあれ、サトルの意見は正しい。すなわち、昼間ならば比較的安全なのだ。
悪名高い〝危険地帯〟を一目見ようと観光ツアーまで組まれる昨今である。
しかし、そのツアーは武装ガード付きで、日中、それも外壁から一定距離内に限定されている。日中だとて絶対に危険がないとは言い切れず、そのせいで今も広大な無人の廃墟が広がる訳だが、夜の危険はさらにとんでもない。
深部に足を踏み入れた者が生きて戻れる確率は、数%もないだろう。仮に武装して各種の防御アイテムを身につけていたとしても、である。
「昼ならまだマシじゃあるが、それでも楽な仕事じゃねえわな。」
「まぁね。でもあんまり奥に行かなくても良いってハナシだったしさ。通行証はギルドで貸してくれるし。」
危険エリアは、通常封鎖されていて、昼だろうと通行証がなければ入れない。
エリアの外周は分厚い壁でぐるりと取り囲まれていて、東西南北にそれぞれゲートがあるのだ。今ではその防壁までが、観光名所となっている。
「しっかしオメー、なんだってあんだけ暴れたんだ?なんか後ろ暗いことでもあるんじゃねーかって思っちまったぜ。」
「そりゃそうさ。あんなとこで会った人間なんて、観光客でなきゃヤバい連中に決まってる。」
「身分証見せただろ?その後も暴れやがってよ。」
サトルはバカにしたみたいに鼻を鳴らした。
「あんなモン、ホンモノかどうか、どうやって見分けろって?」
それもそうではある。よっぽど見慣れていれば簡単に見分けがつくたろうが、一般市民がしょっちゅう目にするものではないから、見慣れていたらそれはそれで問題だ。
「知ってることは全部話した。帰っていいよね?」
「おお。悪かったなサトル。だけどあんまり危険な真似はするなよ。」
「余計なお世話だよ、オッサン。んじゃ。」
「出口まで送るわ。」
サトルとアリスが出て行ったあと、カミラはティーカップを置いてエドを見た。
「で?」
「ハイ。」
「さようか。」
たったそれだけの会話ではあったが、お互い言いたいことはわかっていた。内緒話も必要はない。
「しかしギルド、とはなんじゃ?通行証というのは?」
「あー、ギルドはその、組合だったり、会社組織だったりいろいろありまして。一言じゃ言えないんですが。仕事内容もね。ただ通行証は正規登録のあるギルドなら、どこも持ってます。何故なら…」
〝廃墟〟は、カネになるから。
観光資源としてもそうだが、一攫千金を狙ったトレジャーハントを目的とするギルドも数多いのだ。
〝娑婆〟ではます手に入らない、珍しく高価な物品が、〝廃墟〟でならば、ずっと簡単に入手できる。
その代わり危険も大きい。
廃墟深部の探索を専門とする大手ギルドは、日中にしっかりしたチームを組んで探索に出るのが通例だが、それでさえ死者や行方不明者は出る。
まして、夜間しか手に入らないレアなトレジャーを求めるならば、それは人員の消耗が前提の違法行為となる。
いくら禁じられようとも、見返りの大きさからそのような行為に走る者は引きも切らないのだ。
「なるほどの。」
カミラは頷いた。
「法の縛りなど無駄であるか。」
「一攫千金の誘惑はね、何もギャンブラーだけの専売特許って訳じゃないですから。本能、ってヤツなんでしょ。」
「ふむ…。」
「あの小僧、あれでかなりのやり手でしょう。しかし、18やそこらのガキが関わっていい世界じゃねえのは確かです。」
とはいうものの。
危険を承知で、そのようにしか生きられない者もまた多い。
例えば、エドのようなスラム出身者である。サトルもまた、ニュースラムと呼ばれる場所の出身であることは、とっくにわかっていた。
エドは歴史的暴動を生き延び、視力を失ったことで、たまたま公的扶助を得ることが出来たが、それは稀なケースである。
「どうだ、アリス?」
「ええ。監視をつけたわ。」
「両方に?」
「もちろんよ。」
アリスがオフィスに戻るなりの会話である。
「息があうことよの、そなたら。」
「いや、博士、だってアリスがいない隙を狙うにしたって、あんな無能をよこすなんざ、焦りしか感じない。」
「そしてその原因は、アダム・ジャグラーの件と関係してるでしょうね。」
「ふむ。根拠は?」
「サトルが受けた依頼は、ジャグラー絡みてある可能性が高い。あるいは…いや、まあそれはいいか。誰かがサトルを尾行してたのは、博士もお気付きでしょ。あの場で接触を避けたのは、オレを知ってたんじゃないか、ってね。アリス、あの道化、どこを嗅ぎ回ってた?」
「私物のロッカーと、デスクの引き出しとか、バスルームまで覗いてたわね。」
「悪趣味なヤローだぜ。」
アリス=ラグナロクのカメラは、リマノ中央区の至る所にあるが、このオフィスに至っては、完全に電磁要塞だった。侵入者の即時制圧も可能だ。
だから、施錠の必要はない。
「サトルが目当てだったんでしょうね。保護するとか、お粗末な口実で。」
「勾引して、依頼主との接触方法を聞き出そうってワケか。」
「そうはさせなくてよ。」
「ああ。さて、サイは投げられたってこったな。あとはサイの出目次第た。」
「ふむ。まさにギャンブルじゃの。勝算は?」
「オレはギャンブラーじゃありません。だから、勝ち目のない賭けはしませんよ。」
「賛成ね。アダム・ジャグラーは、踏み込んではいけないエリアに入った。それは確かだわ。勝ち目のない勝負のテーブルについてしまったのね。」
「だが、諦めたかの?」
「さあそれは…。」
「妾はギャンブラーを応援したいが?」
「だから、サイの目次第です。今は。」
次回もよろしくお付き合い下さいませ。




