60 カミラと少年
「話って?何で俺に?」
聞き返しながら、少年は間合いを測っている。エドとしては不本意ながら、まるで昔の自分を見ているかのような、妙な既視感を禁じ得ない。
〝あったよな、こんな頃が〟
まだ、捜査官でも何者でもなく、天涯孤独だった頃が。だが、それはそれだ。
「逃げられるとは思うな。ケガさせるつもりはねえが、自信はない。」
結果から言うと、少年には初めから勝機はなかった。
だが、かなりの健闘ではあった。
拘束具を手足につけたのも、逃亡阻止よりも、無駄な抵抗によって少年自身が傷つくことを恐れたためである。
それでも闘志を失わなかった少年が折れたのは、不意に現れた(ように見えた)美少女(?)カミラのせいである。
今の今まで、彼には彼女の存在など全く感知出来なかったのだ。
エドはシールドを作動させてはいたが、それは単なる認識阻害用で、立ち回りが始まった時点で無効である。
エドが感じていたようにカミラは、独自の魔法だか何だかを使用していたらしい。
カミラの姿に気付いた少年は、最初ただポカンと口を開けたまま固まってしまった。
何だがとんでもなく貴重で不思議なものを見たみたいに。彼の瞳孔が広がって、表情が抜け落ち、まるでこの世界には彼女しか存在しないように、ただ見つめる。
〝て、コイツは…。〟
こういう表情、エドは前にも見たことがある。
〝A boy meets a girl〟
少年には、鳴り響く鐘の音と天使のラッパでも聞こえているのかもしれない。
だがしかし。
〝お〜いっ!いくらなんだって相手が悪ぃだろ、相手が!〟
と、声を大にして警告したいエドだった。
カミラは、魔族だ。
それも、何千年生きているかわからない化け物…、いや大公殿下である。
いつぞやリュウが請け負ったように、カミラの本来の姿は、ありのまま美少女だ。 ツノや尻尾や牙が生えているわけじゃないが、しかしだ。
〝初恋は実らないとは言うがなあ。〟
などと、妙な感慨が湧くエドだった。
「き、君、名前は?俺は、サトル・タント。」
上気した頬。
今にも裏返りそうな声。
カミラは無表情に彼を見返して…微笑んだ。
〝ま、まてっ!?それは反則じゃないっすか、博士!〟
美少女の笑顔には、どうしても破壊力がある。
ましてや、その少女に心を奪われたティーンエイジャーの少年にとっては…。
「カミラ。カミラ・ヴォルティス。」
銀の鈴を鳴らすような声で、カミラは名乗った。
「カミラ…、綺麗な名前だね。」
うっとりと、少年サトルは答えた。
目は彼女から離れない。いや、離せないでいる。
エドの存在など完全に忘れたようだ。
いやこれ、ほっといたら絶対ダメな奴だ、とばかりにエドは内緒話でカミラを呼ぶ。
『はかせっ!は〜か〜せっ!』
『なんじゃ、エド。妾は忙しいのじゃが?』
『いや、ダメっしょコレ。子供を揶揄っちゃ…』
『揶揄ってなどおらぬ。ええと、何と言うたかの…、』
『はい?』
『おおそうじゃ!ハニートラップじゃ!』
エドは絶句した。
カミラは実に悪魔的な、というか神秘的な微笑を浮かべて少年を見ている。
少年はただもう魅入られたみたいにカミラを凝視している。崇拝の視線で。
〝まある意味好都合っちゃ好都合だな。抵抗する気はなくなったみてえだし〟
内心ため息混じりのエドである。
〝けどよ、絶対なんか間違ってるよな、このヒト。どうせまたドラマかなんかで変な知識を仕入れたに違いねえ。頭痛がしてきたぜ〟
『いやその。なんつーか、それ勘違いだと思うんすけどね、あ〜大公閣下?』
『勘違いじゃと?』
『ハニートラップっつーのは、色仕掛けで金や情報を引き出すわけで。つまりあんましお上品なハナシじゃねーってこと。大貴族サマが関わっていいことじゃありません。』
『さようであるか。ならば、美人局か?』
『つつもたせって、あのねえ、そりゃ詐欺!ちょっとイケてるおねーちゃんと首尾よくどっかにしけ込んだとこに、コワモテのおにーちゃんがあらわれて、オレの女に2にしてやがるっつー、れっきとした犯罪っす。』
『金品目当ての狂言か。ふむ難しいのう。妾もまだまだじゃ。』
これがカミラでなければ、絶対冗談だと思うところだが、彼女は完全にマシだ。
絶対的な力をもつ大貴族として魔界で生きるということは、すなわち君臨することと同義らしい。
誰かが犯罪を仕掛けたって、簡単に力でねじ伏せられる。いや、そもそも相手がカミラ・ヴォルティス大公と知りながら詐欺や暴力を企む魔族がいるわけがない。
〝規格外だからな〟
同じ規格外の化け物でも、よくぞリュウがマトモな感覚を維持できたものだと、この点だけでも、教育係のラグナロクを見直すエドである。
〝ラグナロクも化けもんには違いないがな。〟
さて、すっかりおとなしくなったサトルの拘束を解き、彼をつれてオフィスに戻ったのは、日が傾きかけた頃だった。
アリスは定期メンテとかで不在だ。
その気になればいつでも通話はできるから、それ自体は大した問題ではないのだが。
オフィスには、別の〝問題〟が待ち構えていたのである。
「で、アンタは誰だって?」
エドがそう尋ねた相手は、1人の男であった。
オフィスに戻ると、そこに彼がいたのだ。あろうことか室内に、である。鍵はかかっていないが、一体誰がコイツをここに入れた?
エドとしては面白くない。
まあ、最近室内やデータの管理はアリスに任せているから、誰にどこを探られたところで問題はないのだが、だからと言って留守のオフィスに勝手に入られるのは違うだろう。
「さっきも言いましたよね、カリス特別捜査官。監察局から来たダットン、ジュリアス・ダットンですが。」
無表情だが、男の苛立ちがエドには伝わる。〝何だこいつ?〟
年齢はエドよりやや若そうだが、さほど離れてはいない。
エドがダットンの外見で唯一気に入ったのは、その身長くらいのものだ。エドよりは高いが、かなり小柄な部類である。
だったいまおろしたてみたいに見える衣装と靴は、『公務員』を絵に描いたみたいだ。その色白で特徴に乏しい顔や、一見丁寧だが権威主義が滲むイヤミったらしい口調までがワンセットである。
つまり、エドが大嫌いなタイプ。当然丁重に扱う気にはなれない。
「で?要件は?」
そう尋ねるために、なけなしの社会性のほとんどを動員した。〝この空き巣野郎が〟と付け加えなかっただけでも、自分を誉めてやりたいエドである。だが、ダットンは更にエドの神経を逆撫でするつもりのようだ。
「その前に。」ときた。
これから叱責すべき児童を前にした教師みたいな口調で。
「はん?」
喧嘩売ってんのか、コイツ?
ダットンは、カミラとサトルを見た。
眉間に縦じわが深く刻まれる。
そして重々しく(と、当人が思っているであろう口調で)告げた。
「カリス特別捜査官、今朝方監察局に、あなたの罪に関して告発がありました。」
「容疑は?」
「児童回春です。」
「!?」
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