59 黒い賽子
〝奈落のみちしるべ〟
それは、ギャンブラーたちがこのサイコロを呼び習わして来た名である。
黒い材質に、禍々しいまでに鮮やかな、赤い目で、1から6までが刻まれ、重く、半透明だが、恐ろしく硬い。
光に透かしてみると、深い緑色にも見えるその材質は、宝石並みに高価で希少なものである。
その商取引は全面禁止になって久しい。
二角ゴートはかつて魔界から来たとも言われる、大型の山羊型魔獣だ。
形は山羊だが雑食性で、力も強く知能も比較的高い。とはいえ、人間の飽くなき欲望の前にはなすすべなく乱獲された。
現在、野生の個体は確認されていない。 だから希少性はますます上がっている。
しかし、ギャンブラーたちがそれで作られたサイコロを特別視するには、別のワケがあった。
幸運のお守り。
このサイコロに幸運を祈ると、それを叶えてくれるというのだが。
「ならばなぜ、奈落のみちしるべなどと不吉な名が?」
「こいつが1人のギャンブラーに与える、幸運の総量が決まってるって言われてましてね。それを使い切っちまったら、あとは奈落が待ってる。ツキに見放されても、人間てなあ、引き際を知らねえから、一旦味をしめちまったらもっともっとって、ますますギャンブルにのめり込むんだとか。ま、迷信の類でしょうがね。」
「そして自滅する、か。我ら魔族も変わらぬの。ギャンブラーとは何とも救い難い〝はみ出しもの〟じゃて。」
「本人が満足ってなら、生き方としちゃそれもいーんじゃねーかなあ。まわりはたまったもんじゃねえけど。」
エドはサイコロを光に翳しながら、光学特性を測る。材質は間違いない。
指紋やDNAが取れそうなものは何もついていないのは確認済みだ。
「んっ?」
「いかがいたした?」
「文字か?、何だこれ?見たことねー。」
模様ではない。
サイコロの目の部分は赤く着色されているのだが、光線の角度によってその外周に浮き上がる、文字らしきパターンがあるのだ。
マイクロ文字のように見える。
エドはこれでも、超難関とされる連邦特別捜査官の試験に合格している。ということは、翻訳機なしで少なくとも数カ国語を理解できるし、主な言語に使われる、100を超える文字の識別程度なら可能だ。
まあ、それ以外にも文字は多々あるが、マシンアイを通じてアーカイブに照会しても、〝該当なし〟となると、ただごとじゃない。
連邦アーカイブは、公開された分だけでも、数千にのぼる現行の言語をはじめとして、失われた古代言語までを網羅しているはずである。
「こりゃ、アリスに聞くかな…。」
アリス=ラグナロクならば、公開分にない資料も持っているはずだ。
「どれ。妾に貸してみや。」
「ハイ。ここっす。細かいんですが、サイの目のはじっこんとこに。」
カミラはしばし無言で黒いサイコロを眺めていた。無表情だが、エドにはこのごろ、何となくわかってきたことがある。
カミラの無表情には何通りかあり、今は〝読んで〟いるに違いないことは、かなり自信があった。
つまり、これはカミラが知っている言語なのだ。
「まさかお国の文字っすか?」
「そうじゃの。だがこれはかなり古めかしい。1000年ばかり前に、マジャルーカというわが帝国の属国で使用されていたものに酷似しておる。」
1000年ばかり前、と軽く言うカミラだ。エドにとっての1000年前は遥かな昔だが、カミラにとってはそうでもなさそうだ。とっくに生まれてはいた筈だし。
「何て書いてあるんす?」
「呪文じゃの。元は相当強力なまじないがかかっておったようじゃが、既にその効力は失われておる。ふむ。この術式は…。」
カミラは数秒間沈黙してからエドを見た。
「これの名は〝奈落のみちしるべ、であったか?」
「ええ。」
「奈落か。これに込められたのは呪いではなくむしろ福音じゃ。祝福を災いとなすとは、まことギャンブラーらしきことよの。」
そう言いながら、カミラはサイコロをエドに返した。
「福音?」
「うむ。ギャンブルのツキを呼び込むような類いのものではないがの。発動条件も難しい。まあ、今となってはただのサイコロに過ぎぬわ。」
死んだ男のお守りだったのだろうか。
簡単に手に入るものではあるまい。アダム・ジャグラーか、その遺体を運んだ何ものかの所有物だったと考えても、矛盾はないだろう。
だがこれ自体に大した意味があるとは思えない。例えば、アダム・ジャグラーの内ポケットあたりから転がり落ちたとしても、その後彼の遺体がどうなったかの手掛かりにはなりそうもなかった。
エドが歩き出そうとしたその時。
部屋の外から微かな物音が聞こえた。誰かが階段を登ってきたようだ。
忍びやな足音は、そのままこちらに向かってきた。
エドとカミラは素早く顔を見合わせ、ドアの脇に張り付く。簡易シールドを作動させつつ、果たしてカミラにこんなものが必要だろうか、と首を傾げたその時。
ドアが静かに開いた。
外開きの扉の外で、相手は立ち止まったようだ。ドアわきにピッタリと張り付く2人からは、その姿を直接見ることはできない。
だが、カミラの全方位視野からはかなりの情報が読み取れるし、エドのマシンアイは赤外線などを〝見る〟ことが出来る。
『随分小柄な奴っすね、博士?』
『子供のようじゃの。』
『ガキが何で…』
内緒話の途中で、その相手は室内に入ってきた。確かに子供、男の子のようだ。
身なりは今どきの子供らしく、流行りのリマノスタイル。高価なものではないなりに、流行にハマったいでたちである。華奢な骨格で赤毛。せいぜい13歳くらいだろうか。
彼は最初からなぜか、視線を床に落としたままだった。
何かを探している?
何か、小さなものを。
床には、天井から剥がれ落ちたコンクリートの破片や、雑多な品物が散らばっていて、小さなものを探すにはなかなか骨がおれそうだ。
エドは、張り付いていた壁からずっと離れて、出口を塞ぐ位置に立った。
「探しモンはこれじゃね?」
少年は一瞬フリーズしたが、素早く振り向いた。その目は、エドの指先につままれた、黒い賽子に吸い付く。
色白、そばかすに、緑の目。
背格好はせいぜい13と見たが、そのはしっこそうな、素早い視線の動きを見て、エドは推定年齢を上方へ修正した。
〝16か、ひょっとしたらも少し上か〟
「返せよオッサン。」と、少年は不敵に宣言しながらエドに迫った。
無駄のない、素早い動きだ。ありし日のスラムでよく見かけたような。
ふと懐かしさを覚えながら、エドは手品みたいにサイコロを弄ぶ。
「おおっと。なあ坊主、拾ったのはオレだ。だから、こりゃオレのモンだろ。」
「落としたのは俺だ。占有離脱物横領だぜ、オッサン?」
「また小難しいコトバ知ってんなあ、坊主。」
少し愉快になったエドだが、それでも少年の外見に惑わされるには、少しばかり場数を踏み過ぎている。
「で、おまえアダム・ジャグラーをどこへやった?」
少年の自制心は見事だった。
「誰?」
と聞き返す声音も、ほとんど正常だ。
が、この場合相手が悪かった。
「そっか。やっぱビンゴかよ。」
アッサリと告げ、エドは身分証を提示した。
「連邦特別捜査官エドガー・カリスだ。少し話を聞かせてもらうぜ?」
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