57 人肉市場
「これは何じゃ?」
カミラが指さした。
一見大型の犬用ケージにも見えるそれは、壁際に整然と固定されている。全体は鉄格子てできていて、前面だけが透明な素材だった。
半分ほどの大きさのものもある。合わせて7個。
頑丈な鉄のフレームには、ケージ1個につき2本の割合で鎖が溶接され、その先には鋼鉄製の首輪のようなものがついている。それだけならば、動物用の檻に見えるのだが、最悪なのは、ケージの全面右隅に取り付けられたプレートだった。
ほとんどは空白だが、小型ケージの一つには写真が表示されていた。裸の少年の写真が。
「商品展示ケースです。」
苦々しい思いでエドは説明した。
「人間用ってこと。普通なら証拠を残さないよう処分しちまうんですが、そうできない事情でもあったんでしょうね。」
このケージサイズでは、立つことなどできない。座っても背中を伸ばすことはできないだろう。膝を抱え背中を曲げて丸まるのがせいぜいだ。つまりは〝商品〟の自由とともに尊厳さえ奪うための、舞台装置の一つである。
いまエドとカミラがいるのは、問題の空き店舗の中だ。
現在は当局により封鎖されているが、アリスの手配は迅速だった。
というか、電磁的な封鎖自体、連邦メインサーバとしての機能でラグナロクが行っているから、迅速も何もないのだ。
連邦首都惑星リマノはラグナの箱庭である。つまり全てやりたい放題。
連邦各国の国民のほとんどは、防空管制とかインフラ、気候管理などの必須な仕事を担うシステムそのものが、一個のAIにより統率されていることを知らない。
知らなくて幸せともいえる。
この惑星の地下深く、想像を絶する自己進化機能を持つ怪物が、マシンだけの王国を築いているなど、人類にとってはホラー以外の何物でもないからだ。
さて、そのラグナから提供された資料によれば、ここは人身売買の関係拠点の一つで、主として個人客との小売り取引に使われていたという。この部屋は、奥行きのある建物の1番奥まった場所にあり、ケージを固定した壁の向こうは、すぐに廃墟だ。
完璧な防音性能。
向かって右の壁には、けばけばしい蛍光色の扉が3つ。その向こうは狭い個室である。商品の〝お試し〟用らしい。この手の店によくある作りだ。客が商品をどう扱おうとも、金が全てを解決する。
文字通り切り売りでも丸ごとても可。その場で購入して持ち帰ることもできる。
〝廃棄物〟の処理も簡単な立地だから、経営者にとっては都合が良い。
「こっちです、博士。」
エドがカミラを案内したのは、1番奥の扉である。それはピンクの扉で、偶然ながらカミラの日記帳によく似た色彩であった。
扉のけばけばしさに反して、地味な色彩の部屋の大半を占めるのはベッドだ。それ以外はほぼ何もない。
部屋の奥には、透明素材で仕切られたバスルームがある。
その仕切り壁、今は完全に透明とは言えなかった。
「なるほど。コレか…。」
壁の向こう側から赤みのある焦げ茶色のペンキをぶちまけたみたいに見える。
大半は流れ落ちたようだが、一部が血餅化して貼り付いたせいで、仕切り壁には前衛アートめいた模様ができていた。
鑑識によれば、立っていた人物の頸動脈あたりが切られて飛び散った血痕と考えて〝矛盾はない〟らしい。
血液は1種類のみ。
失踪人アダム・ジャグラーのものと鑑定済みだった。
エドはじっくりと現場を見た。
頸動脈を切られれば、ポンプ効果で血液が吹き出す。この飛び散り方なら、血管はほとんど切断されていただろう。天井まで飛沫が上がっている。アダムはあっという間に意識を失い、そのまま失血死したはずだ。それはそれとして、エドには腑に落ちないことがある。
「ちょいと気になったのは、その時、ここが営業中だったのかどうか、っすね。」
「それが何か?」
「上手く言えないんですがねぇ。」
エドは考えをまとめつつ、尚も観察を続ける。
「一つは営業中なら、この血痕が残ったのは妙だな、とか。」
「なぜじゃ?予期せぬ事故があったなら慌てて逃げるのではないか?」
「普通の場所ならそうっすね。けど、こんなとこじゃ、この程度の事故なんざ日常的に起きる。大抵なら血を流すのは〝商品〟だが、プレイの種類によっちゃ客の方が死にかけたり、死んだりすることもある。そんな時は、死体もしくは死にかけを〝処理〟して、何ごともなかった体で営業を続けそうなもんだ。」
カミラは小首を傾げた。
「他にも同じような小部屋があるではないか。ここをしばらく封鎖しても営業に差し支えなかったなら、掃除は先送りでもよかろうに。」
「そりゃそうなんですがね。ちょいと見てください。」
エドは、開け放した仕切り壁の前でしゃがんだ。
「ここ。床に洗い流したあとがある。それに、そこだけ処理剤を撒いたみたいだ。」
カメラアイを調節しながら、残留物質の波長を調べた。間違いない。
床の一部は清掃され薬剤を撒かれているのだ。
だが、天井も壁も手付かずに見える。
掃除の途中で逃げ出さねばならなくなったとしても、普通なら上の方から清掃を始めるはずだ。なぜ床部分から始めたのだろうか。
「慌てて掃除をしたのは確かでしょう。隅の方や、壁のそばは手付かずだ。」
「なるほど。中央だけが帯状に綺麗になっているな。そこに遺体があったのではないか?」
「いえ。処理剤が撒かれています。こういう稼業の奴らの必需品ですね。」
「それはどのようなものじゃ?」
「そこに血液があった証拠を消すためのものです。」
「…。」
カミラは無言で辺りを見回す。
何を探しているか、エドにはわからないが、彼女は恐らくエドのマシン・アイにも見えない何かを見ているはずた。
「…なるほどの。」
数秒後そう呟いて、カミラはピンクの部屋からケージのある方へと歩いた。ゆっくりと、何かを確認するかのように。
「博士?」
「どうやら、掃除の目的がわかったような気がする。」
「…は?」
カミラが何を言っているか、最初エドにはわからなかった。だが。
「これじゃの。エド、この檻を動かしてみりゃれ。」
「…了解。」
カミラが示したのは、あの男の子の画像が貼り付けられたケージである。かなりの重さがありそうだ。
エドは、ざっと床を見たが、どこにも引きずった跡はない。となると、上下もしくは奥。そう見当をつけて横の鉄格子を精査してみた。
「これか。ロックされてるみたいだけど、ああ。大丈夫ですね。スイッチがある。」
カチっと微かな音がして、どこかでケージを固定していたラッチか何かが外れた。
そのままちょっと力を入れると、ケージ全体が壁と共に奥へとスライドした。更に押し込む。ケージの前面が壁面とフラットになったところで再度カチっと音がした。
ケージの左奥か固定されたようだ。
更に押す。
固定された辺を軸として、ケージ全体が回転した。やがてカチャンと何かが嵌る音と共にケージは動かなくなった。
そして、今までケージのあった場所の奥には、小さな入り口が現れた。屈めば通り抜けられそうだが、その先は闇だった。
真昼間、壁の向こうは本来戸外のはずだが?
不自然な掃除は、この通路に注意を引かないようにするためだったようだ。血液を流した当人の死体がどうなったかはわからないが、ここから脱出した者の足には血液が付着していたのだろう。だから急いで必要な部分だけ洗い流して処理剤を撒いた。
その甲斐あって、鑑識班すら欺けたわけだ。
しかし、奇妙な通路だった。
この先にそれが続いているのは確かだが、室内の灯りはまるで何かで遮断されたみたいに、壁の向こうには届かないのだ。
「やな感じっすね。」
「ほう。そなたでもわかるのか。」
揶揄う口調だ。
「ここまでヤバけりゃオレでもわかりますって。それに、リュウの執務室に行く途中と似てるんで。」
「ほう。さようか。龍一さまにはこのようなものは必要なかろうがの?」
「前からあるから、そのままにしてるってだけっしょ。奴には邪魔になんねえし。」
カミラは短く笑い声を上げた。
「なるほど。妾にも邪魔ではない。この先に行ってみるとしようか。ついて来や。」
「…了解。」
どのみちエドには選択権などない。
今更ため息も出ないまま、カミラに続いて闇へと踏み出した。
お読みいただき、感謝しかありません。
次回もよろしくお願いします。




