55 ギャンブラーの失踪
新しい日記ネタ「ギャンブラー」第一話です。
「ねえ、博士?何見てんですか?」
「うむ。ちと気になっての。」
カミラは携帯型ビューワーの画面から目を上げない。
珍しいな、とエドは首を捻った。
時刻は既に夜も遅い。
ここはエドの寝室である。独身者用公務員宿舎としては、かなり広い。だから、カミラのベッドと、エドが使うソファベッドを置いても、まだ余裕はある。
しかし、実を言えば、エドはこのベッドルームはカミラに明け渡して、自分はリビングに引っ越したかった。
が、カミラがそれを許さなかったのだ。
理由は簡単。
居間とキッチンは繋がっていて、更に居間を通らずにバスルームには行けない造りのせいだ。
エドがリビングを占領した場合、カミラは一々その前を通ってバスルームに行かなければならないが、彼女としてはそれが嫌なのだ。
「あり得ぬわ。」
と一蹴するくらいに。
ならばカミラがリビングを寝室にすれば良さそうなのに、それはもっと嫌とのこと。まあ、カミラにとってここは臨時の簡易宿泊所みたいなものだ。正式な宿泊所は、内密とはいえVIP待遇の国賓に相応しく、最高格式の離宮内にある。
「で?何でまたそんなサイトを?」
カミラが熱心に閲覧していたのは、ゴシップ専門のチャンネルである。エドはチラッと見ただけだから、内容まではわからない。だがどうせ、有る事無い事を派手に脚色して、センセーショナルにぶち上げる類いの記事なのは間違いないだろう。
「これじゃ。」
「んん?…ああ。あの話っすか。」
こちらに向けられたビューワーの画面には、にこやかに微笑む男の画像が表示されていた。
リマノ社交界では有名な放蕩者である。ゴシップサイトの常連であり、派手な女性関係の一方でギャンブラーとして名を馳せていた。
貴族ではないが、金持ちでイケメンとあって、あちこちの社交的な催しで引っ張りだこなのも頷ける。
エドは改めて画面を見た。
おおらかで精力的な、人好きする笑顔。日焼けした肌と真っ白な歯、綺麗に整えられた黒に近い濃色の髪、強い目力が印象的だ。
その画像の上に、〝富豪、謎の失踪〟の見出しが大きく表示されている。
元々ゴシップ界隈では有名人なのだが、その彼が不可解な失踪を遂げた。いつものナイトグラブである女性に会うはずが、突然、何の予告もなく。
動機らしきものは見当たらない。
しかし、以降件の女性だけではなく、約束のあった大事な取引先や、関係者の前からも消えてしまった。
そんな経緯から、更に有名になった顔だった。
「色男よの。」
「エ?博士って、こーゆーのが好みなんすかぁ?」
意外である。
確かに、女性の視線を惹きつけそうな顔ではあるが、飛び抜けたイケメンというわけでもない。
エドはじっくりとその顔を見た。
そう若くはない。30代終わりから40代?渋いタイプの2枚目である。昔の映画で悪役とか準主役とかを演っていそうだ。
「馬鹿者。」
カミラにじろっと睨まれた。
「なんでもすぐに色恋に結びつけるでないわ。」
「へいへい。そりゃ失礼。オレはまだそーゆーお年ごろなもんで。けど、何でその男が気になるんです?」
「ギャンブラーというやからは、どの世界にもいるものじゃと思うての。」
「お国にも?」
「いかにも。」
カミラは、魔族である。魔界と呼ばれる、半ば伝説化した世界の最高位貴族だ。
エドの乏しい知識では、魔界は弱肉強食の世界で、生まれ持った力…、魔力の強さによって人生が決まってしまうらしい。
強大な力を持つものほど長命で、社会的地位も高い。逆に支配者層に生まれたとしても、能力が低ければ生きづらい社会だという。
「ギャンブルは、そなたらの本能に根ざしているようじゃが、我らにとってもそのような性質のものなのじゃ。」
「あー。けどお国じゃあ、魔力が強けりゃギャンブルも一人勝ちになりそうなもんでしょ?意味なくないっすか?」
不正などし放題だろう。
「一般的にはそうよの。しかし魔力では解決できない問題もあるし、不正に対する防御法も多いゆえ、結局賭け事という刹那的娯楽を共にするものの社会的地位はピンキリじゃ。ある意味平等な娯楽じゃの。」
エドにはよくわからないが、ギャンブルそのものがある種の者に及ぼす悪魔的な力というものが存在するらしい。そのためどこまでも転落していった犯罪者たちも知っている。
ギャンブルに取り憑かれた者は、その力に翻弄されることで、生の実感を得る。時に性よりも麻薬よりも強く、人を魅了してやまない事情は、どの世界でも変わらないのかもしれない。
だが、それはさておき。
「まだ見つかっちゃいないんですよね、その男。」
「失踪して5日か。」
カミラは画面を眺めて首を傾げる。
「いい男じゃが、生存確率は五分かそれ以下であろう。惜しいの。」
エドはポカンとした。
「何じゃその間抜け面は?」
「どうしちまったんすか!何か甘いもんでも食べて酔っ払ったとか?いや、そんな感じじゃねーけど…。」
意外だ。カミラは大貴族だが、科学者でもあり、合理的思考を常とする性格だ。よく言えばクール、悪く言えば冷酷無比。見ず知らずのギャンブラーに同情するタイプじゃない。
「ね、熱でもあります?」
エドはソワソワしてきた。
カミラの接待は、公務員として与えられた任務なのだ。国賓に何か異変があれば責任を問われるのは必定である。
「愚か者。そなた流に言えばカンが働くのじゃ。ただ妾の場合は、単なるカンとは少し違うがの。」
「はあ?カン、ですか?」
「さよう。この男、生死は知らぬが、いずれ我らに関わってくる気がする。」
「はいぃ?」
全く謎である。
突然何を言い出すんだ、とエドは首を傾げた。カミラは砂糖で酔うという〝特異体質〟だが、自分の代謝系を制御できるから酩酊して我を忘れたりはしない。
それに、こちらの世界に来たことで、今は本来の能力のごく僅かしか使えないらしいが、それでもボディガードなど不要なほど強力な魔力を持っている。
実際に力を使うのは見たことがないものの、それこそエドのカンが告げていた。
絶対に逆らってはならない相手だ、と。
黙っていればローティーンの、結構な美少女だ。濃いネイビーブルーにも紫にも見える虹彩の色と、波打つ漆黒の髪。
磁器めいた青白い肌に、黒いベルベットのゴシックドレスが神秘的な印象である。
だがその正体は、何千歳になるのか見当もつかないほど年老いた、異世界の怪物だ。
〝そもそも、何でこの世界に来たのかね、このヒト?〟
物見遊山ではあるのだろう。
それだけではなく、盟主正妃の懐妊を知った今では、カミラが主治医というのも何となくわかる。普通の医師の手に負える妊娠であるわけがないのだから。
だが、それが全てなのだろうか?
エドのカンは、違うと告げていた。だが、それを問いただすつもりはない。
〝所詮、しがない接待係だからな、オレっち〟
だから彼女の滞在中は事故や不測の事態がないよう祈るだけだ。
「んじゃ、オレ寝るんで。」
ソファベッドに横になって、エドは視力をオフにする。
「おやすみなさい、博士。」
「うむ。良い夢を、エド。」
エドは、この時考えもしなかった。
翌日早速カミラの〝カン〟が現実になろうとは。
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