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エドと博士のはみ出し日記  作者: WR-140


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54/64

54 真相

「雪原の魔女」編の最終回です。

少し長めですが、お付き合いくださいませ。

 まだ増えるかもな…。

 エドは諦めとともにそう考えた。人間に迷入してしまったシルフェリは、本来ならば早晩消え去る運命のはずだ。

 それが聖杯の力で生き延びている。シルフェリに憑かれた人間に自覚はなくとも、その身体能力には強力なバフがかかるから、寿命も伸びるだろう。それだけならまだ良いが…。

 最悪の場合。

 これは考えたくもないが、人間としての肉体が死を迎えても、その個体は真正の魔女として墓から甦る可能性がある。


〝つまり、オレってトコトン運が悪いってコトだよな〟

 ため息をつきたいところだが、そんなことをしても意味がない。エドは淡々と迎撃準備に取り掛かる。

 聖杯の力を借りても永遠に生きられはしないだろうが、魔女が生きた人間に憑依しているか、死体を動かしているかは見分けがつかないだろう。だから、できるだけ無傷で制圧しなければならないのだ。

〝何ちゅうシバリだ…〟


「エド、全員制圧する必要はない。時間だけ稼いでくれたらいいそ。」


 突然そう言ったのは、リュウである。

「はあ?何でだ?」

「今、千絵が聖杯を浄化している。あれが終われば、迷入したシルフェリは力を失うだろう。」

「どの程度?」

「古い個体なら消滅する。新しいものなら、支配力を完全に失うだろう。」

「そりゃいいが、どのくらいかかる?」

「さあ?千絵次第かなあ。」

「おいっ!?」

「そういうわけだから、よろしくな。」

「待てコラァ!」

 つまり、殺すな傷つけるなのシバリはそのままだ。冷凍にはならなくていいかもしれないが、人間離れした怪力と素早さに対処しなければならない点はいささかも変わらない。

 それも、6、いや7体!?

「案ずるなエド。万が一の時は妾が治療しようほどに。」

「!!!!」


 カミラの治療を受けても、エドの受難体質は治りそうもない。


 それから。

 結局のところ、〝肉入り〟の魔女は最初に拘束した1人と、あと1人だけだった。

 実はもう1人いたのだが、それは不運にもリュウと遭遇した個体だったらしい。その遺体は、リュウに触れたシルフェリの消滅とともに、崩れ去ったというが。

「消える寸前に、あの女は本来の姿に戻った。まだ10代の少女に見えた。」

 と、リュウ。

 彼の意図ではなかったとはいえ、その少女が死んだのは確かである。だから、リュウは〝事故〟に神経質になっていたのだ。

 公式的には、その少女は行方不明者として扱われるのだろう。そちらはラグナロクが処理するはずである。遺体はないし、今更、リュウにもエドにもできることはない。説明は不可能だ。

 遺族がいるならその心の傷は残り続けるだろうが、真相を知るより行方不明者として扱われる方がまだマシかもしれない。

〝犯人〟が在位中の連邦盟主とあっては、どうしようもないからだ。

 彼には、絶対的な免責特権がある。つまり、何人殺そうがお構いなしということである。

 それに、魔女は人間としての性欲対象を襲う。つまり、シルフェリによって理性を制限されていたとはいえ、衝動的に通りすがりの男性を襲ったのは、少女の方ということになる。これも説明不能だ。

 ただしこの件で、リュウは後日、妻から散々な目に合わされたらしい。


「罵倒されたほうがまだマシだ。泣かれた。ひどく静かに…。」

 と頭を抱えるリュウに、エドは慰めの言葉もなかった。


 が、それはまあ事故であり、仕方のない話だ。


 さて、時間は、聖杯が浄化された瞬間に戻る。

 エドは既に満身創痍だった。

 それでも、聖杯への無謀な突進を繰り返す魔女たちが、できるだけダメージを受けないように奮闘し、3体目に拘束具を掛けた途端。

 魔女たちの動きが、止まった。


 エドは、ハッとして聖杯の方を見た。聖杯は依然そこにあり、盟主正妃の姿もあったが、グラリ、と崩れおちる彼女の身体を今まさにリュウが抱き止め、そのまま抱きしめた。

 動かなくなり雪に倒れ伏した魔女たち。

 気がつけば、奇妙に曖昧だったその外見は、いつのまにか変わっている。

 まず、着衣。

 さっきまでは、全員が非常に似通った服を身につけている印象があったのだが、今はてんでばらばらの着衣であった。

 雪原では凡そ不適切な薄いドレス姿や、明らかにパジャマかそれに類した姿、或いは民族衣装と思われる盛装に身を包んだものまで。

 着衣だけではない。

 その肉体的外観もまた変化していた。この辺りの人特有の薄い色の頭髪は共通していたのだが、それ以外はかなり個性が現れていた。

 身長、体重、年齢。

 顔かたちの細部をいうまでもなく、あんなにも似通って見えた魔女の面影は、いまや誰にも残ってはいない。

 そして…?


 雪に座り込んだエドの傍らを駆け抜けて行ったものがいた。

「シド・パース?」

 シドはエドにも聖杯にも一切目をくれずに、一直線に走り、少し先で雪原に膝をついた。

「母さん!母さん、大丈夫か!?」

〝ああ。やっぱりな〟と、エドは内心肯いた。

 シドは、最初に拘束された女の横に両膝をつき、心配そうな様子だ。

 そして今ではエドにも、他のものにもわかっていた。最初に聖杯を奪おうとした魔女は、パース館の女主人で、シドの継母である、現領主夫人ゾラ・パースであることが。


「つまり、シド・パースの実母ミアを殺したのが、ゾラ夫人だったのね?」

「ああ。」

 正確には、魔女化したゾラである。

「最初から、ちーっと引っかかる点はあったんだ。シド・パースは、犯人に心当たりがあるんじゃないかってな。漠然とした感じだけだったが。」

「勘。そういうことね。」


 エドとアリス、カミラは、司法省内の、エドのオフィスにいた。

 3人でティーブレイク中である。

「あなた途中から確信しているように見えたわ。なぜ?」

「パース館に行った時なあ、シドがゾラ夫人を見る目がひとつの理由だった。説明はしにくいんだが。」

「そう。じゃ、別の理由は?」

「千絵ちゃんだ。」

「はあ?」

 アリスは、全く訳がわからない様子である。が、黙って聞いていたカミラが頷いた。

「そうよの。妾もそれで確信した。」

「ですよね博士。」


 アリスは無言で、エドとカミラを見た。

「こういうことだ。千絵ちゃんはあのリュウと結婚してやったくらい優しい性格だろ。それと彼女は、いかなる異物も見分ける目と、人の感情を読む力を持ってる。で、最初ゾラ夫人に会った時、千絵ちゃんが妙に困った表情をしたんだ。」

「え?」

 柳眉を逆立てる。そんな古い表現がある。美女が険しい顔をすることの例えだが、今のアリスがまさにそれだった。

〝ますます芸が細いなあ、ラグナロク〟

 と、エドは変に感心した。が、まあそれはそれである。

「千絵ちゃんはリュウの件でずっと元気がなかっただろ?」

「ええ、そうだったわね。」

「だがあの時、千絵ちゃんは困った顔をした。ゾラ夫人の状態に気付くと同時に、一家の感情も読んだはずだ。シドは、ゾラ夫人を疑っていたが、家族として愛してもいた。弟妹の母親だし、子供の頃からシドを育ててくれた人でもある。シドが愛情を受けて育ったのはわかるし、魔女化したときの記憶がなかったゾラ夫人は、シドを我が子として愛してもいただろう。だから、千絵ちゃんはあの時点で、ほぼ真相に気付いたんだ。そりゃ困惑もするさ。」

「そうよのお。お妃さまはご自身のことよりもまず他者を思いやるお方ゆえ。」

 記憶を持たない殺人犯は、何かに憑かれた状態である。一方で、殺されたミア・パースの実子であるシドは、犯人はゾラではないかとの心象を持っていたが、殺害方法も動機も不明の上、家族となり彼女の人柄を知るにつけ、あり得ないという思いに悩んで

いたはずだ。

 そんなアンビバレントな思いを長年引きずってきたシドの内心は、かなり複雑なものであっただろう。彼女はそれを知ってしまったのだ。

 母の死の真相を知りたい。だが、その結論はあり得ないものかもしれない…。その二つの思いに長い間引き裂かれてきたシド・パースを哀れんだのだろうか?

 それとも、ただ困惑したのか。

 まあどちらにせよ、真実を突き止めたいというシドの強い想いは本物だ。

 たとえそれがどんなものであろうとも。


「そうだったのね…。」

 ポツリと呟いたアリスは、しばらく黙り込んだ。

 物思いに耽っているようにも見える。

 が…、それは微妙に、人間のそれとは違うのかもしれない。

 ただし、カミラとエドが気付いたことにアリス=ラグナロクが気付かなかった点については、忸怩たる思いがあったようだ。

 アリスは、突然エドを見た。

 というより、睨みつけた。


「そういえば。エド?」

「あん?」

「シドール・パーシャス・ベルゲンハルトが最初にここに来た時、あなたなぜ彼があなたを指名したことを知ってたのかしら?」

「あ〜?」

 一瞬何のことかわからなかったが、すぐにあの時か、と思い当たる。今回の依頼の為、シドが司法省を訪ねて来て、受付で騒ぎを起こした後の話だ。

「まあ、いいじゃねーか。あれもカンってことでよ。」

「そんなはずないわよね。何を隠しているのかしら、エドガー・カリス?」

 アリスはエドのデスクに尻を半分乗せて半身をひねり、片手でエドの耳たぶを弄んだ。笑顔だが、耳の辺りから凍りつきそうなほど剣呑である。

「カンだよ、カン。」

「嘘おっしゃいな。」

 アリスはグイッとエドの頭を引き寄せた。セクハラだっ、と叫びたいところであるが、アリスの胸に顔を押し付けられては声など出ない。

 いや、出せない。

〝こ、このままじゃ窒息死するっ!〟


「やめよラグナ。大した話ではあるまいに。聞いたところで拍子抜けするだけぞ?」

「あら、博士はご存知でしたの?」

「あの日、受付アンドロイドがメンテナンスで、不慣れた他部署の職員がデスクにいた。気づかなかったか、ラグナ?デスクに普段ないものが置かれていたであろ?」

「なかったもの…?」

 アリスはエドの頭を抱え込んだまま一瞬黙った。データ検索中だ。

「メモとペン?」

「然り。アンドロイドには必要ないものじゃ。走り書きであったが、そこに記されておった。客人の名と、エドを指名した旨がの。」

「…!」

「わかったら放してやるが良い。」

 アリスは更に一瞬腕に力を込め、エドは命の危機を感じた。が、頸椎がどうにかなる前にアリスは腕を緩め、エドは反動で椅子から転げ落ちそうになった。


「エド・カリス。覚えてらっしゃい。」

 不気味なはど静かに、アリス=ラグナロクは、そう呟いた…。


 かくしてひとつの事件は終わったが、エドの受難は終わりそうもない。

次回は、次の日記「ギャンブラー」編です。

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