51 巨獣顕現!
千絵が隣を歩くリュウの腕にそっと指先を触れて立ち止まった。
「あそこよ。呼んでるわ。」
彼女は、森林の端近くを指差した。
しかし、エドがいかに機械眼を凝らしても、何も変わったものは見えない。
広域に渡る光の波長をさまざまに調整しても同じだ。
「見えねえよ。それに何も聞こえないがなあ?」
「声が聞こえるのは多分、姫さまだけです。でも、何となく違和感を感じられる方はあるのではないですか?」
「俺はわからん。博士は?」と、リュウ。
「皆目…。」
黒猫は頷いた。
「特殊な隠蔽がされているようです。強力な魔力を持つ者の目からその存在を隠すようですね。」
「先皇は非常に猜疑心の強い方であった。力あるものを極端に恐れて排斥しようとしたのじゃ。…我が子すらものう。」
アリスが首を傾げた。
「でも私には魔力とやらはありませんわ。研究中ではあるけど。なのに何も感じられないなんて。」
「右に同じ。変わったことは全く感じないがなあ?」
珍しくアリスとエドの意見も一致した。
つまり、リュウとカミラ、アリス、エドは全く聖杯の存在を感じないのだ。
他方、千絵は例外として、少尉は何かを感じているらしい。
では、シドとトマは?
「あー。何だろーな爺さまよ。こう、くすぐったいみたいな妙な感じが…?」
「お前もか。私にも感じられる。そう、ちょうどあの辺りだ。」
「そだなー。」
と2人が目を向けたのは、やはり森林と雪原の境目辺りだった。
「ふむ。少尉、あの辺りの雪の下に何がある?」
「空洞ですね。雪の厚みはおよそ3.5メートルですが、その下、地下30メートル付近にかなり大きな洞窟のような構造があります。ですけど、これ人工的に作られたっぽいですね。」
「根拠は?」
「岩石の組成からして、鍾乳洞などの水の侵食で出来た天然洞窟ではないし、火山活動とも関係ないようです。それに、形が対象形ですね。半球型ドームのような構造です。」
『どうなってんだ、少尉の目!?』
『彼固有の権能よ。物質の組成を瞬時に把握して、更にそれを操れる。』
『あ、操るって?』
『見たほうが早いわ。黙ってなさいな。』
『お、おう…。』
「聖杯はその洞窟にあるんだな?」
「ハイ、中央付近に時空間の揺らぎの陽炎が見えます。恐らくは。」
「洞窟ごと引き摺り出せ。」
「御意。」
「な、何だとっ!?おいリュウ?」
「何だエド?」
「そんなデタラメ、いやべらぼうな真似して、何かあったらどーすんだ?」
地下に埋まっている洞窟を引き摺り出す?どうやって?意味不明だ。
ガチで正気の沙汰じゃない。
しかもそこにあるのは、聖杯とやらだ。 リュウやカミラ、アリスにすら感知不能の、得体の知れないシロモノである。
「なに。カイには造作もない。コイツは俺の竜だからな。」
「イヤ、おかしいだろ、それ?」
おかしいのは確かだが、ツッコミどころがありすぎてよくわからない。
その時、黒猫がヒラリと主人の肩から飛び降りた。
「下がっていただけますか、皆さん。」
「ほう。お前が擬態を解くか。」
「ハイ。強力なシールドがあるようです。ます相殺します。」
淡々とそれだけ言って、小さな黒猫はトコトコと雪を踏んで歩き始めた。
木々の間から開けた方向へ。一同はそのちっぽけな後ろ姿を目で追った。
100メートルあまりも離れただろうか。白い雪の上に置かれた黒い石ころのように黒猫の姿が小さくなった時、アリスがシドとトマに向き直った。
「お二人は目を閉じた方が良いと思いますわ。少し強く光ります。」
いい終えた瞬間だった。
「うっ!!」
まばゆい閃光が疾った。
木の幹のまっすぐな影が林床に伸びる。それはほんの一瞬。ごおっと音を立てて強風が吹き抜けた。踏ん張っていても体を持っていかれそうだ。
辺り一面に地吹雪が舞い上がり、キラキラと輝いて地に降り注ぐ。
そして、黒猫のいた場所には、巨大な生物が出現していた。
「ドラゴン…!?」
燦然と輝く銀の巨体。
優美な長い首の先には、尖った口吻をもつ頭部が乗っている。
首は重量感のある胸部に続き、更に巨大な腹部を支える4本の脚には、銀青色の長大な鉤爪が生えていた。
肩甲骨に当たる付近から生えた翼は、今は背中にキチンと畳まれている。先端が鋭く鋭角に尖るフォルムはシャープだ。
全長の半分以上を占める、長大な尾。
全身を覆うメタリックな銀色のウロコは、モアレのように浮き上がり動いて見える、虹色の光でコーティングされている。
初見の人間2人はただただ呆然と見惚れることしか出来なかった。
エドも、こう近くでしげしげと見たのは初めてである。
〝でも少尉は少尉だしな〜。〟
リュウや周りの連中の存在に、いつの間にやら慣れきってしまっていた。
「実に美しいの。」
と、カミラ。
「確かに。」
と、アリス。
エドにしてもその点に異存はないのだが、でもやはり。
「猫でもドラゴンでも、少尉は少尉だよなあ。」
結局は、それに尽きるのだ。
巨竜の全身から、何やら燐光に似たものが発せられた。虹色の反射光が雪を彩る。
あまりにも幻想的な光のショーは、ここまでは完全に無音で繰り広げれていた。
だが、次の瞬間。
轟音とともに、大地が震えた。
森林の外れの数メートル先から、開けた雪原に一直線の亀裂が走る。
更なる地響きと共に、亀裂が隆起した。
数十センチから1メートル、更に1メートル。
平坦な雪原に、堤防のような隆起構造が現れ、その天辺に沿う裂けめから、噴き上がる雪とともに金色の光条が天に向かって迸る。
それは一筋ではなく、裂け目に沿っていく筋ものサーチライトが一斉に点灯したかの如くだ。
滑走路の誘導灯を思わせる光が白夜を照らし出す。
亀裂の端から端までおよそ200メートル余りか。それは隆起し、更に速度を上げて膨れ上がりつつ、裂け目からは雪でなく黒い土砂が勢いよく噴き上げてきた。
土塁状に盛り上がったその高さは10メートル近くある。土砂の噴出は止まらず、土塁の上部は裂けて、今、そこから地上へと巨大な塊が迫り上がってきた。
ドーム状の岩塊である。
スポーツ競技場並みのサイズだ。
銀の竜は動かない。
だが、その岩山のようなサイズの岩塊をより開けた雪原の方へと押しやりつつ、長大な首がゆっくりとその方向を変える。
「見事なものよのう。デリケートな構造物まで自在に操るか。恒星を破壊するに余ある出力の一方でこのような繊細な作業まで行えるとはの。」
エドはカミラの呟きに、一瞬思考が麻痺するのを感じた。恒星をどうするって!?
「…だからドラゴンの参戦は、厳しく制限されてるってわけか…。」
戦術兵器としても戦略兵器としても使用可能だが、威力がありすぎるのだ。
「さもあろう。少尉にとっては、惑星規模でこのようなオペレーションをすることですら〝雑用〟の部類らしい。」
「エグくないっすか、それ?」
「陛下の腹心とあらばその程度は当然じゃ。」
「あー、はいはい。」
「そなたも陛下の側近であること、誇っても良いぞ。」
「はあ…。」
そんなこと言われてもなあ。この化け物と比べられるもんじゃねえ。オレはオレ。
「何じゃその白けた顔は?」と、カミラが横目で睨むが。
「いやだって、リュウはリュウだし。」
それがエドの実感だ。少尉は少尉、リュウはリュウである。
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