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エドと博士のはみ出し日記  作者: WR-140


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50 虹色の雪原

「では、行こうか諸君?」

 リュウ・カンバラは、ゆったり立ち上がった。

 当然というべきなのか、自然と彼が全員を率いる形だが、誰も違和感を持たない。

「まさかこれからすぐにですか、マスター?」

 呆れ顔のアリスに、彼は穏やかな視線を返す。

「地殻変動か連鎖し始めれば、収束に時間がかかる。それは避けたい。」

「確かに。」

「でも龍ちゃん疲れてるよね。仕事帰りなのに?」心配そうな妻の髪を一房、くるくると指に巻きつけて、軽くキスする。

〝こういう鼻持ちならんキザなやり口がサマになるってなあ、ガチのチートだぜ〟

 と思うのはエドだけではなかったが、実際絵になるのだからしょうがない。

 しかも。

「後て慰めてくれ、千絵。」サラッと妻に囁き、彼はシドとトマに向き直った。まるで何ごともなかったかのように。


「ここからは危険が伴う。しかしあなた方もその目でご覧になりたいでしょう?」

 シドとトマは黙って頷いた。

 ここは彼らの故郷である。懐かしい人々、懐かしい思い出がここには沢山あるのだ。見届けずにいられるはずがない。

「足手纏いかもしれません。ですが、是非に同行を許して頂きたい。」

「分かりました。少尉、地殻変動の対応とシールド処理及びこの方達の安全を守れ。必要ならばお前の権能すべての使用を許す。」

「御意。」

〝また雑用だ…。〟とため息をつきたいカイであった。だが、イレギュラーな存在であるドラゴンは滅多にその権能の使用を許されない。理由は簡単。

 強すぎるから。

 一頭の竜が参戦するだけで、局地戦のパワーバランスは容易に覆ってしまうからだ。ましてカイは、連邦軍全てを敵に回したとしても、容易く勝利してしまうであろう特殊個体である。

〝ま、これもおしごとだよね。〟

 勅命を果たしてこその竜騎士だ。雑用でも何でも勅命には違いない。だから、カイはチョッピリ浮かれている。


 リュウ・カンバラは、他の者には来るか来ないかを尋ねなかった。

 その必要もないことだからである。

 そんなわけで、彼ら全員が早々にその場を後にした。


「で、ここはもう森林の外れってわけか。外なのにあんま寒くはないな。少尉のシールドか?」

「正解です、特別捜査官。」

 相変わらず猫のままで、カイはちゃっかり主君の肩に乗っている。

 一行は丈高い針葉樹の森の中にいた。

 林床には雪。下草や灌木の類は全く見当たらない。まっすぐな木の幹は、整然と高みへ伸びている。木々の間隔は広く均等で、まるで人工的に植林されたみたいに見える。

 全員を包むシールドの中は、12度程度か。外気温は−15度だ。巨木の森林は地温が高いので、地面には積雪があるものの雪原よりはかなり暖かい。

「さて。千絵、どちらに進む?」

 彼女は黙ってある方向を指差した。それは意外にも森の中心部ではなく、森林と雪原の境目に近い方向だった。


 一行は指示された方向へと進む。

「こちらは、パース領とカーソン領の境界に向かう方向だが…。」と、トマ。

「そうだよな爺さま。たしかあそこには泉がいくつかあったんじゃないかい?」

「そうだな。」

「泉?それは凍ってないのか?」とエドが2人に尋ねた。

「んたな。ここいらには凍らない泉がいくつもあるんだ。火山活動のせいでよ。」

「しかし、流れ出たら凍るよな?」

「ああ。だから、溢れた水は、地面の近くで小さな小川になるんだ。雪の下だが、この雪、3メートル以上厚みがあってよ。たまーに雪が陥没してるのはその小川のせいだ。水が湧いてるとこは、少し雪原から高くなってっからわかりやすいんだけんど、そこから小川にそって雪が強く光るんで、それを避ければ落っこちたりはしねえよ。」

 雪原の上に湧き出た分はすぐに凍りつくから、飛び出して見えるらしい。

 よく見ると、森の木々の間から、幻想的な光の帯が雪原の方向へと続いているのがわかる。

「雪の下の小川か。」

 リマノで生まれ育ったエドには、ちょっと想像出来ない。リマノはラグナロクによる気候調整のため、行政府近辺で雪が降ること自体珍しいのだ。

 積もった雪の下を流れる川なんてほぼファンタジーである。

「んだよ。その小川のおかげで、七色の雪原があるんだ。微生物が生きていけるからなあ。」

「なるほどなあ。」

 ここに来る前に、名物である七色の雪原については聞いていた。地上のオーロラとも言われる幻想的な光が雪原を輝かせるのだという。この地の代表的な観光資源の一つである。

「その微生物、妾の世界由来のものかもしれぬの。」

 突然、カミラが呟いた。

「ひょっとして聖杯にくっついてきた、とかっすか、博士?」

「然り。両陛下はご存知であろ。我が君の城のホールにあるシャンデリアを?」

「ああ。しかしあの灯りは金色に見えたと思うが。」とリュウ。隣で千絵がうんうんと頷く。

 カミラの主君の城ってつまり、魔界の城ってことだよな、とエドは思い当たるが、どんな場所かは想像もつかない。

「城って、本宮みたいな?」

 リマノの行政府は、宮殿だとか本宮とか呼ばれているが、一般的な城のイメージとはほど遠い。だが、リマノの住人が城と聞いて真っ先に思い浮かべるのがこの本宮である。

「いや。本宮は巨大迷路都市だが、オルテア殿の城は、まるで黒曜石から掘り抜いたような尖塔からできている。黒い岩山の上に、槍の穂先を何本か立てた形だな。中央の尖塔は、数百メートルの高さがある。優美だが…物理法則にはあまり頓着していない造りだ。」


 その城の広大なホールには水が流れる水路があった。見上げれば遥かな高みにあるはずの天井から、無数の巨大なシャンデリアが吊り下げられて、水路の水を金色に煌めかせる光景はただ幻想的である。

 シャンデリアを吊る長大な鎖の根本は、闇に溶けてしかとは見定められない。


「そういえば大公、あの城はあなたの魔力で維持されていた。シャンデリアを輝かせていた微生物はあなたの作品か?」

 カミラは頷いた。

 が、カミラを見たエドとシド、トマの3人は又もやギョッとした。

 彼女の足が雪原についていないのは全員が先刻承知していたのだが、いま彼女の前には、例の日記帳があったのだ。

 持ち主と同じく、開かれたまま宙に浮いている。

〝いやコレ、どっから出したとかしゃなくて、それ以前の問題だわ…〟

 互いの表情に合意を見出した人間の男3人に、奇妙な連帯感が生まれた。


 カミラは日記帳に何ごとか書きこみながら答えた。

「シャンデリアの光源は、既存の微生物に少し手を加えたものですわ。あれは環境温度によって色調を変える性質があります。」

「ああなるほど。」

「綺麗な光だったわ!私あのホール大好き。背の高い石の花壇からお花が溢れて、床にまで届いて。」

「確かに壮麗な光景だったな。ダンスフロアには使えまいが。」

 石の床には縦横に水路が走り、石の橋が架け渡されていた。見渡す限り数百とも数千ともしれない組み石の巨大な花壇は人の身長ほどの高さがあり、そこからは華麗な花々が溢れて垂れ下がり、流れる花で水路までが彩られていたから、ダンスをするには障害物が多すぎる。


 カミラは楽しげにコロコロと笑った。

「龍一さま、あのホールで舞踏会を開催したこともございましたわ。皆が今の私のように、浮かんだままではありましたが。」

「なるほど。それは失礼した。」


〝浮かんでダンスだと?〟

 エドは少し考えてみた。

 シャンデリアだの花壇だの、障害物だらけであるのは、浮かんでいても問題だ。

 魔力だか何だかで空中ダンスをするにしても、やっぱり相当の高難度に違いない。


『アリス。魔族ってなあ何考えてんだろうなあ。』

『魔族というより、有閑階級特有の問題でしょうね。』

『はん?何で?』

『魔族の魔力は、階級に応じてピンキリらしいから、城に招待されて空中で踊れるのは相当地位が高い者だけよ。人間も魔族もそういう連中は妙なことを面白がるじゃない。信じられないわね。』

『確かに。』アリスの言う通りである。

 魔族も人間も、AIラグナロクの目からは同じ、愚かな生き物なのだろう。

 傲慢で度し難く、身の程を知らない。あらゆる環境にしぶとく適応するが、その方法はしばしば環境自体を捻じ曲げ破壊する。

 その結果、変化した環境からリベンジされたりもするが、およそ懲りることなくイタチごっこを繰り広げる。

 それが、人類の歴史である。

 ラグナロクは何でまた人間なんぞを学ぼうとし続けるのか、エドには不思議だ。

 そもそもラグナロクを作り出したのは人間ではないというのに。


〝敵対されるよりはマシだがな〟

 つまりはそこに尽きる。ラグナロクに敵意を持たれたなら人類は滅亡しかねない。

お付き合い頂きありがとうございます。

よろしければ次回もお付き合い下さい。

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