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エドと博士のはみ出し日記  作者: WR-140


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⑤カミラの暗号日記

エドとカミラは司法省ビルの別の一室へと移った。

エドは渋々。

カミラはと見れば、鼻歌の一つも出そうな笑顔だ。

「して、死んだ夫とはどのような人物なのじゃ?」

「あ〜、ざっくり言って、経済界の大物ってやつっすねー。」

ラグナからビューワーに送付された資料ファイルのデータを閲覧しながら、エドは説明した。

サングラス型ビューワーは標準装備ではないが、連邦捜査局はこの辺の融通が効く。


ケン・クセルフィアス・ジーベンは実業家だった。死亡時40歳。

元々裕福な企業家の長男として生まれたが、彼自身の力で事業を拡大した敏腕経営者として知られていた。

現在彼が率いる企業グループの経営は順調で、納税もきちんと行なっている。

そのトップが死んだ。

今頃会社は大騒ぎだろう。


2度結婚したが、子供は離婚した最初の妻との間にいる1人だけだ。15歳になる男子てある。先妻は離婚後再婚することなく、数年前に病死している。

正式な妻以外の女性との間に娘がいたが、こちらも既に故人だ。

それと。

「スラム暴動で母親を亡くしてますね。」

それは報告ではなく、思わず漏れた呟きだったのだが。

「スラム暴動?」

「はい。22年前になります。」

それは暴動の名を冠された大量虐殺だ。

エドはその時に祖母と叔母を亡くしている。

視力もだ。

今は見えるが、顔の火傷と白濁した眼球はそのままで、本来の自分の目の色はもう忘れてしまった。

あえて治療を行わなかった結果だ。

亡き家族を忘れないための、タトゥーのようなものだったのだが、今となってはさほどこだわりはない。

当時、スラム暴動は社会に反感を持つ下層民の起こした、反社会的な暴力行為とされていた。

今は第三者の陰謀であったという真相が暴かれ、それを画策した者の大半は捉えられるか、既に処刑されるかしている。


「ケン・クセルフィアス・ジーベンって被害者は、評判のいい人物だったみたいですね。世間は羽振りのいいものに対して、陰で有る事無い事言いがちですが、そういったウワサの類もあまりないらしいし。」

「相続人は?」

「妻と、先妻との子供、つまり2人だけですね。もしかして妻が殺害犯なら1人だけになりますが。」

この状況で誰が一番得をするかは分かり切っている。

15の子供自身には不可能な計画でも、彼の周囲にはそれを可能にする大人がいるかも知れない。

「あとは、会社の人間だとか、ん?資料によると、株主の一部も問題が、…ああ、死んだ先妻の兄弟が筆頭株主をやってる会社があるみたいですね。ラグナによると、近々増資が計画されてて、新株の割り当て比率にひどく不満だったと。」

エドはチラッとカミラを見た。

あの世界とここでは経済システムも違うだろう。博士のプライドを傷つけないように説明するにはどうしたら良いかと思ったのだが、杞憂だったらしい。

「議決権に影響が出るほどか?」

「あ、ハイ。筆頭株主でいるのは難しくなるとか。尤も筆頭株主とはいえ最初から15%以下ですからね。実質的には持ち株会社の議決権には逆らえない。」


会社に対する影響力は少しだけ下がるだろうが、それだけで殺人などという危ない橋を渡るのは、いささか愚かに過ぎる。

絶対バレない自信でもあれば別だが。


「あと、被害者に恨みを持ってそうな人物は数名いるようですが、殺人の動機となるほどの怨恨ではないみたいっすね。」

全く筋違いの逆恨みから凶行に及ぶ人間はいないわけでもない。

しかし、その場合は衝動が先に立つ。

これほど手間暇を掛けはしないだろう。

何ごとにも絶対はないが。


「つまり、息子とその叔父が第一容疑者ということかと。」

「ふむ…。」

カミラは何ごとか考え込む様子だ。

やがて。

「特別捜査官。我々が官憲と関わりなく彼らと接触する方法は?」

「はあぁ!?な、何でまた、博士?」

エドにしてみたら冗談じゃない。

何を言い出すんだ、このVIP!?

「何と言うたか、ああそうじゃ、潜入捜査だったか。」

ぽん、と一つ手を打ち、カミラは満面の笑みを浮かべた。

「せ…。」

「こちらへ来て、ドラマ配信で観たのじゃ。」

開いた口が塞がらないとはこのことだ。

このど素人、何考えて…。

第一、単なる身内の殺人事件なんて、連邦捜査局の仕事じゃない。

第二に、と反論しようとしたが、ビューワーを通して艶かしいアリスの声が割り込む。

『よろしくてよ。お膳立ては私がするとお伝えしなさい、カリス特別捜査官。』

「んな…!」

『あら、貴方まさか…逆らうのかしら、この私に?』

逆らう?

ああそうとも!

逆らいたい!抗いたい!

あったりめーだっつーの!

今までアリス=ラグナロクの無茶振りにどれだけ泣かされて来たことか!

連邦のあちこちに連れ回され、強烈なセクハラとモラハラとパワハラをぶちかまされ、心身共に疲れ果て。

それでも更に弄ばれ引き摺り回され服従させられて…。

エンドレスである。

もう、イヤだ。


だがしかし、エド・カリスにできることは今度もただ頷くことだけだったのだ。


『それでいいのよ。あ、この件の報告書はいいわ。全て任せなさい。』

『…嬉しそうだな、アリスさんよ。』

元はと言えば全てコイツらのせいだ。

アリス=ラグナロクと、カミラ・ヴォルティス!


「ところで、あのー、何してるんです博士?」

カミラの前のデスクには、小さなメモ帳が広げられていた。

いつの間に、どこから取り出した?

表紙はピンクである。

カミラは、そこにせっせと何かを書きつけているのだが。

〝う。読めねーわコレ。〟

見たこともない文字列である。

「見てわからぬかの。日記をつけておるのじゃ。」

「日記…?ああ。」

言われてみれば。

横書きだが、ページの最初の短い行は、日付けなのだろうか。

「お国の文字っすか?」

「これはマーセル語と言うての、我らの公用語の一つじゃ。」

カミラは嬉々として、ちびた鉛筆のような筆記具をページに走らせている。

その文字が…。

「どうしたのじゃエド?」

「あ、いやその。個性的な字だな〜と。」

「そういう者も居るの。」

カミラは涼しい顔で文字を綴る。

エドには一文字たりともわからない。

知らない文字だから当たり前なのだが、それはそれとしてだ。

〝ひょっとして…、ひでぇ悪筆みたいな気がするのは気のせいか?〟


『よ、読めないわ。』

突然、アリスの声が頭に響いた。

『マーセル語ならわかるはず。なのになんてこと!この私が一文字も読めないなんて…。』

その声に明らかな動揺を聞き取り、エドは内心快哉を叫んだが、何食わぬ調子で聞いてみる。

『そんなに個性的か?』

『というより…これはもはや文字ではないのでは?』

『ふ〜ん。そこまでか。』


ラグナロクですら解読不能ならば、もはやコレは最強の暗号なのでは?

やはり恐るべし、カミラ・ヴォルティス!


次回もどうぞお越しくださいませ。

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