48 魔女の誕生
「シルフェリアル・ギガントとシルフェリ、それに魔女たちは、一見無関係な存在に見える。しかし、私は彼らに繋がりがあると考える。」
と、トマ。
「まずシルフェリアル・ギガントですが、彼らには雌雄の別がない。にもかかわらず、彼らは〝発情暴走〟を行う。無論、雌雄の別がない多細胞生物は複数存在するし、生涯で性別が変わるものも珍しくはないが、それらの多くは他の個体と遺伝子を交換する必要がある。単為生殖は少数派だ。そして、シルフェリアル・ギガントは、そのいずれとも異なる。」
アリスが頷いた。
「仰る通りだわ、かなりユニークな生き物ですわね。そもそも、発情暴走と呼ばれる行動が繁殖のためのものか否かすら不明であるとか?」
「そうです。彼らは卵を産まないし、胎生でもない。体内に生殖の為の器官があるかも怪しい。しかし、シルフェリアル・ギガントの幼生はある日突然現れると言われている。それは成体よりは遥かに小さいが、人間くらいの大きさは十分ある。姿は成体のミニチュアで、食性も同じだ。岩を砕き、呑み込み、彼らに必要なものを吸収して、残りを排泄する。問題は、この幼生がいつ、どのようにして生まれるか、です。」
ふとアリスが無表情になった。
〝データ検索か〟
とエドは思い当たる。とてつもない容量を持つはずのデータストレージを一気に見直しているのだろう。
1秒にも満たない間に。
「連邦歴3125年、この国の首都にあるミスカトライズ大学主催の生物学会で、それについての論文が発表されていますわね。ですが、すぐに黙殺されてしまった。今は論文集からも削除されている。なるほど。これは学会で認められるのは難しそうだわ…。著者は、シルフェリアル・ギガントとは共生関係にある2種の生命体だと言っていますわね。」
トマは頷いた。
「驚いた。あなたはそんなデータまで?失礼だが、アンドロイドでしたね?」
「そうですわ。このボディは、〝私〟の端末の一つにすぎません。〝私〟自身は人工知能です。」
「なるほど…。」トマは複雑な表情だ。
アリスがアンドロイドであることは初見で見切ったつもりだったのだが、同時に〝彼女〟に〝人格〟を感じて困惑していたのだ。
プログラムやディープラーニングが与えるような擬似的な人格ではなくて、何かもっと根源的な…。
無理に言葉にするなら、〝魂〟のような何かである。
しかし、AIに魂…?
「アリス、その論文の内容を要約して皆に伝えてくれ。」
「承知しました、マスター。」
論文発表の年月日、発表者名、場所。
〝おいおい、100年以上も前のハナシかよ!カビでも生えてそうだぜ〟
それも、小さな世界の小さな大学の片隅で、忘れ去られたような論文である。
しかし、その内容は驚くべきものであった。
シルフェリアル・ギガントは、性別を持たず、遺伝情報の交換という通常の生殖行動は行わない。
ではどうやって繁殖しているか。
そのヒントは、名前にある。
巨大なシルフェリアル・ギガントは当然成体であるが、幼体とされているサイズのものもまた、体が小さいだけで既に成体なのだ。
そして、彼らとはあまりにも姿や生態が異なるのが、真に彼らの幼体である、シルフェリである。
かつてこの事実が広く知られていたからこその種族名である。
では、シルフェリとは何か?
それは伝説にいう、空気の精霊としばしば同一視されるが、実際にはほぼ透明で、ベールのように平たい姿をしている。
通常は風に乗りひらひらと空中を漂う。
強風に煽られると、時にバラバラに引きちぎられてしまうほど脆弱だが、それでもそのカケラたちは死なない。時間をかけてより集まって、もとの形に戻ることもできる。時には、別のシルフェリと〝混じる〟こともあるが、これも遺伝子の交換方法のひとつと見做せるだろう。
彼らの食性は不明だが、シューズリーン森林が何らかの役割を果たしている可能性がある。
「キテレツな生きもんだなそれは。いやしかし、見えないって…。」
「多分見えにくいってだけよエド。靄だとか、極薄の透ける布みたいに。他の惑星でも、類似の生態をもつ種は報告されているわ。」
「そうなのか。そんじゃまあ生きモンには見えねえカンジだな。」
それでもシルフェリは間違いなく生きており、大気を漂いながらゆっくりと成長するのだ。
それに知性と呼べるものがあるかは曖昧である。仮にあったとしても、人間の考える知性とは全く異なるものである可能性が高い。
やがて。
十分に成長したシルフェリは、ある日突然、小さなシルフェリアル・ギガントとなるのだ。
そのプロセスについて論文は2、3の仮説を述べる程度にとどめている。ただし小さな個体が突然現れるのは、シルフェリが他の生命体と合体するからであると断じていた。
だが、論文は別のことについても示唆していた。
即ち。
「シルフェリが、何らかの原因で、生きた人間に〝入り込む〟ことがあり、入り込まれた人間が〝魔女〟になる、と。」
「え?何だそれ、アリス?」
「論文では、この〝迷入〟が起きるのはごく稀であろうとされているわね。」
迷入。
例えば、寄生虫が、本来の宿主以外の体内に入り込むようなことを指す。
本来の寄生虫のライフサイクルからすると、あまり嬉しいことではない。何故ならばこの場合はまともな成熟や繁殖は、まず望めないからだ。
迷入した寄生虫は程なく死ぬか、もしくは成熟できないまま無為に生き続け、やがて死ぬ運命に見舞われるのである。
どちらにしろ、迷入した時点で本来のライフサイクルからは切り離されてしまうのだ。
「発言よろしいでしょうか?」
突然黒猫が尋ねる。相手はアリスでもトマでもなく、彼のご主人様である。
「何だ、少尉?」
「シルフェリアル・ギガントの体内スキャンの結果、通常の生殖器官は見つかりませんでした。しかし、内分泌系を精査したところ、いくつかの用途不明器官を発見しました。」
「それはどのようなものだ?」
「アーカム星系には、非常に希薄な身体を持つ生命体が存在しています。つまり、体が気体みたいに見えるんですが、その生殖器官と似通った構造の器官です。アーカムのその生物は、しばしば幼生の時に他の種族に入り込み、一体化してしまうことが知られています。」
「なるほどな。では、魔女説はさほど荒唐無稽ではないわけだ。」
「御意。」
「それじゃ、魔女になっちまった人間はどうなるんだよ、少尉?」
エドの質問に、黒猫はあっけらかんと答えた。
「どうもなりません。というか、普通の人間として生きていくでしょうね。おそらく自分が〝魔女〟であることにも気付かないまま。」
「そりゃおかしくねえか?だって魔女はよ、男を凍らせて攫ってくんだろ?」
「みたいですね。だけど、自分がそんな真似をしてるなんて、人間である本人は全く気付いていないと思いますよ。」
「はあ?説明してくれよ。」
殺人犯が犯行を覚えていないことはあり得るだろう。
しかし遺体を持ち去る?更にそれを繰り返すのに、気付いていないとなると、さっぱりわからない。
「遺体をどうするかについては、皆目見当がつきません。〝迷入〟せずに正しい相手に辿り着いたものは、そんな異種族の遺体に用はないはずです。シルフェリアル・ギガントはそもそも寄生というより、共生生物なんです。本来の宿主と完全に一体化することで、あの掘削機の怪物となり成熟する。双方にとってウィンウィンの関係です。しかし、人間相手ではそうはいかないでしょう。生命を保つのが精一杯で、時に部分的に相手を操れはしますが、それがせいぜいだ。そのままではやがて死ぬ。だけど生き物なら生存本能があるでしょうね。どうしても生き延びたいとして、それを可能にする方法があるなら?」
「そりゃあ必死になるだろ。」
「そうですよね。やれるだけのことはやろうとする。当然、利用できるものは全て利用して。その結果が魔女の誕生なんでしょう。」
生存本能。
しかしこの場合生き延びても種としての未来はない。それでも生き続けようとすることが生命である証なのかもしれない。
その足掻きが魔女と呼ばれるイレギュラーを産んだ。
「はみ出しだものがここにも居るか。」
カミラが小さく呟いた。
ありがとうございます。
お読みいただいた方にはただもう感謝です!
次回もどうぞよろしく。




