47 人か人外か
一方。
カミラの口から出たお妃さま、という言葉に、シドとトマは視線を交わした。
リュウ・カンバラの顔はあまりにも有名だったから、本来ゴシップになど興味を持たない2人でさえ見たことがあるのだ。
面白おかしく取り沙汰される彼の立ち位置とはつまり、盟主妃の兄かあるいは愛人、もしくは両方という、ひどくスキャンダラスなものである。
その彼の周辺にいる〝お妃さま〟といえばただ1人、噂の盟主妃であろう。
しかも、先ほどからのやりとりを聞く限り、彼とこの千絵という少女はかなり親密な関係らしい。それも嫉妬されてあからさまに喜ぶような種類の。
そして、じっくりと眺めてみれば、彼女の顔もまた、あの有名なアイス・ドールに酷似してはいまいか?
連邦ファーストレディとしてはあまりに若く可憐ではあるが…。
真相はどうあれ、それはシドやトマが考えるべきことではないし、不躾に首を突っ込んて良い話題でもない。2人の目配せは、その確認作業だった。
「カーソンさん、シルフェリアル・ギガントの暴走は、凍死や行方不明とどう関係しているんです?」
リュウ・カンバラが穏やかに聞いた。
「そうだ、その話がまだだった。皆さんは、あの掘削機の怪物と名前のギャップについてどう思いますか?」
ギガント、はその通りだ。確かに巨大な生き物ではある。
「シルフェリアルってのは、なんか違和感がね。」とエド。気になりはしていたが、
アリスから強制的に脳内に送り込まれた情報には、名前の由来まではなかった。
「仰る通り。種名の由来は諸説あるが、そのうちの一つにやはり伝説が絡んでいる。シドは聞いたことがあるかもしれない。空気の精霊、シルフェリの御伽話だ。」
「あ?えーっと、そうだなぁ、あんまし詳しくはないけんども。たしか…」
シドは考えながら続けた。
空気の精霊〝シルフェリ〟というのは、あの巨木の森にまつわる伝説だ。
本来ならばせいぜい灌木程度しか育つはずのないこの極寒の地に、あれほど豊かな森林があるのは、空気の精霊のおかげなのだという。
実際には、点在する火山のため地熱が高く、木々はそれを利用しているだけのことだが、伝説は精霊の加護が理由であるとしていた。
空気の精霊は、人の目には見えない。
それは大気に漂いながら人の営みを眺めている。
時には人間の中に入り込むことがあるというが、それは歓迎されざることだった。 かつて精神の病いを患ったものを、この土地では〝シルフェリに憑かれた〟と言い慣わしたからである。医学の発展は、わかりやすい身体症状が取っ掛かりになりやすい。だから精神疾患という目に見えにくい病いは、どうしても後回しになる。
だから多くの世界では、一時的な錯乱状態や、慢性的な精神症状の全てを〝憑き物〟のせいにしてきたのだ。
流石に精神医学の恩恵を受けられる昨今では、疑わしい症状があれば、ます病院に駆け込むのが一般的である。
「昔は憑き物落としを生業にしていた家もあったって話だけとよ、今更なんだってシルフェリ憑きなんて話が出るかね、爺さま?」
「生業ではないがシドよ、カーソンの家は代々、領地の統治以外にそのような役目もこなしてきた。」
「はあ?なんだいそれ?」
シドは、ポカンと口を開けた。心底不思議そうな様子である。
「聞いたこたぁねえがなあ、爺さま。」
トマは頷いた。
「そうだろうな。お前にそれを伝える前にミアはあんなことになったし、私はずっとこの家とは疎遠だったから。いいかシド、お前にはわかるはずだ。人と、人ならざるものの別が。」
「え?」
シドは、なぜか反射的にリマノから来た者たちに目を走らせた。
トマは頷く。
「それが、カーソンの一族なのだ。全員ではないが、私もミアにもその力はある。だから恐らくお前にも。」
「やはりの。」
笑みを含んだ少女の声が割り込んだ。
「トマ・カーソン。そなたの目には妾がどう映る?」
トマはまっすぐカミラを見た。その視線は率直だ。
「不躾をお許しいただけるならお答えしよう。あなたは人間ではない。だが、あなたが何か、私の乏しい知識と経験では全くわかりません。」
「さもあろうの。」と、カミラは満足げな表情だ。
「シド・パースも妾が人間ではないと感じていたし、この黒猫少尉についてはアンドロイドだと思うていたようじゃ。」
「そうだ。俺ビックリしたんだぁ!人間の姿だけんど生き物とは思わんかったんでよ。だから、アンドロイドかと。そっちの姐さんも、見たことないほど精巧じゃあるけども、どうも人間じゃなさそうだってさ、そう思ったんだあ。」
つまり、シドはアリスがアンドロイドであることを見抜いていたらしい。
「まだまだだな、アリス。」
軽い笑いを含んだ声で、リュウがアリスを揶揄った。
「お言葉がすぎましてよ、マスター・ダヴィデ。」
笑顔で切り返すアリスであるが。
〝こえ〜、怖すぎる…〟
その笑顔、エドにはあまりにもオソロシイ。
「参考までに、教えていただけますかカーソンさん。」
「私でわかることなら。」
「あなたは、この黒猫が何だと考えておられますか?」と、リュウは膝の上で寛ぐカイを示した。
トマは、色の薄い目でじっと黒猫を見つめた。光線の加減では白目の部分とぽとんど見分けがつかないほど薄い、ブルーグレーの虹彩である。
「はっきりとはしないが、猫でないことだけはわかる。何か…巨大な…影、いやしかしそんなはずは…?」
黒猫の主人は楽しげに笑った。
「お前もまだまだだな、カイ。罰として自己紹介しなさい。」
カイは主人を見上げ、ため息をついた。
「仰せのままに。ご主人様。」
ヒラリと床に降りて、シドとトマに向き合った。
「連邦宇宙軍情報将校兼盟主近衞飛竜遊撃隊隊士、カイ・エミリオ・バルトと申します。」
一息に言い切って、ペコリと頭を下げた黒猫から、シドはギョッとしたように一歩下がった。
「飛竜…遊撃隊…?あ、あんたドラゴン騎士なのか!?」
流石に高位リマノ貴族の後継者だけあって、シドは飛竜遊撃隊の隊士=ドラゴンであることを知っていたらしい。
「ハイ。神皇家東宮〝紫の宮〟さまのドラゴンにして、妃殿下の専属ガーディアンを仰せつかっております。以後お見知り置き下さい。」
淡々と自己紹介を終えて、カイはまたヒラリとご主人様の膝に飛び乗った。ご主人様の膝を独り占めできる機会は逃せない。
自然と喉がゴロゴロ鳴った。
「人間には見えんかったが、今は猫にしか見えねえ…。」
シドは呆然と呟く。
ということは。
「トマ・カーソン、異類を見分ける能力はあなたの方が強いようだが、姪にあたるミア・パース夫人もあなたのような能力をお持ちでしたか?」
トマは頷いた。
「どうかすると、私よりも強かったように思えます。しかし…、あなたは…」
「はい?俺が気になりますか?」
「失礼ながら、あなたは人間にしか…。」
ひどく訝しげな表情である。この〝猫〟が、〝ご主人様〟と呼ぶなら、その相手は人間であるはずはない。それなのに?
「人間ですよ。半分、いや1/3くらいはね。」と、リュウ・カンバラは苦笑した。
カミラが助け舟を出した。
「トマ・カーソン、案ずるには及ばぬ。このお方の隠形は完璧じゃ。」
「その通り。俺を見分けるのは妻だけです。愛のためだ♡そうだよな、千絵?」
蕩けそうなほど蠱惑的な笑み。対して千絵は白けた表情で、冷たく言い放つ。
「おかしいんじゃないの龍ちゃん?いつもだけど。」
「冷たいな♡そこもいいんだが。」
「ヘンタイ。」
「それはベッドで言ってくれ♡」
カミラがコホン、と咳払いした。
「お控え下さいませ、龍一さま。」氷よりも冷ややかな口調である。
これにアリスが輪をかけて冷たく言い放つ。
「お立場に配慮なさいますように。お父上がお嘆きあそばしませぬよう。」
「アホかラグナ。どーでもええやろ、親父なんぞ。」
突然の砕けた関西弁である。アリスが反論する前に、彼は連邦標準語で続けた。
「ミア夫人がそれほど強い能力を持っていたなら、何かに気付いてしまった可能性があるかもしれない。あなたは心当たりがおありのようだ。」
トマは頷いた。
「そうです。ミアが気付いたこと、それこそが魔女の呪いの本質とでもいうべきことかもしれない。」
トマは一旦言葉を切った。
お付き合い頂きありがとうございます。
次回もよろしく。




