46 探し物と伝言
トマは言葉を切った。
まるでたったいま、目の前にその光景が見えてでもいるかのように。
「レオは凍って死んでいた。女はいつの間にか消えていた。私の叫びを聞いて、他のメンバーが駆けつけたとき、私はレオの遺体の前の床に座って呆然としていたらしい。」
『それって、何か似てないか、アリス?』
『それ?』
『女の腕。背中に回された。』
『そうね。ある種の相似性は認められるかも。』
アリスは頷くと、トマに話しかけた。
「あなたはその女性の顔をご覧になったのかしら?」
「ああ。若い、知らない女だった。長い金髪で。ただ、廊下の照明はかなり暗かったから、目の色や細かなことまではわからない。」
この辺りの人間はほとんどが金髪や薄い色の頭髪だ。目の色も薄く似通った外見をもつ。
「そう。では少尉。彼にあの動画を見せてちょうだい。」
黒猫は、主人の膝の上で閉じていた目を開けた。
「了解。」
巨木の森。ここからそう離れてはいない場所にあるそこは、シューズリーン森林と呼ばれている。
トマの目の前に展開された仮想スクリーンには、あの動画が映されていた。
トマは訝しげに目をやると、例のシーンがクローズアップされた。
上半身裸の黒髪の男の後ろ姿と、その背中に回されんとする、2本の腕。画像はそこで静止した。
「ウッ…。」
くぐもった呻き声が、トマ・カーソンの喉から漏れた。何を感じたのか、顔色は青ざめている。
「これは…?」
「最近、偶然に撮影されたものよ。」
「金髪だな…。この後、何が起きた?」
「残念ながら画像はここまでしかないわ。でも。話していただけますわね、龍一さま?」
アリスは黒猫の飼い主に強い視線を当てたまま、軽く首を傾げて微笑んだ。
獰猛な、としか言いようのない笑顔だ。
「嫌だとは仰いませんわよね。説明なさる義務がおありですことよ?」
「そうだな。」
彼はフッと笑う。
「では簡潔に。この腕の持ち主は死んだ。以上だ。」
千絵がハッとして彼を見た。
「殺したの、龍ちゃん?」
「俺は何もしていないさ。ただソレが自滅した。」
「ああ。そういうことね。」
龍一と千絵、それにカミラと黒猫も、まるで当然のように頷いたが、エドにはサッパリわからない。
無論、シドやトマも。
「リュウよ、どういうことだ?第一、この女何者なんだよ?」
「名は知らない。だが、無論人間ではないだろう。仮に雪女とでも呼ぶべきかな。」
「あー。うん。そうだったのか。」
なんとなくわかった気がする。だがそれはエドだけで、シドとトマにはサッパリだろう。仕方なくエドは解説を買って出た。
「えーとつまり、お前の特異体質のせいだろ?弱い魔獣だとか妖物の類は、お前に触れたら漏れなくお陀仏ってことだよな?」
リュウは簡単に頷いた。
シドとトマは顔を見合わせ、異口同音に呟く。「特異体質…?」更に申し合わせたようにリュウを見るが、黒猫を膝にポーカーフェイスを決め込んだ彼からは何も読み取れない。
とりあえず、疑念は棚上げだ。
「俺はその森で、探し物の下見をしていた。博士、あなたの主君から依頼されたものだ。」
カミラが例の日記帳から顔を上げた。
〝いつ出したんだ、それ?〟エドの疑問は尽きないが、シドとトマも少し面食らった表情でバカでかいピンクの日記帳を眺めていた。確かさっき消えて、そしてまた現れたのだが?
「どっから出したんだ…、全然わからんかった…。」
シドの呟きにトマも同感らしいが、どちらにしても今はそれどころではない。
「我が君の探し物とは、龍一様?」
「その件について、アビスブリンガーを通じてあなたに伝言があった。〝イドの聖杯を回収して欲しい〟と。」
「なんと…!」
「博士、何なんすかそりゃ?」
カミラはパタンと日記を閉じる。
「知りたいかの、エド?」
「差し支えなければ?」
カミラはふむ、と呟いた。
「それはの、生命の聖杯とも呼ばれる神器じゃ。先代の我が主君が最愛の寵姫、後の皇后陛下に贈られた至宝よの。」
〝魔族の神器?何だそりゃ?〟
訳がわからないが、とにかく相当ヤバいシロモノらしいのはわかった。
「先皇が亡くなられた際、何処へともなく失われた宝の一つなのじゃ。龍一さま、ではそれがこの地に?」
「正確な座標まではわからない。それを特定するには千絵が必要だ。だから、俺は下調べに来て、そこへあの雪女が現れた。」
「ちょっと待って!」
「ん?」
「何で裸なの龍ちゃん?わざわざ脱いだ理由は?」
途端に龍一は相好を崩す。
〝めっちゃ嬉しそうだな…〟エドは半ば呆れた。やっぱバカだコイツ。
「妬いてくれるのか?」
「そ、そんな訳ないでしょ!ここの気温って、人が簡単に凍死するんだよ?いくら龍ちゃんでも無茶だよ!」
「ああ。確かに寒かった。ざっくりした位置を聞いただけだったから。丁度帰宅してシャワーを浴びようとしたら、シャワーノズルからアイツがニュルっと出てきたんだ。伝言を持ってな。」
「待てまて待てっ!?何が出てきた?ニュルって…。」なぜか寒気がする。
「アビスブリンガー。」
と、こともなげに龍一は答えた。
「って、お前ンチの池にいるあの馬鹿でっかい触手のバケモンだろ?あんなモン、どうやったらシャワーノズルから出て来れる?」
「ああ、アイツは普段、触手だらけの巨大な貝なんだが、どんな姿にでも擬態可能だ。サイズもな。」
「そうだよ、エド。ブレスレットとかにもなれるしね。」
エドは一瞬絶句した。
そうだった。何でもありだよな、離宮・月の宮ってトコは。コイツら夫婦と黒猫はあのお化け屋敷の住人だったっけ。
あ、今は博士もか。
「…スイマセン。聞いた俺が馬鹿でした。続けてくれ、リュウ。」
龍一は頷いた。
「それで、千絵を連れてくる前にちょっと下見をしとこうと思ったんだ。服を着るより、シールド形成する方早いし。」
そして、転移直後にその雪女に遭遇したという訳だ。
若いイケメンに目がない化け物に。
レオという少年を殺したのと同じやつかどうかは定かでないが、同類ではあるのだろう。
雪女は、今回ばかりは獲物を見誤った。
聞いてみれば単純な話である。
「カーソンさん。あなた先ほどロビーで、魔女は3人だと言われてましたが?」
トマ・カーソンは頷いた。釈然としない面持ちではあるが、今はお互いに情報交換が必要だ。
「言い伝えでは。マグー、テグー、ラグーの外見はよく似ているから、姉妹であると。」
「40年前、あなたが叫び声を上げたからキャラバンのメンバーが駆けつけた。もし、声を上げなければどうなっていたと思いますか?」
トマは考えながらゆっくり言葉を紡ぐ。
「私は死んでいたはずです。それと、レオと私は行方不明者とされたでしょう。目的と方法はわからないが、あの化け物は私たちの死体を持ち去ったはずだ。」
「なるほど。」
過去の行方不明者は若い男ばかりだったとすると、その可能性が高い。
「だけどとうすんだ、そんな凍った死体を持ってってよ?食うのか?」
シドの尤もな疑問に答えたのは、意外にもトマだった。
「具体的にはわからないが、ある種の〝供物〟と私は考えている。呪いへの供物。何がそういう性質のものだ。供物にはそれなりの要件がいるのではないか、と。覚えているだろうシド、ミアに起きたことを?」
ミア・パース。先代の領主夫人でありシドの産みの母、そしてトマの姪に当たる。
蒸留酒の倉庫で、硬く凍りついた死体となって発見されたのが20年前だ。
「そのレオって人の死に方、確かに母ちゃんと似てるよな、爺さま。」
「そうだな。だが、ミアは女性だ。レオの時のように遺体を持ち去ろうとして邪魔が入ったのか、それとも何かの事情で、殺害しなければならなくなったか。私は後者ではないかと考えている。」
「はあっ!?母ちゃんが何をしたってんだよ爺さま?」
「何かしたとは限らん。見てはいけないものを見たのか、知ってはいけないことを知ったか。まあ、ミアの件は例外であったのだろう。だが、犯人はレオを殺した奴かその同類ではあるだろうな。私は当時、お前の父親にそう言った。全く相手にされなかったが。あの時はむしろ、私を叩き出す勢いだったな。それからは疎遠た。」
不可解な死ではあっただろうが、家族を失った悲しみのさなか、魔女などという荒唐無稽なものを持ち出されては、不快に感じるのは無理もない。
だからそれ以来、トマはここでは招かれざる客となったのだろう。
「呪いへの供物とな。あるいはそうとも言えるかもしれぬ…。」
不意に、カミラが呟いた。
「博士?そりゃどういう意味っスか?」
「あるいはじゃ、エド。まだしかとはわからぬ。しかし…。龍一さま、お妃様をお連れになりたい理由はわかりますが、今の状態ではいささか危険であるやもしれませぬ。お妃さまの主治医としては、賛成いたしかねます。」
「どうするかは、話を聞いた上で本人が決めるだろう。それでいいか、千絵?」
「もちろん!オルテアさんの希望なら、できるだけのことはするわ。」
「だ、そうだ。」
『おーいアリス!どういうこったい?オレにゃサッパリだぜ。』
『…まあ落ち着きなさいな。私にも全てわかっている訳じゃないの。今はまだ情報が足りないわ。』
アリス=ラグナロクでもまだ全部はわからないのなら、人間であるエドにわからないのはまあ当然だろう。ならここは静観あるのみだ。
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