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エドと博士のはみ出し日記  作者: WR-140


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40 雪と氷の国

 エドの懸念は完全に当たった。

 結果として、パース館の客となったのは、エド、カミラ、アリスと千絵、カイ、それに3年ぶりの帰郷となったシドの、総勢6人である。

 触れ込みとしては、秘境ツアーを希望した賓客とその一行。

 間違ってはいないのだが…。


「何で千絵ちゃんを止めないんだよ、アリスぅ?」

「止めてもムダだからよ。それに理由がどうあれ、見え透いたウソなんかついたのはマスター・ダヴィデの失策だわ。全く、そんな風にお育てしたつもりはないのだけど。情けないこと。」

 マスター・ダヴィデとは、ラグナロクがリュウを呼ぶ場合の名称だ。ラグナロクが彼に対する批判や叱責を匂わせるなど、かなりシビアな場合に限られるが。

「ラグナの言う通りじゃ。あのお方もまだまだお若い。少しは反省なさるべきであろうの。」

 とカミラまで同調し、少尉に至っては、

「ボクに発言権なんかあるわけないじゃないですか。いつもそうです。」と、遠い目だった。もはや諦めの境地である。

 当の千絵は緘黙したままだ。

 そんなわけで、今シドを除いた5人はパース館のキッチンでテーブルを囲んでいた。大っぴらに会話ができるのは、カイのシールドのおかげである。


「しかし、領主の館にしては、ビックリするくらい簡素だな。広いことは広いが。」

 かつてテロ組織の残党狩りで、エドはあちこちアリスに引き摺り回された経験がある。辺境の領主の館もいくつか見知ってはいたが、ここはそのどこより質素な造りであった。

「そうね。この国は封建制というよりは、直接民主制に近いのよ。領主とはいえ、支配者より領民代表に近いの。この建物も、観光客用の宿泊施設を兼ねていて、素朴な造りが秘境らしさにピッタリね。」

「なるほどなあ。」

 木肌を生かした造りは、山小屋にも見える。観光地の宿泊施設としての設備はそれなりに備わっていそうだ。


 連邦はとにかく巨大である。

 その人種や文化、歴史や気候、風物の多様性ときたら、多分普通の人間が一生をかけたって把握できないに違いない。

 思いもよらない場所があちこちにあるだろう。風変わりなリマノ貴族の中には、生涯を旅で終えたものもいると聞く。

 それほどに広大で、万華鏡よりも千変万化してなお、果ての見えない世界だ。

 想像を絶する絶景や、理解不能なまでの華麗さ、あるいは醜悪さの全てが人々を魅了して止まない。旅に死すことこそ本望と考える者は、これからも無数に現れるに違いないだろう。


「お待たせしました!」

 ひときわ明るい声が響いた。

 この館の女主人、ゾラ・パースである。

〝スラムにもいたよなあ、こういう女将さん〟と、エドは思う。

 シド・パースの育ての親で、彼の父親の未亡人だ。シドもそうだが、彼女もまた堂々たる体躯の持ち主であり、領主夫人というよりも、どこかの大衆酒場の女将さんといった方がしっくりくる。

 明るい金髪と、それよりも更に明るい笑顔の持ち主だ。

 エプロン姿の彼女が後ろに従えていたのはシドと、彼によく似た若者、それに2人の若い娘たちだった。皆が皆、満面の笑顔である。

「えっと博士、俺の家族で、母さんのゾラと弟のマテ、双子の妹はララとナナです。」

 と紹介して、よろしく、と一同会釈する。カミラはどこかの大国の重要人物で連邦の賓客ということになっているから、宿の主人一家が挨拶にきたかたちだ。

「世話になる。」

 とカミラも答えて、それからテーブルには料理の皿が並んだ。気取ったコース料理ではなくて、大皿の料理をめいめい好きなだけ取り皿に盛る形式である。

 湯気の立つ皿や、冷菜、スープなど品数はそこそこで、彩りは鮮やかである。素朴な郷土料理のようだが、食欲をそそる香りが食堂一杯に漂っていた。


 エドは、チラッと千絵を見た。

 彼女はその華奢な外見とは裏腹に、食べることが大好きだ。好奇心も旺盛で、いつもならこんな料理を見たら目を輝かせて飛びつくはずである。

 だが、彼女はぼんやりと目の前のテーブルを眺めるだけで、一向食事を始める気配はなかった。

〝リュウの野郎、何でウソなんか…〟

 エドも、それからおそらく彼女も、リュウが浮気などするはずがないことは知っている。だから千絵がこれほどショックを受けたのは、浮気のせいではなくて、ウソをつかれたからなのだろう。


〝いやまてよ。アイツああ見えて妙に無頓着で迂闊なとこがあるよな?まさか、ウソをついたつもりがなかった、とか?〟

 たしか、彼女は直接浮気のことを問い詰めたのではなくて、シューズリーン森林とかいう場所に行ったことがあるかと聞いたのではなかったか?

 だとすると、いくつか確認するべきことがあるのではないだろうか?

 それを千絵に尋ねようとした時だった。

 突然、足音が響いたのは。

 頑丈な木の床を、足早に踏み締める、数人の重い足音。それはこちらに向かってくる。

 何ごとかとシドと家族が食堂の入り口を見た。まだ10代半ばらしい双子の娘の顔には怯えの色がくっきりと刻まれていた。

 この食堂にはドアがない。

 出入り口に現れたのは、2人の大男であった。

「お客座、失礼致します。」

 年長の、と言っても年齢はエドより若そうなヒゲ面が、テーブルに向かって形ばかりの会釈をする。表情は厳しく、その目は主人一家に据えられていた。

「何事ですか、バス・モルフォ?」

「はっ!シルフェリアル・ギガントの暴走です。先ほど第一防衛ラインが突破されました!地上に向かっているものと思われます!」

「何と。季節はまだ…、」

「はっ!まだ奴らの発情期ではありませんが、今回の暴走は規模が大きく、このままでは10年前の再現ともなりかねません!お客様方には速やかに待避していただくべきかと。」


『非常事態のようね。』とアリス。

『だな。何なんだそのシルフェリアルとかいうのは?』

『この地方の固有種。地中に棲む、生きた巨大掘削機ね。繁殖期に集団暴走するんだけど、詳しくは、これを見てちょうだいな。』

 と、直接脳内に転送されてきたデータの重さに、エドは危うく昏倒しかけた。

『て、てめっ!何しやがるっ!オレを殺す気かっ!し、しかもオレに何した?データのダイレクトインストールって!?オレは生身の人間だぞおっ!』

『まあオーバーな。これだから人間は。針の先みたいなちっぽけなデータ一つに何を言ってるのかしら。ちゃんと脳にパスウェイも作っといたのに。』

 エドは黙った。反論するだけムダだ。脳を含む肉体のあちこちをいじられたのは知っていたし、同意の上の処置ではある。不死身の戦闘アンドロイドをバディにした時点で、少しでもエドの生存適性を上げるためには必要だったからだ。

 足手纏いにならないために。

 〝アリス〟とは、ラグナロクが現場で深く人間を学ぶためのプロジェクトでもある。しかし、アリス=ラグナロクだけではどうしてもやりすぎてしまうから、最前線にはストッパーとして、生身の人間を伴う必要があった。それを理解し納得した上での処置だ。

 サイボーグみたいに機械を埋め込まれたわけでこそないが、他にも何をされていることやら…。

 とりあえず、今はデータに集中だ。


〝生きた巨大掘削機?何だそりゃ?〟

雲行きが怪しくなってきました。

よろしければ次回もお付き合い下さいね。

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