④オレってば女難体質?
「けどよ。スラム出身なんてこたぁ、出来るだけ隠したいヤツもいるだろな。」
エドの言葉にアリスも頷いた。
「人気に響くとなればそうでしょうね。出自を逆手に取る方法もあるけど、この人のイメージからは難しそうだわ。」
見た目通りの、上品な美貌が売りの女優だったはずだ。
たしか、どっかの小国の貴族だか何だかという触れ込みだった。
しかし、混じり者か。
この場合は魔族の血を引くってことだよな、とエドは内心呟く。
それは、稀有なことだ。
捜査官として、一般人が一生お目にかかれない数の犯罪者や社会から逸脱した者たちと接触してきたエドですら、魔族を見たのはカミラが初めてである。
魔族。
単なる妖物や魔物の類ではなくて、伝説級の存在だ。
つまり魔族という種族は、伝説になるほどこの世界とは接点がないわけである。
「殺人を計画した者は、まさか失敗するとは思わなかったでしょうね。」
とアリス。
「お前さんの監視網には、犯人は引っかかってないのか?」
「ええ。」
「むぅ…。」
エドとしては意外だった。
アリス=ラグナロクの目は、リマノの至る所にある。
繁華街や官庁街なら、それに引っかかることなく100メートル移動するのは至難だろう。
更に衛星からの監視網もある。
「博士、彼女の意識消失はウミガシワの影響ですか?」
カミラは頷いた。
「混じり者とはいえ、魔族の血はごく薄い。生命には別条ないが、当分目は覚めないだろう。夢遊病に似た症状が出たのは無理からぬ仕儀じゃの。」
「なるほど。」
「あら?」
「どした、アリス?」
「…彼女は元・女優だと言いましたわね。結婚を機に引退したから元なんですが、その夫が亡くなったようですわ。殺害された、との報道です。容疑者は妻だとか。」
ということは、彼女が犯人?
エドは眠り続ける女を見た。
あり得るだろう。無理心中なら。
だが、何かしっくりこない。
「その犯行には特殊な咒毒が使われたと報道されていますわ。妙ね。」
「全くだ。」
カミラが2人を振り向いた。
「なぜ妙なのじゃ?」
エドとアリスはチラッと視線を交わし、結果アリスが説明する。
この辺りの呼吸はいつものことだ。
このコンビで踏んできた場数は、10や20ではきかない。
「早すぎるからですわ。たまたま博士がいらしたから、私たちは特殊な毒が使われたことを知りましたが、遺体を見ただけでは自然死としか見えないはずです。」
「なるほど。」
ウミガシワは、主として暗殺に使われる。
自然死に見せかけるにはもってこいの毒なのだ。
この世界における自生地では単なる海産物として食用に供される名物に過ぎない。
だが、特殊な処理を加えることにより、とても特殊な毒となる。
最初からこれではないかと見当をつけて、精密検査でもしない限り、簡単に特定できるような種類の毒ではない。
それだけに、使用に際してはかなりの知識と手間暇がかかる。
つまり、無理心中に使うなら、もっと扱い易い毒がいくらでもあるのだ。
「博士。この女性が、自身の血統を知っていた確率ってどれくらいありますか?」
カミラは少し考えて首を横に振った。
「ほぼないであろうの。」
そうだろうな、とエドは頷く。
魔族が伝説級に珍しい存在ならば、自分がその血を引くなどと考える方がどうかしている。
無理心中か?
殺人か?
殺人なら誰が誰を殺そうとしたのか?
「ここって、司法省の管轄だよな、監察官サマ?」
この建物のことだ。
「ええ。それが?」
「この人をしばらく世間から隠しときたい。真相がどうあれ、毒物の特定の速さから見ていてもナンカ嫌な感じがするぜ。ネタもとは?」
報道機関が情報を得た先のことだ。
アリスが首を傾げた。
「それがおかしいのよね。情報は警察から出てるけど、ラボは動いてない。こんな特殊な毒なら地域管轄では分析出来ないから、司法省ラボに持ち込まれるはずなのに。」
「しかも犯人を名指しでってか?あり得ないだろう。」
やれやれ、とエドは首を振る。
どこか上のほうから、かなりの圧力がかかっている。ということは…。
「汚職の臭いがプンプンしやがるぜ。内部監査はアンタの仕事だろ、アリス?」
アリスは淡々と頷いた。
「内部は引き受けるわ。でも証拠は外にありそうね。あなたが探してきて。」
〝そうきたか。冗談じゃねーわ!〟
「あー、その。オレはいま別の重大任務があるんしゃねーかな。」
エドはチラッとカミラを見た。
案内だか接待だか、これをしくじれば外交問題なのは間違いない。
〝それも、超弩級の問題だろ。ザマみろアリス。そういつもおまえさんの思惑通りになってたまるかってんだ。〟
カミラはエドを振り向いた。
エドは嫌な予感に襲われる。
ん?目が輝いてないか?
「妾なら構わぬぞ。面白そうじゃ。」
「なっ?!は、博士、危険です!」
「案ずるな。この世界では我ら魔族は弱体化するが、それでも妾を害せるものは少ないであろう。違うか、ラグナロク?」
アリスは愛想良く頷いた。
「その通りですわ、博士。」
「なら問題はなかろ。行くぞ、エド。」
「あ…。」
エドは視線でアリスに懇願するが、無論効果はない。
「なんでオレなんだよっ。」
そう小声で吐き捨てるのが関の山だ。
そして女2人はこれを完全に無視した。
エドの女難は、まだこれからだ。




