39 まさかの浮気とか
ドアが開かれた。
現れたのは、エドにとってはよく見知った顔である。
「え?どうした、千絵ちゃん?少尉も。」
入って来たのは、正にその2人だ。
「すみません、お仕事中に。」と頭を下げたのはドラゴン騎士カイ・エミリオ・バルトである。いつもの人形めいた無表情だが、最近はエドも何となく彼の表情が読める。
〝困ってる感じだが…〟
カイはチラッとソファのシド・パースを見て、ドアを閉めた。
「お客様でしたか。言って下されば。」
と、これはカイがアリス=ラグナロクに向けた言葉である。アリスは肩をすくめてみせる。最近は本当に芸が細かい。
ほっといて大丈夫、の意だろう。
「ああ。まあ話はついたんだ。彼は今はちょっと具合が悪くて休んで…え?」
電光石火。
今のいままでソファでぐったりとうなだれ、生死すら定かでない状態だったシド・パースが、復活していた。
単に体調が戻っただけではない。
その目は輝き、頬は紅潮している。視線はピタリと盟主妃にロックされていた。
「すげえべっぴんさんだあ!」
「いや、ちょい待て!あんた、時空酔いはどうなったんだ?」
「ンなもん、いっぺんに吹っ飛んだって。いやー、こんなキレイな人、見たことねえ!」
美人と言えば確かにそうなのだが、今の彼女はノーメイクの上、シンプルこの上ないオーバーサイズのブラウスに、タイトなパンツ姿である。長く艶やかな黒髪は太い三つ編みにして背中に垂らしていて、アクセサリーの類は全く身につけていない。
だから、どこから見ても痩せっぽちで小柄な、可愛いらしいティーンエイジャーといった風情なのだ。この姿の彼女を見て盟主妃と気付く人間は少ないだろう。
『しかし、どんだけ惚れっぽいんだ、この男?』
内緒話でアリスに呟く。
ガーディアンがいるから、シドがいくらトチ狂っても大事には至らないはずで、ここは傍観者を決め込むつもりだ。
『彼は私には反応しなかったわ。』
『ん?そういやそうだな?』
『無意識のうちに〝アリス〟が生き物でないと見分けているのかも。彼を観察すれば新たな知見が得られそうだわ。』
『あ〜。』
それはそうかもしれない。
エドもアリスには全くそそられないのだが、それは戦闘端末〝アリス〟に出会う前から、AIラグナロクとは知り合いだったためでないとは言い切れないのだ。
その点、シドならば白紙状態だから、観察にはうってつけである。
『動物的なカンてやつかねえ。』
『妾についてもの。』と、カミラ。
『はい?オレの娘かって言ってた件ですか、博士?』
『いいや。しかとは分からぬが、こやつは自分と同じ種かどうかを見分けているのではないかの。ほとんど無意識ではあろうが。』
『あー。ならやっぱカンですかね。千絵ちゃんは相手の正体を一目で見抜くけど、その劣化版スキルってのかな。』
『さよう。』
『なら、少尉についても?』
『おそらくは。』
『観察のしがいがありそうだわ。』
と3人が同意に達する間に、シドと訪問者2人は簡単な自己紹介を終えていた。
シドは、戦争犯罪取締局のシド・パースと名乗り、盟主妃はエドの友人の神原千絵、少尉はそのボディガードだ。
誰1人ウソはついていないが、言及していない部分が多過ぎた。
「んで、千絵ちゃんがオレに用なんて、いったいどうしたんだ?」
思わず身構えてしまうエドである。盟主妃こと神原千絵は、本来なら公私のけじめはしっかりつけるタイプで、仕事中のエドを訪ねてくるなど滅多にない。
前回、彼女が勤務中のエドを急襲した際は、結局とんでもない大ごとになってしまった。
ドラゴン少尉の浮かぬ顔をみるまでもなく、嫌な予感しかしない。人払いしようかとも思ったが、その対象はシド・パースのみだし、もし必要ならばアリスか少尉が先に動くだろう。
〝どうせ、アリスはとっくに用件を知ってるだろうしな。〟
と、腹を括りはしたものの。
「龍ちゃんが…。」
「んん?リュウがどうした?お、おい、千絵ちゃん!」
エドは思わず椅子から立ち上がった。
「何で泣く。何があった?」
化粧っ気のない彼女の頬に涙が伝う。長い睫毛を濡らして、更に涙の雫がひとつふたつ。
〝破壊的だ…。〟
美女の涙。彼女をよく知るエドすら、思わず絶句するしかないインパクトである。
ましてや。
「ど、どうしたんだ?どっか痛むのか?」
シドは突っ立ってワタワタしている。
「落ち着け、シド・パース。千絵ちゃんもな。アイツに何かあったのか?」
そんなことはおよそありそうもない。カミラとアリス、それに少尉もとてつもない怪物ではあるが、リュウは彼らを容易く制圧できるだろう。だとすれば。
「龍ちゃんに、好きな人がいるみたいなの。」
「はあ?あり得ねーわっ!」
思わず即答した。
これはエドのみの感想ではない。その証拠に、シド・パースを除く全員がウンウンと頷いたのだ。
「何があったかは知らねーけと、あのヘンタイ執着ストーカーヤローに限ってそれはない!」
エドの言葉に、またも一同同意する。
この点に関しては、全員の意見は完全に一致しているのだ。
「ス、ストーカー?」
と焦っているのは、シドのみである。
リュウが妻である彼女に対して、ほぼ妄執の域に達するほど溺愛し、異常なまでに執着していることは、近しいものなら皆知っている。
盟主は、そもそも厳格公正な為政者であり、バランスの取れた常識人かつ懐の深い人格者でもあるが、ただ一点、彼女に関することだけはその限りでない。
彼女次第では、彼は全てを破壊する史上最悪の破壊神ともなりかねないのだ。全くとんでもない話だが、彼がそうなれば止められるものはいない。
だから側近や近しい者は皆、彼のこの異常な執着をこそ懸念している位である。
「で。何があった?」
浮気など、到底あり得ない話である。しかし千絵は他者の感情を読む。その彼女が夫の浮気(?)を疑うのならば、それ相応の理由があるはずだ。
「カイ。エドにあれを見てもらって。」
ぐすんと鼻を啜りながら、彼女は脇に退いた。
「ハイ。」
無表情に進み出たカイが、エドのデスクの正面にスクリーンを構築する。
一見して機械的な処理に見えるが、実は投影機のような道具は使っていない。これは純粋に彼の権能である。
「え、これって…。」エドは首を傾げた。
それは広大な森林を上空から捉えた映像である。比較対象がないのでスケール感がわかりにくいのだが、林立しているのは巨木のようだ。ざっと見て、高度は地上120メートルというところか。
生成画像ではなく、小型の無人機で実際に撮影されたもののようだ。右上に小さなロゴマークがある。無数にあるチャンネルの一つで、いわゆる〝癒しの風景〟を専門にしている局のようだ。
「これのどこが問題なんだ?」
「すぐにわかるわ。…そこで止めて。」
画像が静止する。相変わらず木しか映っていないが…?
聞き返そうとしたとき、エドはそれに気付いた。
木々の間、巨木の陰に…。
「あれ?人かな?」
「ズームして、カイ。」
少尉は無言で命令に従った。
それは確かに人影である。長身、黒髪の若い男の後ろ姿だ。
「リュウ。何でまた。」
それはまごうかたなく本人であった。しかも、上半身は裸だ。顔は見えないものの、エドの機械眼はそれが誰かを完全に同定可能だった。
「そうよ。龍ちゃんだわ。」
と千絵。一瞬映り込んだだけの画像を見て彼だと見分けたのか?あり得ない眼力だが。
「もっとよく見て。カイ、もっとハッキリ出来ないの?」
「ズームはこれが限界です。ロボットカメラが旧式で、処理は最大限かけましたが、元データの画素が少なすぎます。」
淡々とした口調だが、エドにはかなりの動揺が聞き取れた。いくら強大な権能があっても、ないものはどうしようもない。
「…!?まて、コレは…女か?」
「…のように見えますが…。」
何とも歯切れ悪くカイが同意した。
半裸の男は、どうやらより小柄な誰かを抱きしめているらしい。相手のしなやかで細い両腕が、今にも男の裸の背中に回されようとしていた。裸の両腕が…。
「コレ千絵ちゃんじゃないのかい?」
「よく見てよ。私より背が高いわ。第一、この人、金髪みたいね。」
「あ…。」言われてみれば。
ところどころ僅かに見えるのは、確かに長い金色の髪の毛のようである。
「聞いてみたのか、リュウに?」
「ここね、シューズリーン森林ってところらしいの。そこに行ったことがあるかって聞いたら、行ったことないって。ウソだよね。私にウソついて…。」
「わわっ、泣くなよ!奴のことだ、何か理由があるに決まってんだろ。あいつに限って浮気なんぞ…。」
他の男なら浮気は十分あり得る。
だがしかし、あの異常者に限ってはあり得ないと、エドは確信していた。しかし、画像は合成でも生成でもない。もしフェイクなら少尉が見破れないはずはないからだ。
〝ヤバい。どう切り抜けたら〟
「あのう。シューズリーン森林って言ったかね?それ、多分パース領の外れの方と繋がってるとこだと思うんだけんども。」
おずおずと口にしたのはシドである。エドは、悪い予感に青ざめた。
この後の成り行きが読めたからだ。
もはや誤魔化すには手遅れだった。
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拙い作品ですが、手探りで頑張ります。
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