38 旅行計画
ひとしきり故郷の伝承や伝説を話した後、シド・パースはやれやれと首を振った。
「勿論、子供でも信じちゃいねえけどな。例えば領地の雪原が光るのは、固有種のバクテリアのせいだし、観光資源保全のために雪原を汚すなってなあ、ガキん時から厳しく叩き込まれるんだ。」
「なるほどのう。さぞかし見応えのある景観であろうの。」
「そうなんだ!俺は見慣れちゃいるが、飽きるってことがねえさ。」
どこか遠くを見つめるように視線を遊ばせて、シド・パースは微笑んだ。
「ああ帰りてえなあ。」
ここで、なぜだかエドの背筋がザワっとした。これは、不吉な兆しである。
原因もわかっていた。カミラだ。
「のう、エド?」
「は、はいぃ。」やべ!声が裏返った!
「そうかそうか。そなたも現場が見たいとな。さもあろう。」
「や、オ、オレそんなことっ…!」
「ベルゲンハルト卿、ご実家にお邪魔して良いかの?」
シド・パースはキョトンとした表情で、カミラとアリス、エドを眺めた。
「そりゃ構わねえだども、遠すぎねえか?連邦最後の秘境だのなんだの言われてるくれえのトコだぁ。」
「連邦域内であろ。ならば問題あるまい、のうアリス?」
「仕方ありませんわね。今回だけですわよ。」
「うむ!」
実に満足そうに、カミラは日記に走り書きすると、パタンと表紙を閉じた。そして日記帳を…。
「あっ、やっぱ見えねえ…。」
シドの呟きにエドは頷く。全く同感だ。
だが、20年前の事件現場なんぞに意味があるわけがない。今更そんな場所で何を見ようというのか。
「シド・パース、あなた何日休暇を取れるかしら?」とアリス。
「有給は溜まっちゃいるけんど、片道10日は掛かるし、乗り継ぎの都合によっちゃひと月くらい足止め食らうこともザラなんだわ。」
「往復の日程は無視してよくてよ。」
「はあ?」
「防寒具の準備は必要ね。あとは、滞在費用は現金か…、ああ物資でお渡しする方がいいわよね。それは手配します。だから、あなた今私とちょっとパース領に行って、ご家族に説明をお願い出来るかしら?」
「え…?あ、あのお、今って?」
シド・パースの泳ぐ視線が、助けを求めてエドに絡む。〝意味わかんねーだろうなあ、気の毒だが。〟
「諦めろ。」
「だ、だけんど?」
「博士は、盟主のお客さんだ。その博士が、〝秘境観光〟をご所望とあれば、特例で〝ゲート〟は開かれる。そういうこったな、アリス?」もはやデュラハン監察官と呼ぶ気力も失せたエドである。
どう呼ぼうが、化け物は化け物、ラグナロクはラグナロクなのだから。
「ゲートお!?」
素っ頓狂な声を上げたのはシドだ。まあ無理もない。
「ゲートって、あのう、空間をショートカットするってぇあのゲート!?」
連邦の最高機密、というか、盟主とラグナロク専用のアレである。連邦域内で座標が特定可能な場所ならばどこへでも到達可能なチートの一種だ。
存在は知られているが、その作動原理は公開されていない。仮に公開されたところで、複雑怪奇な時空連続体を解析し、安全な通路を確保する膨大な演算を、それもリアルタイムでこなせるものなど、ラグナロクか一部の人外ども位だろう。
以前の事件絡みでアリスに散々連れ回されたエドとしては、うんざりするだけのシロモノであろ。
早速準備されたゲートに引きずり込まれるシドに、エドは生暖かい目でアドバイスを送る。
「時空酔いに気を付けろよ。二日酔いよりキツいぜ。」
と。
さて、小1時間もしない内にアリスとシドは帰って来たのだが。
「あー。言わんこっちゃねえ。」
平常運転のアリスの片腕には、半ば気を失ったシドが抱えられていた。時空酔いであろう。
アリスのもう片方の手には、ザックリと編んだツル植物製のデカいカゴ。
体を丸めれば、大人ひとりくらいヨユーで入りそうな大きさで、中にはワインボトルのようなものや菓子らしき包みがぎっしりと詰まっている。重さ数十キロはありそうだ。
ぐったりしたシド・パースをソファに放り出し、アリスはカゴを床に下ろした。
「おかえり、アリス。どうだった?」
「寒いわね、確かに。」言外に〝人間にとっては〟と匂わせながら、アリスは土産の菓子包みをカミラに手渡す。
「名産のワインと乾燥果実を使った焼き菓子だそうですわ。」
「おお!」カミラの顔が輝いた。
「アリス、オレのは?」
「差し上げてもいいけれど、コレ、仕上げにたっぷりとリキュールを吸わせてるらしいのよ。ベースはあの蒸留酒。」
「やっぱ遠慮しとく。」
「賢明ね。」
早速包みを解きかけるカミラ。
〝だ、大丈夫だよな?〟と、エドは気が気でない。心配しているのは無論アルコールではなくて砂糖だが…。
「そのような目で見ずとも大事ない。」
「あっ、いや、その。」
〝待て待て待て!目なんか見えるわきゃねーわな、いくら博士でも。〟
エドの目はサングラスの下だ。それに機能していないから、そんな目もこんな目もあるはずはない。
「比喩じゃ。」
「あ〜。」また声に出してたか、と一瞬思ったが、そんなわけはない。
アリスがカミラの前にティーカップを置くのを眺めながら、ため息を一つ。
最近ため息が増えたよな、と自分でも思う。結局、人間の身では絶対太刀打ち出来ない連中を見過ぎたせいだ。
〝それともトシを取ったってことかもな〟
などと悲哀に浸っていたら、エドの前には湯呑みが置かれた。更にソファでぐったりしているシドの前にも。
中身は緑茶だ。サンクチュアリ、つまりはリュウ達の故郷原産の茶葉を使用している。リマノではこれを発酵させた紅茶が一般的だが、最近はこの飲み方も人気だ。
そして、茶菓子。
「お、花びら餅か!」
「ええ。将軍のお土産よ。あとでお返しを届けるわね。」
つまりは、禁足地であるサンクチュアリからの密輸品である。エドは和菓子が好物なのだが、それは結局リュウとの付き合いに起因する習慣だ。
「あれ?多くないか?」
アリスは更にティーカップを二客、デスクに置いた。
「お客様よ。」
「はん?」
「あなたに相談があるんですって。人気ねえ、エド。」
「勘弁してくれよ。」
それは本心である。たださえこのところ妙な事件に巻き込まれまくっているのだ。
これ以上はごめん被りたい。頼むから。
が、エドの願いも虚しく、ドアにノックの音が響いた。
いつもお付き合いいただく皆さま、ありがとうございます。
初めての方も、どうかこれに懲りないでよろしくお願いいたします。




