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エドと博士のはみ出し日記  作者: WR-140


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36 シドール・パーシャス・ベルゲンハルト

「母ちゃん?アンタのおっかさんってことか?」

 シド・パースは力強く頷いた。

 真剣な顔つきだ。

「しかしそれは…。」

 エドは戸惑った。第一に管轄が違う。連邦捜査官は、加盟国全てのエリアで捜査権を持つが、通常なら単なる殺人事件に関与することはない。

 司法省の情報漏洩が絡んだケン・ジーベンと妻の事件はともかく、リスベットやナサニエルの件は、あくまでも例外なのである。

「そのな、あんたがオレを買ってくれたらしいのはありがたいけど、管轄が…」

 と言いかけたエドをグイっと押し退けてカミラが前に出た。

「話してみよ。」

「あ…。」

 今の今まで静かにしていたカミラは、存在感さえ消していたのだ。確かにそこにいるのに、多分シド・パースは彼女の存在に気付いてさえいなかっただろう。

 アリスも敢えて紹介しなかった。

「嬢ちゃん、カリスさんの娘さん?」

〝ま、そう思うのが妥当な線だよな。〟

 とエドは思う。甚だ不本意ではあるが。 ここはエドの仕事場だ。通常、部外者がくつろいているはずはないから、仮に子供がいたら部屋の主の身内だと思うのが普通だろう。


「違いますわ、シド・パース。この方は連邦のお客様ですの。」とアリス。ざっくりそこだけ説明して、あとは彼の判断に委ねるつもりらしい。

 嘘はつかないが、全て話すなど出来ない相談である。カミラの正体がバレたりしたら、何が起こるか考えただけでも胃が痛くなりそうだ。

 人類社会にとって魔族は伝説の存在であり、かつて歴史に刻まれた大災害を引き起こした、現実の脅威でもある。


「まあそういうこった。第一、オレにこんなキレイな娘がいるはずないだろ。あ、失礼しました。」とカミラに会釈しておく。

「苦しゅうない。」

 シドは驚いたようにまじまじとカミラを見つめたが、フッと笑顔を浮かべて彼女に一礼した。

「失礼しました。」


『ふーん。バカじゃなさそうだな。』

 内緒話モードで呟く。

『そのようね。要らないことに首を突っ込むつもりはないらしいわ。』


「妾はカミラ・ヴォルティス。盟主陛下にお招きいただき、連邦域外から参った。以後よしなに、ベルゲンハルト卿。」

「あ、そのうよろしくお願いしますだ。」

 ぺこりと頭を下げて、少し首を傾げる。

「何と、あー、呼んだら…?」

「妾を?好きに呼べばよい。」

 と言われても、相手が何者かわからなければ呼びようがないだろう。肩書きも身分も出身国も何一つ分からないのだから。

 エドは助け舟を出すことにした。

「オレらは、博士と呼んでる。だよな、アリ…デュラハン監察官どの?」

「そうね。」

「じゃあ、それで。」とシド・パースは頷いた。


「それで、エド・カリスに依頼したいというのは何故なのじゃ?ベルゲンハルト卿は権門の後継者と聞くが、それならば他にも依頼できるつてはあろう?」

 エドとしても全く同感である。

 一族から疎まれようとも、後継者として当主から迎え入れられたのであれば、それなりに行使できる権力も人脈もあろう。

 既に要職についてもいる。

 いくら強力なコネがあろうと、アタマの中身がカボチャでは不可能なハナシだ。

 平時ならともかく、今はまだ戦争が残した厄介なしがらみが社会を色濃く覆っている。戦争犯罪取り締まり局は臨時の部署ではあるが、その責任は重大だ。

 当代盟主は、無能な者を要職に置いておくほど甘くはない。無能ぶりを露呈するヒマさえないまま、アッサリ罷免されるのがオチである。

 いや、そもそもコネだけでは任命まで漕ぎ着けることさえ不可能なのだ。

 それが部署間交流などという面倒くさい手続きを、申請して受理され実現するまでその地位に居座れたなら、無能ではない証明としては充分だ。

 公的機関がダメなら民間に頼る手もある。人探しや、あまり大っぴらには出来ない案件など、金さえ積めば引き受け手は溢れている。

 終戦とともに居場所をなくした、元諜報機関職員だとか腕利きの傭兵たちである。


「もう、あれこれ試しちゃみたんです、博士。だけど、どうもならんかったね。」

 肩を落として、筋肉ダルマのような男は弱いため息を吐いた。思い出しただけて一回り縮んで見えるほど、彼の失望は深かったようだ。

「そしたらつい1週間前、友達がエドガー・カリス特別捜査官のことを教えてくれたから。俺、もう必死でさ。」

「友達とな?」

「カルディナ・トマス。カリス特別捜査官とは会ったこともないって言ってたけんど、でもすっごくお世話になったって。」

「あ…。」

 エドは一瞬言葉に詰まった。

 カルディナ・トマス・ジーベン。

 元俳優兼モデルで、混じり者。そう、確かに会ったことはない。エドが知っているのは、意識のない彼女の姿だけだ。

 儚げだが気品ある美貌は、目を閉じぐったりした姿でさえ印象的だった。

 だが。

「ジーベン夫人と友達…?」

 あまりに意外だ。

 どう考えても接点が見えない。

 俳優カルディナは、先の世界大戦で滅亡した、辺境の小国の貴族出身と言われているが、それが偽りだとエドは知っている。

 彼女は、エドと同じく、リマノのスラム出身者である。

「10年くれえ前だったか、俺の実家の近くでロケがあって。景色はいいけど近くにゃ町も宿もねえ場所でよ、ウチの別荘を宿舎に提供したんだ。」

「あ〜。別荘。」

 そうだった。

 この男、魔獣並みの筋肉ダルマだが、傍系とはいえ名門貴族の血統だったっけ。

 ま、まさかコイツも彼女と同じ混じりモノなのか!?

『いいや。それはないの。』

『博士!?えっオレ今ナイショ話してました!?』

『いや。じゃがそなたの考えることなど一目瞭然じゃ。』

 済ました顔で、エドを見ようともせず、カミラが答えた。何か馬鹿にされたような気もするが…。

 しかし、混じりモノてないなら、なお分からない。混じりモノ同士は、ルーツが近いと無条件に惹かれ合うらしいが、カルディナの夫ケン・ジーベンとシド・パースとではタイプが違いすぎる。

 故ケンは、魔大公カミラ・ヴォルティスの眷属をルーツに持つ、混じりモノだったから、外見もカミラに似ていた。筋肉質ではあるがスリムで、気品ある端正な顔立ちだったはずだ。


「シド・パース、気を悪くしたら謝るけどよ、あんたまさか彼女を口説いたとか?」

 さっきの受け付けでの騒ぎを見る限りありそうだが。

「エ、何でわかるんだ?さすがだあ。」

「いやいや、あんたさっき受け付けの女の子口説いてたろ?」

 そんな尊敬の眼差しで見られても困る。

「あ〜あの子、素直そうで可愛かったからよ。それに、断り方も優しくて。」

「ハッキリやめて下さいって叫んでたけどな。」

 かなり惚れっぽいタイプのようだ。

「そなたが口説いたとき、カルディナはどうしたのじゃ?」

「あー、そりゃもちろん、タマぁ蹴り上げられて。」

「おいおい…。」

「惚れ惚れするよな蹴りでよー。あのお上品な見かけとは全然違ってて。」

 リマノのスラム出身者なら当然そうなるだろうなと、エドは深く納得した。

が。

「それで俺ら意気投合してよ。」

「は?」

「俺はカルディナの弟分になったんだ。それ以来の付き合いだあ。」

「何でそうなる?」

「そりゃ、カルディナの方が歳が上だしそうなるわな。」

「そこじゃなくて!」

「ん?」

 輝く丸い目にはカケラほどの邪気もなく、エドは追求を諦めた。

 スラム出身であることを、カルディナはひた隠しにして生きて来たはずだ。スラム自体はあの暴動で灰燼に帰し、僅かな生き残りも散り散りになってはいたが、それでも気が休まる時はなかっただろう。

 その彼女がシドを弟分として受け入れたのは、この邪気のない目のせいだったかもしれない。

 カルディナは今、カミラの患者である。

 彼女は妊娠中だからた。

 だから、エドとしてはもう一つ、聞いておきたいことがある。

『博士。』

『何じゃ?』

『カルディナに何を吹き込んだんです?』

『吹き込んだとは人聞きの悪い。妾は事実しか言わぬ。』

『どの口がそう言うんですか。ニセのレアを演じてだ時なんて、こっちが騙されそうな名演技でしたけど?』

『あれは演技であって、ウソではない。妾は、ケンの死の真相を暴いたのは、エドガー・カリスという特別捜査官であると伝えただけじゃ。ウミガシワで昏倒した彼女を救ったのもな。』

『いや、だってそれは博士が。』

『うるさいぞ、グチグチと。それより本題はまだかの?』

『あー、ハイハイ。』

 こうなっては仕方ない。エドは腹を括った。


「では、あんたの母上に何があったか、教えて頂きましょうか。」


お読みいたありがとうございます。

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