36 シドール・パーシャス・ベルゲンハルト
「母ちゃん?アンタのおっかさんってことか?」
シド・パースは力強く頷いた。
真剣な顔つきだ。
「しかしそれは…。」
エドは戸惑った。第一に管轄が違う。連邦捜査官は、加盟国全てのエリアで捜査権を持つが、通常なら単なる殺人事件に関与することはない。
司法省の情報漏洩が絡んだケン・ジーベンと妻の事件はともかく、リスベットやナサニエルの件は、あくまでも例外なのである。
「そのな、あんたがオレを買ってくれたらしいのはありがたいけど、管轄が…」
と言いかけたエドをグイっと押し退けてカミラが前に出た。
「話してみよ。」
「あ…。」
今の今まで静かにしていたカミラは、存在感さえ消していたのだ。確かにそこにいるのに、多分シド・パースは彼女の存在に気付いてさえいなかっただろう。
アリスも敢えて紹介しなかった。
「嬢ちゃん、カリスさんの娘さん?」
〝ま、そう思うのが妥当な線だよな。〟
とエドは思う。甚だ不本意ではあるが。 ここはエドの仕事場だ。通常、部外者がくつろいているはずはないから、仮に子供がいたら部屋の主の身内だと思うのが普通だろう。
「違いますわ、シド・パース。この方は連邦のお客様ですの。」とアリス。ざっくりそこだけ説明して、あとは彼の判断に委ねるつもりらしい。
嘘はつかないが、全て話すなど出来ない相談である。カミラの正体がバレたりしたら、何が起こるか考えただけでも胃が痛くなりそうだ。
人類社会にとって魔族は伝説の存在であり、かつて歴史に刻まれた大災害を引き起こした、現実の脅威でもある。
「まあそういうこった。第一、オレにこんなキレイな娘がいるはずないだろ。あ、失礼しました。」とカミラに会釈しておく。
「苦しゅうない。」
シドは驚いたようにまじまじとカミラを見つめたが、フッと笑顔を浮かべて彼女に一礼した。
「失礼しました。」
『ふーん。バカじゃなさそうだな。』
内緒話モードで呟く。
『そのようね。要らないことに首を突っ込むつもりはないらしいわ。』
「妾はカミラ・ヴォルティス。盟主陛下にお招きいただき、連邦域外から参った。以後よしなに、ベルゲンハルト卿。」
「あ、そのうよろしくお願いしますだ。」
ぺこりと頭を下げて、少し首を傾げる。
「何と、あー、呼んだら…?」
「妾を?好きに呼べばよい。」
と言われても、相手が何者かわからなければ呼びようがないだろう。肩書きも身分も出身国も何一つ分からないのだから。
エドは助け舟を出すことにした。
「オレらは、博士と呼んでる。だよな、アリ…デュラハン監察官どの?」
「そうね。」
「じゃあ、それで。」とシド・パースは頷いた。
「それで、エド・カリスに依頼したいというのは何故なのじゃ?ベルゲンハルト卿は権門の後継者と聞くが、それならば他にも依頼できるつてはあろう?」
エドとしても全く同感である。
一族から疎まれようとも、後継者として当主から迎え入れられたのであれば、それなりに行使できる権力も人脈もあろう。
既に要職についてもいる。
いくら強力なコネがあろうと、アタマの中身がカボチャでは不可能なハナシだ。
平時ならともかく、今はまだ戦争が残した厄介なしがらみが社会を色濃く覆っている。戦争犯罪取り締まり局は臨時の部署ではあるが、その責任は重大だ。
当代盟主は、無能な者を要職に置いておくほど甘くはない。無能ぶりを露呈するヒマさえないまま、アッサリ罷免されるのがオチである。
いや、そもそもコネだけでは任命まで漕ぎ着けることさえ不可能なのだ。
それが部署間交流などという面倒くさい手続きを、申請して受理され実現するまでその地位に居座れたなら、無能ではない証明としては充分だ。
公的機関がダメなら民間に頼る手もある。人探しや、あまり大っぴらには出来ない案件など、金さえ積めば引き受け手は溢れている。
終戦とともに居場所をなくした、元諜報機関職員だとか腕利きの傭兵たちである。
「もう、あれこれ試しちゃみたんです、博士。だけど、どうもならんかったね。」
肩を落として、筋肉ダルマのような男は弱いため息を吐いた。思い出しただけて一回り縮んで見えるほど、彼の失望は深かったようだ。
「そしたらつい1週間前、友達がエドガー・カリス特別捜査官のことを教えてくれたから。俺、もう必死でさ。」
「友達とな?」
「カルディナ・トマス。カリス特別捜査官とは会ったこともないって言ってたけんど、でもすっごくお世話になったって。」
「あ…。」
エドは一瞬言葉に詰まった。
カルディナ・トマス・ジーベン。
元俳優兼モデルで、混じり者。そう、確かに会ったことはない。エドが知っているのは、意識のない彼女の姿だけだ。
儚げだが気品ある美貌は、目を閉じぐったりした姿でさえ印象的だった。
だが。
「ジーベン夫人と友達…?」
あまりに意外だ。
どう考えても接点が見えない。
俳優カルディナは、先の世界大戦で滅亡した、辺境の小国の貴族出身と言われているが、それが偽りだとエドは知っている。
彼女は、エドと同じく、リマノのスラム出身者である。
「10年くれえ前だったか、俺の実家の近くでロケがあって。景色はいいけど近くにゃ町も宿もねえ場所でよ、ウチの別荘を宿舎に提供したんだ。」
「あ〜。別荘。」
そうだった。
この男、魔獣並みの筋肉ダルマだが、傍系とはいえ名門貴族の血統だったっけ。
ま、まさかコイツも彼女と同じ混じりモノなのか!?
『いいや。それはないの。』
『博士!?えっオレ今ナイショ話してました!?』
『いや。じゃがそなたの考えることなど一目瞭然じゃ。』
済ました顔で、エドを見ようともせず、カミラが答えた。何か馬鹿にされたような気もするが…。
しかし、混じりモノてないなら、なお分からない。混じりモノ同士は、ルーツが近いと無条件に惹かれ合うらしいが、カルディナの夫ケン・ジーベンとシド・パースとではタイプが違いすぎる。
故ケンは、魔大公カミラ・ヴォルティスの眷属をルーツに持つ、混じりモノだったから、外見もカミラに似ていた。筋肉質ではあるがスリムで、気品ある端正な顔立ちだったはずだ。
「シド・パース、気を悪くしたら謝るけどよ、あんたまさか彼女を口説いたとか?」
さっきの受け付けでの騒ぎを見る限りありそうだが。
「エ、何でわかるんだ?さすがだあ。」
「いやいや、あんたさっき受け付けの女の子口説いてたろ?」
そんな尊敬の眼差しで見られても困る。
「あ〜あの子、素直そうで可愛かったからよ。それに、断り方も優しくて。」
「ハッキリやめて下さいって叫んでたけどな。」
かなり惚れっぽいタイプのようだ。
「そなたが口説いたとき、カルディナはどうしたのじゃ?」
「あー、そりゃもちろん、タマぁ蹴り上げられて。」
「おいおい…。」
「惚れ惚れするよな蹴りでよー。あのお上品な見かけとは全然違ってて。」
リマノのスラム出身者なら当然そうなるだろうなと、エドは深く納得した。
が。
「それで俺ら意気投合してよ。」
「は?」
「俺はカルディナの弟分になったんだ。それ以来の付き合いだあ。」
「何でそうなる?」
「そりゃ、カルディナの方が歳が上だしそうなるわな。」
「そこじゃなくて!」
「ん?」
輝く丸い目にはカケラほどの邪気もなく、エドは追求を諦めた。
スラム出身であることを、カルディナはひた隠しにして生きて来たはずだ。スラム自体はあの暴動で灰燼に帰し、僅かな生き残りも散り散りになってはいたが、それでも気が休まる時はなかっただろう。
その彼女がシドを弟分として受け入れたのは、この邪気のない目のせいだったかもしれない。
カルディナは今、カミラの患者である。
彼女は妊娠中だからた。
だから、エドとしてはもう一つ、聞いておきたいことがある。
『博士。』
『何じゃ?』
『カルディナに何を吹き込んだんです?』
『吹き込んだとは人聞きの悪い。妾は事実しか言わぬ。』
『どの口がそう言うんですか。ニセのレアを演じてだ時なんて、こっちが騙されそうな名演技でしたけど?』
『あれは演技であって、ウソではない。妾は、ケンの死の真相を暴いたのは、エドガー・カリスという特別捜査官であると伝えただけじゃ。ウミガシワで昏倒した彼女を救ったのもな。』
『いや、だってそれは博士が。』
『うるさいぞ、グチグチと。それより本題はまだかの?』
『あー、ハイハイ。』
こうなっては仕方ない。エドは腹を括った。
「では、あんたの母上に何があったか、教えて頂きましょうか。」
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