34 戦争犯罪取締局からの訪問者
新たな日記ネタ、開幕です。
「戦争犯罪取締局から客だって?」
司法省内にある、特別捜査官エド・カリスの個人オフィスである。
室内にはエドと、監察官アリス・デュラハンこと、連邦を統べる怪物AIラグナロクの端末アンドロイド、それに、ヤバさではアリスに引けを取らない国賓、カミラ・ヴォルティス大公がいた。
「どういうことだよアリス?何でそんなヤツがオレに?」
「まあ、接待の一種だと思ってちょうだいな、エド。」
「あ〜。」
エドはうんざり顔を隠さない。
というか、隠す必要がない。
今この瞬間も、ラグナロクはエドのバイタルサインを事細かにモニター中である。
感情の変化など、隠すのがそもそもムリなのだ。
「大方その若造、リマノ貴族かなんかの関係者なんだろ。けどよー、毎回毎回何でオレ?特別捜査官なんぞ、他にもいくらだっているぜ。」
アリスは動じない。
「そうねえ。ほんの48人ばかりいるわよね。連邦司法省関係の公務員の、0.0001%以下よね。」
「はん?それがどうした?」
アリスは腕組みしてエドのデスクの前に仁王立ちした。
「いいこと、カリス特別捜査官。そもそも連邦特別捜査官はエリート中のエリートで、あなたはその中でも片手の指で数えられる実力者の1人だわ。つまり、捜査官のトップオブトップスってわけ。優秀な公務員にはそれなりの仕事が必要でしょ。」
〝出し抜けに何だ!?〟
「そりゃパワハラっすか、デュラハン監査官ドノ?」
アリスは嫣然と微笑んだ。
〝あ、ヤベっ!怒らせたか!?〟エドがぎくりと身を引くが、時すでに遅し。
次の瞬間、アリスはデスクにヒラリと飛び乗り、片足でエドの肩をズンっと踏みつけた、
「いてっ!」
何とも見事な曲線を見せつけるかの如く、スカートの深〜いスリットを割った完全無敵の生足だ。いつのまにか靴は脱いでいる。キレイなピンクの爪には透明なペディキュア。
エドは毎回思うが、肌の質感から細かな肌理、光を透かし煌めく金色の産毛に至るまで、何でまたこれほど完璧に造形する必要があるのだろう?
作り物とわかっているだけに、奇異の念を禁じ得ない。
驚異だとか賛嘆などではなく、あくまで奇異の念である。戦闘に特化したアンドロイド端末〝アリス〟の造形には、並外れて激しい執念が感じられた。
執念とか執着とは人間的な、あまりにも人間的な感情だとエドは思うのだが、アリスを作ったのはラグナロクというマシーンAIなのだ。
しかも、こんな扇状的なポーズで挑発されるのは、日常茶飯事である。
〝大体なぁ、オレに見せつけたって仕方ないんじゃないか?〟
いささかウンザリしつつエドはアリスの完璧な足首を眺めた。
まさに完璧。
だが、そそられない。微塵も。
それで意地になってるのか、コイツ?
「何か言うことはないのかしら?」
「あー、丈夫だなあ、このデスク。」
「おクチが減らないこと。」
「そっちこそ次から次へと。何にでもセクハラとパワハラネタをかましてくるのはどういう了見だ?」
「ああら。私に人権はないの。だから、パワハラもセクハラも成立しなくてよ。」
「どーゆー理屈だよ!人間のフリしてんじゃねーか!」
ああ言えばこう言う。最初から口でも実力でもエドが勝てるはずはないのだ。
「痴話喧嘩はそのくらいにせぬか。」
生暖かい目でカミラがため息をついた。
「どこが痴話喧嘩ですかっ!」と、2人の声が揃ってしまったのは、単なる事故である。
「仲の良いことよの。」
エドは反論しようと口を開きかけたが、そのまま黙った。何を言っても墓穴を掘りそうだ。
「さて、アリスよ、その人物とは具体的にどのような者じゃ?」
カミラの問いに、アリスはエドの肩をグリグリと踏んづけたまま答える。
〝き、気持ちイイ…〟エドにとっては実に不本意な事実だが、アリスのマッサージの腕(この場合足)は最高だ。
「シドール・パーシャス・ベルゲンハルト。元老院議長ベルゲンハルト侯爵の養子で、後継者と目されていますわ。」
「リマノ貴族か。それも元老とな?」
「代々元老院議員を排出している一族ですわね。でもシドール・パーシャス、通称シド・パースは、かなり毛色が変わった人物です。」アリスは、エドの反対側の肩に足を乗せ替えた。〝あっ!イイ…〟あまりの気持ちよさに寝落ちしそうなエドを無視して、化け物2人の会話は続く。
「変人じゃと?」
変わったモノに目がないカミラが早速食いついた。この辺りはアリスの想定通りである。
「変人とは言ってませんわ。毛色が違うと言いますのは、シド・パースの出自です。彼は本家の嫡流ではなくて、分家の出身なのです。まあ本人にも若干の問題がないわけではありませんけど。」
アリスによれば。
先代当主が若くして戦死したため、最初はその兄弟姉妹の誰かが継ぐはずだった。
だが、候補者たちは次々と戦争で死んだり、スキャンダルを起こしたり、破産したりして脱落。そのため、一旦引退した先先代が再度現役復帰した。
分家や傍流には何人か適当な年齢の男女がいたのだが、なぜか本家の養子として迎え入れたのはシド・パースだったのだ。
この決定はほぼ、現当主の独断であったらしいが、周囲には全く歓迎されなかったらしい。
それどころか…と、エドが夢うつつにそこまで聞いた時。
「ん?なんか騒がしくねーか、アリス?」
「そうね。」
アリスはヒラリとデスクから降りた。遠隔でドアを開けると、騒ぎがよりはっきりと聞こえる。男女数人?
「やめてください!」
一際大きく響いたのは女性の声である。
周囲では宥めるような声や応援を呼ぶ声が入り乱れている。
アリスが速やかに廊下に向かい、エドとカミラが後に続いた。
〝う、いつの間に靴履きゃあがった、アリス?〟
カツカツと音を刻むハイヒール。本日はエナメル仕上げの黒だ。
このフロアの受付辺りで騒ぎが起こっているようだ。ここは、司法省エリアにある東第7ビルの5階である。
連邦はあまりにも巨大すぎて、可能な限りの業務をAIに移管してもなお、膨大な人員が必要なのだ。生身の人間が。
だがしかし、フロア受付は女性型アンドロイドだったはずだが、さっきの声は生身の女性っぽかった?と、首を傾げるまでもなく、状況は一目瞭然。
受付カウンターの中にいたのは、いつものアンドロイド嬢ではなくて、人間の女性だった。
顔を引き攣らせた彼女の手は、1人の男にガッチリ握られていたのだ。
「どういう状況だ?」
近くにいた顔見知りの職員に聞く。
「いやそれが。あの男いきなり受け付け嬢を口説き出しまして。」
かなり困惑した様子である。周囲の連中も似たり寄ったり。
何があったかと言えば。
①訪問者らしき若い男が
②今日たまたまメンテナンス中のアンドロイドの代わりに受け付けをしていた事務局の女性職員から
③連絡先を聞き出そうとしている
らしい。
司法省ビルに来て、受け付けの女性を口説くとか、あまりにもあり得ない光景だ。
エドより先に、アリスが動く。
「手を離しなさい、シドール・パーシャス・ベルゲンハルト!警告します。あなたの行為は犯罪よ。」
ん?とエドは思い当たる。
さっき聞いた名だ。つまり、このセクハラ野郎が、戦争犯罪取締局からの客?
それがエドとシド・パースの出会いであった。
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