③ウミガシワ
場所柄か、ぐったりした女を抱いた男と少女は、さしたる興味を引くことなく路地に曲がる。
ラグナには支援を要請済みである。
人目が途切れた瞬間、『ゲート』が開かれて、3人の姿は空間に飲み込まれ、消失した。
「よお、アリス。」
「エド。」
妖艶なブロンド美女はエドに軽く会釈すると、カミラには丁寧にお辞儀した。
何やら時代がかった複雑で優雅な身振りである。カミラもまた優雅な答礼を返す。
「えらく差つけてくれるぜ、アリス。」
「あら、あなたこれに答礼できて?」
「出来るわきゃねーだろが。こちとらスラム生まれだ。ま、オレなんぞ醗酵熟女のお姉様からしたら赤ん坊ですらないし。それはそうとアリスさんよ、そのベッドでいいか?」
「醗酵熟女って何かしら?」
「あ〜、忘れてくれ。二日酔いのせいで多少口が滑った。酒のせいってことで。」
アリスの視線が冷ややかだ。
かなり怖い。
どんな最高級モデルのアンドロイドでも、こういうニュアンスは絶対出せまい。
エドはそそくさと『荷物』をベッドに寝かせた。
すかさずアリスがエドをベッドから引き離す。ピッタリ密着して後ろから抱き寄せるという、反則技である。
アリスは女性型アンドロイドとしては背が高い。
引き締まってはいるが、実に結構な柔らかさと暖かさを持つ曲面質量の弾力が、肩の後ろに押しつけられた。
エドはなされるがままだ。
普通の女にこんなことをされた日には、動転のあまり背負い投げでもかますところだが、相手がアリス=ラグナロク(しかもヒューマノイド型戦闘端末)とあっては逆らうだけムダである。
「そなたら、仲が良いの。」
カミラの生暖かい視線が痛い。
いやコレはそういうんじゃない。決して。
無駄な努力と諦めの果てである。
アリスには散々セクハラ(?)をかまされてきたが、自分から手をだしたことも、出したいと思ったこともないのだ。断じて。
だから反論したいのは山々だが、今更である。
これがティーンエイジャーの男なら、アリスの正体が何だろうと、その外見に完全にノックアウトされるかもしれないが、エドはそんなに若くもない。
だから彼女いない歴=年齢のエドとしてはただ密かなため息をつくしかなかった。
「それで博士、その人はどんな具合なんです?」
「命に問題はない。が、もし人間ならとっくに絶命していたであろう。」
「自殺か他殺か事故ってことですか。」
カミラは頷いた。
「かなり特殊な毒物を摂取している。この世界では簡単に手に入るものではなさそうだが…。」
「ウミガシワ、とか?」
何げなくそう口にしたエドを、カミラが鋭く見た。
「何故そう思うのじゃ?」
エドは当惑した。たまたま知っていた異界由来の毒物の名を口にしたに過ぎなかったのだ。
まさか、ビンゴってか?
「この世界では、と仰ったので。オレ毒はあんま知らないし。なあ、アリス?」
「そうね。博士、以前私とエドは任務でその自生地を訪れたことがありますの。ウミガシワは通常単なる食用海藻として扱われますけど、使い方によっては検出不能の咒毒となりますわ。あくまで人間にとっては、ですが。」
カミラは頷いた。
「その通りじゃ。魔族には効果がなかろうがの。」
だから死ななかったのか、とエドは改めてベッドの女を見た。
見た目は完全に人間だ。
美人には違いないが、カミラみたいな、どこか得体の知れない迫力はない。
特殊な処理を加えたウミガシワの成分をホムンクルス(愛玩用高級アンドロイド)に取り込ませ、通常あり得ない濃度にまで濃縮すると、このホムンクルス自体が強い咒毒となる。
脳に作用する毒だから、電脳のホムンクルスには害はない。
しかし、毒を仕込んだホムンクルスと濃厚な接触をした人間はひとたまりもないのだ。
しかも、トキシンでもポイズンでもなく、呪いに近い毒であるため、検出は難しい。
最近はこの毒そのものを取り出して、無味無臭の毒薬の形にすることも出来るらしいから、より厄介である。
「だとすると…、殺人未遂のセンか?」
「そうなるわね。」
アリスとエドは頷いた。
わざわざこんな手の込んだ方法で自殺を図りはするまいし、事故も考えにくい。
「で、誰が何のためにこの女優サンを殺ろうとしたのかだな。」
「あら、気づいてたのねエド。」
「ったりめえだって。結構有名な女優だろ、この人。」
「元・女優ですけどね。あなたでも映画を観るなんて意外だわ。」
エドはイラっとした。
「あんなあアリス、いや、ラグナさんよ。オレにそんなヒマねえのはよ〜っく知ってんじゃねえかい?逆に言やあ、映画見ねえオレでも知ってるくらい顔の売れた女優ってこったろ。」
エド・カリスは仕事がら、一度見た人の顔は忘れない。
「女優じゃと?」
「カルディナ・トマスとかいう名前で、確か辺境出身って触れ込みでした、博士。だが、オレはそうは思わないんです。」
「なぜじゃ?」
「彼女が話す動画を見ました。オレのカンでは、彼女はここリマノ出身です。」
それも、話し方にはエドと同じスラムのにおいがする。
スラム自体はまだあるが、エドが住んでいたころとは、住人はそっくり入れ替わっているだろう。
22年前の暴動で、当時の住民のほとんどが死に絶えた。
戸籍制度はないから正確なところはわからないが、ラグナロクの推計では58,000人以上が死亡したらしい。
当時、スラムには独自の文化と言えるものがあり、言葉もまた例外ではなかったのだが、今となってはそれを知るものはほとんどいないだろう。
連邦自体が滅亡の危機に瀕した戦争が終わってから、まだ4年。
戦争が続いていた10年間、滅亡した地域は数えきれない。
つまり、偽の身分を詐称するのは容易いということだ。
ざっと説明すると、カミラは頷いた。
「そういうこともあろうの。ひどい戦争だったと聞いておる。」
「その、博士のいらした場所まで聞こえてたんですか?」
カミラは再び頷いた。
「そうじゃ。不毛なことよ。そなたら人類は何度滅亡の淵に立っても、そこから何ひとつ学ばぬと見える。」
確かにその通り。
返す言葉もない。
だが今の問題はこの女優、いや、元女優に何があったのか、であろう。
次回もよろしくお願いします。




