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エドと博士のはみ出し日記  作者: WR-140


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26 マケインの話

「まあ、皮下にそんなものが残されるのは、かなり特殊なシチュエーションでしょうね。」と、柔らかな口調でリュウ。

「皮膚に傷痕が残っていたようですが、これはかなり古いものですね、マケイン先生?」

「ほうほう左様ですな。もうすっかり塞がっていた。この状態なら少なくとも10年は経っていそうだ。」

「同感です。」

「そうだとしたら、コレが皮下に残された時、被害者はまだ子供だったんでしょうね、先生?」とエド。

「ああ!ああそうですな…。そうなりますか…。いやしかし。」医師は、口籠った。単なる当惑ではなく、困惑に近い反応である。突然何かに思い当たった様子にも見える。「10年以上前…、10年以上…。いやあれは15年前だった?」

 聞き取りにくい小さな声だが、そう呟く様子は何かに強く気を取られているようだ。

「どうされましたか?ご気分でも?」

「あ、いやカンバラ先生。少しそのう、嫌なことを思い出しまして。ま、まあそれは今回の件とは全く関係ない話で。」

「あら。是非お聞きしたいですわ。」

 と、カミラ。

「あ…、いやその。」

「オレも知りたいですねマケイン先生。なあ、リュウ?」

「ええ。是非。」

 3人に囲まれる形になった監察医は、諦めたようだ。

「ほほう、わかりました。しかし愉快な話ではありませんよ?この被害者といいその姉といい、不幸がクストー家に重なったわけでして。まあ今回は両親が亡くなっていたのがむしろ幸いとも申せましょう。」

「姉、というのは?」

「ふむ。被害者には一つ違いの姉がいました。亡くなったのはかれこれ15年前になりますか。山で行方不明になって、10日後に発見された時にはまあ、惨たらしい有様でした。ここらの山には、中・小型の肉食や雑食の獣が数種類おりますので。」

「検視は先生が?」

 エドの言葉にマケイン医師は頷いた。だがどういうわけか、丸顔はひどく困惑した表情を浮かべている。何ごとか考え込んでいる様子である。

「その時の経緯をお話しいただけませんか?」

 柔らかなリュウの問いかけに、医師はどこか上の空で頷いた。

「正直に申し上げますとな、どうもその、矛盾が。いやいや、15年も経って今更何がどうということもないわけですが。ちと気になり出しまして。」

「なるほど?」と、リュウが先を促す。医師は考え考え言葉を紡いだ。威勢の良い調子はすっかり影を潜めている。

「あの時、この被害者ナサニエルと姉のリスベット、それに両親は山でキャンプをしていたそうです。加害者である長兄ライリーは、就学のため自宅を離れていたので、キャンプは4人だけでした。さほど高い山ではありませんが、地形はかなり入り組んでおりましてな。地元民でも迷いやすい場所でした。霧が発生しやすいこともあり、危険な山として知られていました。だが父親は森林管理レンジャーだったので、キャンプ付近の山を熟知していました。家族キャンプも初めてではなかったし、子供らにも危険な場所に近寄らないよう、しっかり言い聞かせていたはずです。そう、そういう慎重な御仁でしたな…。」

 他人に説明するというよりも自分自身に確認するように、マケイン医師はしばし沈黙した。レンジャーだった被害者の父親とは、単なる顔見知りより深い親交があった様子である。

「キャンプ2日目のことでした。両親が目を離した隙に、子供達の姿が見えなくなりました。慌てて付近を探す内に、弟、つまり今回の被害者ナサニエルですが、彼だけがひょっこり戻って来たんてす。リスベットはどうした、一緒じゃなかったのかと、当然両親は尋ねました。しかし弟は知らないと。姉リスベットの姿が見えなかったから探したが、どこにも見当たらなかったと答えました。そしてリスベットの遺体が見つかったのが10日後でした。だだ、幾つか思い出したことがありましてな。それがどうにも気になる訳で。いや、トシのせいですか。」そう苦笑しながらも、医師の目は全く笑っていなかった。誰も口を挟まない。その必要はなかった。マケイン医師は話したいのだ。

「ナサニエルの古傷ですが。」

 医師は唐突に続けた。

「ご覧の通り、左上腕の真ん中あたりの外側にあります。今は消えてしまっていますが、15年前はこの付近にも転々と小さな傷がありました。キャンプから帰ってすぐに、父親が念の為にとナサニエルを私の診療所に連れて来た時、ボディチェックをしたわけです。その時は、薮や木の枝、岩で出来たと思われる切り傷や擦過傷、皮下出血などもありましたが、どれも大した傷ではなかった。ただ、この上腕の傷が比較的深いように見えた程度です。枝か何か異物が残っているように感じたので、化膿しないよう取り出そうとしたのに、ナサニエルは拒否しました。それが…、その時の表情が…。」

 マケイン医師は言葉を切った。

「印象的だったんですね?」リュウの言葉に頷いて、彼は続ける。

「ナサニエルは笑っていました。その笑いが…、あの時彼はまだ8歳かそこいらだったのに。あれは…子供の表情じゃない。ほくそ笑むというか、何か邪悪な楽しみを独り味わっているというか。傷は、表面しか消毒出来なかったから化膿したはずだが、結局はごらんの通り治った訳です。ところで…私には娘と息子がいます。この娘が、リスベットと同じ歳でして、家も近いので、仲が良かったんです。だからリスベットの遺体を剖検した時は、胸が潰れる思いでした。しかし…。」医師は言い淀んで言葉を切った。今にも泣き出しそうだ。が、頭をぶるんと振って話し始めた時は、淡々とした調子を取り戻していた。

「その頃、小さな女の子たちの間で爆発的に流行っていたのが、子供用のメイクセットでした。うちの娘とリスベットもご多分に漏れず、お揃いのセットを持っていたんです。そのセットにはマニキュアが含まれていました。リスベットの遺体の指先を彩っていたのがそれです。淡いピンク。まさにカリス特別捜査官、あなたが手にされている、その色でした。」

「確かですか?」

「証拠はありますまい、いまのところは。ですが、私の妻と娘はとても物持ちが良いタチなのです。」

 医師の言葉の意味を全員が理解した。

 そのマニキュアのサンプルがあれば、照合は可能だ。

「腕の治療を拒否した時、ナサニエルは言いました。〝これは記念碑なんだ〟と。あの笑顔で。」


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