24 猫被りにもほどがある
被害者は、非常に人好きのする若者だったという。端正な顔立ちと、かなり優秀な身体能力を有し、この国の首都にある名門大学を卒業していた。
運動選手としては全国大会優勝。優秀な成績で、在学中に幾つかの難関資格を取得していたこともあり、首都の有名企業に就職した。まさに順風満帆。これから華々しい人生を歩んでいくはずだった矢先に、彼は短い人生を閉じたのだ。
加害者である兄は、謹厳実直を絵に描いたような人物で、警察官としての勤務態度は真面目そのものだったという。
先の大戦に招集され、2年間を戦地で過ごした。終戦と共に除隊して復職。軍歴はなかなか華々しく、3度勲章を獲得している。
「妙なことに、こんな事件につながるような動機が出てこないんだ。家族や同僚、近所の人間も心当たりがないと言うし、加害者本人は完全黙秘だとさ。お前さんが被害者を救命してたらなぁ、ドクター?」
リュウこと神原龍一の本業は外科医である。エドの皮肉たっぷりな言い分に苦笑しながら答えて曰く。
「無茶言うなよ。博士ならともかく、俺じゃあれは無理だ。心臓付近がズタズタで、動脈が複数箇所切断されてた。ほぼ即死だっただろうな。」
「龍一様、ならばなぜ妾を呼ばれませなんだ?」
「そんな失礼な真似はできませんよ、レディ。大先輩に対して畏れ多い。」
リュウの返答に、カミラとエドは思わず顔を見合わせた。2人とも違和感を覚えたのだ。お互いの表情にそれを確認したものの、理由まではわからない。しかしここで追求したところで、埒が明かないだろうことを2人とも悟っていた。
彼が言いたくないことを無理に言わせるのは不可能である。それが出来るのは彼の奥方くらいだ。
「しかしエド、よくそこまで情報収集できたな?」
ここは連邦首都惑星リマノから遥かに離れた星系である。そういう辺境にありがちなこととして、余所者に対してはあまりフレンドリーと言えない。
「それがよー、珍獣扱いされちまって。」
「はあ?」
今度はカミラとリュウが顔を見合わせ、エドはうんざりした様子でため息をついた。
「その〜オレが思うに、ここじゃ連邦特別捜査官てえのはさ、動画の中の何からしいや。フィクションとかファンタジー?そんなモンみてえだ。で、別に訊ねてもいねえってのに、あっちからペラペラと。捜査会議にはオレの席まで用意されてる始末でよ、見せ物になった気分だぜ。」
「なるほど〜。」とカミラとリュウに深く頷かれ、エドは居心地悪そうに身じろいだ。ここぞとばかりカミラが身を乗り出す。その両眼はキラキラ輝き、鉛筆を握る拳にはグッと力がみなぎっていた。
「好都合ではないか、エド。では、妾に遺体を見せてはもらえぬかの?」
「い、いやそれはちょっと。第一リュウ、オレの任務は前回の件で終わったんだよな、なあ、そうだろ?」
縋るような目で哀願してみたものの、ここにカミラが現れた以上、成り行きは悟っていた。しかし、黙って言いなりになるのは違うと思いたい。
「俺は博士が満足されるまで、と伝えたはずだが?」
非常に滑らかで穏やかな口調。
「やっぱそう来たか。そこを何とか!こりゃパワハラだっての!」
「残念だが、俺には免責特権がある。パワハラだろうがモラハラだろうが罪にはならないんだ。」
それは全面的に真実である。
仮にパワハラで追い詰められた相手が自殺しようとも、いやそれどころか無能を理由に処刑しようとも彼が罪に問われることはない。何故なら彼は連邦盟主であり、その地位は全人類の請託による、唯一無二のものであるからだ。
「あーそうかい。なら、お前の事情聴取にも免責特権を使えよな。」
「あ、そうか。俺もあの場所に居合わせたしな。うん、警察には俺から連絡しよう。」
エドは成り行きに首を傾げた。まさか事情聴取を受けるつもりか?
「お前、忙しいんじゃないのかよ?それになんて名乗る?」
「本名に決まってるだろ。コンプライアンスは大事だ。それと無論俺は医者だし、監察医資格もあるし。助手を連れて行ってもいいはずだな。」
カミラの顔がぱっと輝いた。エドはそれを横目で眺め、諦めの境地に至る。誰も彼女を止められない…。
「宮殿の医療技官として行こうってのかよ?じゃ、晴れて珍獣の仲間入りだ。おめでとさんってなモンだぜ、ケケケ。」
いい気味だとばかり、半ばはヤケ半ばは当てつけで笑い飛ばしたエドだ。神原龍一は、宮殿付き上級医療技官である。この地位もまた、辺境では珍獣扱いされるに充分であった。ユニコーンを模ったホログラムの徽章は、連邦の医師たちにとっては憧れを通り越して崇拝対象ですらある。
ま、せいぜい見せ物になるがいいや、とエドは思った。だがこれ、よく考えるとかなりマズいかもしれない。リュウの神族名は長ったらしく、盟主としては通称の〝紫の宮〟を使用しているのだが。
「おい、大丈夫なのかその〜、本名と顔出しで?例の件で、だいぶマスコミが騒いでたんじゃ?」
「大丈夫だ、まあ見てろ。」
この顔。類稀というか破壊的というか、あまりにも特別な…。
だが一方では、仮にリュウの正体に気付いたって、本人に直接確認する度胸のある者など、いないかもしれないと思うエドである。ま、本人がいいと言ってるんだから問題はないとしとくかな。
そんなわけで、翌日この奇妙な3人組は連れだって地元の所轄警察署を訪れたのだった。
エドが驚くほど、事はスムーズに運んだ。理由の一つは、リュウのサングラス、というか、医療用ゴーグルだった。これは上級医療技官の標準装備だ。ミラーグラスになっていて、目の周囲はほとんど隠れる。何より威力を発揮したのは、フレームに刻まれたユニコーンの徽章だった。
地元警察の署長はそれから目が離せないでいたから、リュウの顔など見ていないに等しい。
警察官らも似たり寄ったりである。リュウの身分証に仕込まれた、ユニコーンの立体ホログラムにいたく感銘を受けたらしく、コッソリ撮影しようとする輩までいた。流石に上司に止められていたが。
専用スキャナーを使用して、身分証の真贋を照会するのは通常の手順だ。しかし、身分証そのものの撮影は禁じられている。
めでたく身元照会が終わり、カミラについては外国から視察に来た医師であるとの説明はすんなり受け入れられた。
外見が当てにならないことは、連邦域内の司法警察官なら、誰でも承知している。
子供の外見ながら彼女の落ち着いた雰囲気は、充分な説得力を持っていた。
〝知らぬが花、ってなぁこのことだよな。嘘はひとっことも言ってないが、真実の全部って訳でもね〜し。〟
カミラといいリュウといい、よくもまあここまで猫を被れるもんだ、とエドは呆れた。リュウは、その気になれば〝神気〟だけで人を殺せるだろう。カミラも恐らく、彼女の〝魔気〟だけで同じことが出来そうである。だが、2人とも今はそんな気配を完全に遮断していた。
人畜無害な若造と子供。
〝くわばらくわばら…。〟内心首を竦めつつ何喰わぬ顔を装うエドであった。
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