23 海辺の情景
第二の事件開幕です。
砂浜にポツンと一つ落ちていた小石。
滑らかな砂の中のちっぽけな異物は、波を被ってもまたすぐその姿を現した。
飽きもせずに寄せては返す波が引くたびに、それは同じ位置に居座り続ける。半透明の石英の結晶。
それを見つけた少女がしゃがみ込むと、手を伸ばすでもなく、じっと小石を見つめはじめた。10歳にも満たないだろう。ごく普通の淡いピンクのワンピースを身につけ、裸足だ。ワンピースのすそを波に濡らさないように、しゃがんだ膝の裏に行儀良く挟みこんでいる。
そのままどれくらいの時間が経ったのだろうか。
突如悲鳴が上がった。
少女から少し離れた場所にいた、数人の大人と子供たちの間から。
少女はその一団を振り向いたが、最初何が起きたかはわからなかった。
だが。
砂浜に倒れた1人の男に馬乗りになった別の男が、力を込めた腕を振り下ろすのが見えた。ざわめきと、更なる悲鳴。
最初はだれも動かない。いや、動けないでいた。
ただ、馬乗りになった男が繰り返し腕を振り上げ、振り下ろす動作だけが続く。
男の手には、ナイフが握られていた。
血まみれのナイフが。
呆然としていた第3の男が、馬乗りになっていた男の腕を背後から両手で押さえたころには、倒れた男はぴくりとも動かない。
飛び散った鮮血があたりの砂を黒く染めて、ナイフを持つ男の白いシャツには返り血が飛沫の模様を染めていた。
鮮やかな赤いペンキみたいに。
綺麗、と少女の唇が動く。
「やめろ!何だ、どうしたっていうんだ
!?」
止めに入った男が、必死にナイフを奪おうとしながら叫んだ。だが、馬乗りになった男はナイフを離そうとしない。その目に現れていたのは獣じみた殺意のみ。
ただでさえ、ナイフの男は大柄で筋肉質である。止めに入った方は、中肉中背、どちらかというと肉体的にはあまり見るべきものがなく、見かけ通り非力であった。体重をかけ全力でナイフ男の腕にしがみついているのに、今にも振り払われそうだ。
助けは思わぬ方からやってきた。
突然現れた1人の男が、ナイフを持った男に飛びかかったかと思うと、アッサリ取り押さえたのだ。
それはまさに一瞬のことであった。
サングラスを掛けた小柄な男はとてつもなく敏捷で、見かけからは想像もつかないほどの怪力の持ち主だった。
一行が呆気に取られる中、サングラス男はナイフを奪い取り、組み敷いた男の手に手錠をかけた。全ては一瞬の出来事である。
「リュウ!」
サングラス男の声に応えて、いつのまにか影のように佇んでいた若い男が進み出た。倒れた男の傍に膝をつく。
慣れた動作で、砂浜に倒れた男の状態を確認すると、無言で首を振った。
目深に被ったキャップのせいで目の辺りは影になっていたが、随分と若い男だ。
「そうか…。」
サングラス男は、ナイフ男の両足も拘束すると、立ち上がった。
「所轄に連絡します。皆さん、そこから動かないで下さい。」
少女は夢の中の出来事でもあるかのようにこの光景を見ていた。ガラス玉にも似た目は、一見して何も写していないようだったが、彼女は確かに見ていたのた。
他人事のように。薄っぺらな映像を見るように。
ずっとそうしてきたように。
「で被害者はナサニエル・クストー、23歳になったとこだな、今日が誕生日だったってハナシだ。その祝いも兼ねて、親戚連中と遊びに来てたらしい。」
時刻はすでに真夜中近かった。
こことリマノとではそもそも昼夜のサイクルが違い過ぎるから、エドはとっくにリマノ時間とのすり合わせはやめたが、リマノでもすでに夜であるはずだ。
このキッチンは、コンドミニアムとしては広い方だろう。元々は裕福な個人の別荘だった建物らしく、寝室も5つある。バスルームはそれぞれに付属しているから、かなり大きな建物である。今、ダイニングに続くそのキッチンてはエプロン姿のリュウが調理中だった。
「加害者はナサニエルの実兄ライリー、35歳か。少し歳は離れてるな。職業は警察官だとよ。」
「地元のか。そりゃまた…。」
「あー、生活安全課、とかっていうトコの所属らしいや。」
「ふむ…。」
「そりゃどーでもいいんだが、あー、リュウ。」
「何だ?」グリル前で振り向いたリュウに、エドは無言でダイニングテーブルを示した。かなり大きなテーブルの周りには、何脚かの椅子が置かれている。そのうちの一つにちょこんと座っていたのは誰あろう、カミラ・ヴォルティスであった。彼女の前には、あのピンクの日記帳が開かれている。
「妾のことなら気にするでない、エドよ。」
サラサラと鉛筆を走らせながら、目も上げずにカミラは続けた。
「龍一さまに、お妃さまへの接近禁止を進言した手前、監視は必要ゆえのう。」
「あ〜博士だったんすか、コイツを追い払ったのって。」
「追い払うとな?それはまた人聞きの悪いこと。」
カミラは、手を止めてリュウの後ろ姿を睨みつけた。その視線のせいか、リュウが首をすくめたが、カミラは容赦しない。
「龍一さま。随分な仰りようですわね。あなた様こそ少しはご自重頂かねば。」
「はあ。善処します。」
慣れた手つきで配膳しながら、エドには耳慣れない言葉で更にふたことみ言。何を言ったのか知らないが、それでカミラの機嫌は治ったようだ。
「続きを、エド。」
カミラに促されるまま、エドは一件書類を読み上げた。




