22 それでも人生は続く
ハリステクノロジーへの捜査から1週間。この手の案件としては異例の速さで起訴が進められていた。
判決はまだ先であるが、捜査過程でエリ・バスクカイザーとサリアヌス元次官が兄妹でり、その真の父が大戦当時武器製造で巨万の冨を築いた複合企業の会長であることが表沙汰になった。
もはや、世論の趨勢は厳罰を求める声に塗りつぶされていたし、その過程でサリアヌスの英雄像が捏造されたものであることも明らかとなった。サリアヌス家としてはカッコウよろしく托卵されていたというスキャンダルの火消しに躍起となり、今まで偉大な当主として一族の象徴的存在だった彼の居場所は、もはやどこにもない。
「結局、あの兄妹も周囲の思惑に翻弄されて来たってことか。っつーか、自業自得ではあるんだろうけどよ。」
ひび割れたコンクリートのざらついた感触が手のひらにある。防波堤に座って、ぼんやりと遠くの砂浜を眺めつつ、そう呟いたのはエド・カリスだ。彼の横には、スラリとした長身が所在無げに佇んでいた。
「そういうことだ。」
深く柔らかな声で答えたのは、長身を安物の衣類に包み、キャップを目深に被った若い男であった。
「で、何でオメーがここにいるんだ?」
「それな。追い出された。」
「はあっ?」エドは仰天して相手を見上げた。追い出された?誰が?あり得ない。あり得ないが、コイツはこの手のウソはつかない。
ということは。
「千絵ちゃんとケンカしたのかよ、又?」
相手はキャップを脱いでため息をつく。
あまりにも圧倒的なその美貌は人間離れしていたが、まあ半分は人間の血を引いているわけだから、側近の人外どもよりは、幾らか人間らしいと言えなくもない。
「何やってんだよオメー、いいトシして性懲りもなく。」
かなり呆れ果てつつ、しかし悄然とした姿にいささか同情も感じながら訊ねると、相手は項垂れた。
彼、リュウこと神原龍一は神族と呼ばれる異世界起源の種族と、人間とのハイブリッドである。あのニセ英雄サリアヌスと違い、強制的に大戦を終わらせた彼こそが、人類世界を救った真の英雄なのだ。ただし戦後4年を経過した今ですら、膨大な残務処理に追われ、そこに家族の問題や故郷での仕事の問題などが次々重なって、疲労困憊しているのが実情である。エドから見ても、もっと要領良く立ち回れそうなものだと思うものの、根っからワーカホリックであるリュウは、手を抜くことを知らない。
「1週間。接近禁止だと言われた…。」
「あ〜。」
ヘンタイ色魔。
彼の奥方、つまりは第15代連邦盟主唯一の妃、千絵=ブリュンヒルデは、夫にそんな代名詞をつけている。コイツ、又彼女に無体なことをしやがったな、とエドは呆れた。あの華奢で可愛い娘に!犯罪だ!
「なあ、オレが言うことじゃねえが、もう少しその、節度っつーか配慮っつーか。」
「わかってる!わかってはいるんだが、その、歯止めが…。」
「オメーはティーンエイジャーかっ!」思わずツッコミを入れてしまったが、コイツは元からこうだ。愛する妻の前じゃ、どうしようもないケダモノに成り下がる。
「いや、だけどオメー、あの映画じゃ充分自制してたろ?相手役が千絵ちゃんだったってーのにさ、めちゃくちゃクールで冷たい感じで。」そう。コイツら夫婦は、地球とか言う故郷で映画に出たことがある。彼女は元々俳優だし、コイツのビジュアルならただ立ってるだけで絵になるから、彼女周辺の映画関係者がほっとくはずもない。
だが、その画像が連邦首都で話題になったのが問題だった。連日ニュース界隈を大炎上させた騒動の挙げ句、コイツは自分自身の出演を認めた。慎重に秘匿してきた素顔を大衆に晒すハメにはなったが、そうしなければ、盟主正妃の大スキャンダルとなるからである。映画が実に激しい内容だったため、正妃ともあろう者があのような淫らなシーンを演じていたなど、あってはならないことだと世論は沸いたのだ。
盟主正妃とは連邦ファーストレディとして、数千億の人々に冠たる、最高位の貴婦人なのだから。
「冷静も何も、ありゃシナリオってもんがあったし、それに本番はやってないぞ。」
「それがドヤ顔で言うことか!ま、勝手にしろ。夫婦喧嘩なんざ犬も食わねーし。」
「夫婦喧嘩、か…。」ため息混じりにリュウは腰を下ろした。
「夫婦って何だろうな。」
「は?そりゃ独り身のオレへのマウントかなんかか?」
リュウは答えず、砂浜の方で遊ぶ家族連れらしき人々を眺めていた。遅い午後の陽射しは、どこか物憂げに細かな波を煌めかせている。
「ケン・ジーベンだが。離婚手続きを進めていたらしい。」
唐突にリュウが呟いた。
「ああ。それはアリスに聞いた。」
「死期を悟り、妻の安全を願ったのが主な理由だが、彼は別の疑心暗鬼に陥ってもいた。」
それは初耳だ。ケンの妻であったカルディナの、端正だが寂しげな面差しが浮かんだ。もう意識は戻っただろうか。
「…奥方の不貞でも疑っていたとか?」
リュウは首を横に振った。
「妻の妊娠を恐れていたんだ。自分と同じ体質が子に遺伝することを。更に混じり者があの家に3人いた。」
「だけどそりゃ偶然だろ?」
「それはそうなんだがな。博士が言うには、ケン・ジーベンと彼の妻カルディナは、同じ眷族をルーツに持つらしい。その場合は繁殖効率が上がる。で。その眷族を創り出したのは、博士自身だ。」
「なっ?!」
「色彩的な遺伝上の特徴は、何代もの世代を超えて受け継がれる。」
カミラとケン・ジーベンの髪と目の色の一致にはそんなカラクリがあったのか。
そう言えば、彼の妻は髪や目の色を人工的に変えていたが、もとはカミラと同じ色だったのかもしれない。
深い藍色の瞳と、漆黒の髪。あまり見たことのない色彩だ。
「口伝えの形で、混じり者はルーツを伝える。だがしかし、その内容は不完全で、しばしば誤解と不審を招く。ケン・ジーベンは、妻が恐らく非常に自分と近しい混じり者と知ったとき、彼女と自分の間に子供が出来ることを恐れた。彼の実子とされている2人、つまり15歳の長男と、クーデターに巻き込まれて死んだレアという娘は、ケンの子ではない。彼は、普通の人間と自分の間に子供はほぼ出来ないと知っていた。仮にできたとすれば、その特有の色を受け継ぐことになることも。博士の創り出した眷族はかなり特殊でな。」
エドは驚いた。そんなバカな。
「それじゃ、自分の子じゃないと知ってて黙ってただと?そりゃまた何でなんだ?」
「さぁな。俺なら千絵の子の父親が誰であろうと、我が子として愛する自信はあるぞ。」
「うぜっ!惚気てんじゃねーわこのタコがっ!」
リュウは柔らかな含み笑いと共に空を仰いだ。
「だがな、博士が気にしていたのは、妻の方だ。彼女がスラム出身だと、お前が博士に言ったろ?」
「あ?ああ。たしかに言ったな。で?」
「ラグナが調べたところ、彼女は孤児で、スラムの酒場に捨てられていた。実親は不明だ。子供のない夫婦に育てられたが、スラムが焼かれた時、育ての親は死んだ。それから紆余曲折があり、彼女は滅亡した辺境の国の小貴族出身者という触れ込みで、女優として成功したわけだ。つまり彼女は混じり者だが、自身の出自を知らなかった。それが問題だったんだ。」
「問題?」
自分のルーツを知らない孤児などいくらもいる。
「混じり者は、お互いが普通の人間じゃないことを感じ取るという。近親者というか、ある種同族のような親近感を抱くらしい。家令のミュラーという男もそれで主人に忠実だったんだろうが、彼と主人のルーツは全く違う。しかしケンと妻は?」
「待てよ、妻カルディナは自分の出自を知らず、強い親近感を感じる男と出会って結婚したんだよな。で、自身は両親を知らない。てことは?」
それはあまり嬉しい想像ではなかった。リュウはため息を吐いて頷く。
「カルディナが目覚めて、博士に話したんだ。彼女は、夫と自分が兄妹かもしれないという脅迫観念に囚われていて、ケンが離婚しようとする理由もそのせいだと信じていた。もう、妻としては愛されないと、絶望していたそうだ。」
いつぞやカミラが呟いていたこと。偶然が産んだ悲劇。
「それで彼の死を知ったとき、彼女は躊躇わずに毒を飲んだってことかい。」
すれ違い。世間にはありふれた関係。
そう言ってしまえばそれまでだが。
「だがな。ケン・ジーベンについては、博士も手の施しようがなかったが、カルディナと彼の遺児については大丈夫だそうだ。つまり、生まれてくる子はケンのようなことにはならない。誤解も解けて、今は母子共に健やかだそうた。」
「せめてもってことかね…。」
釈然としない点は多いが、今はそれで良しとしよう。
「で、エド?」
「あん?」
「おまえさ、滞在用にコンドミニアム、レンタルしたんだよな?結構広い物件を?」
「おう。それがどうした?」
「ルームシェアしたいんだが。あ、割り勘で。」
エドはまじまじとリュウを見た。そう、コイツはこういう奴だ。本人曰く自分はしがないパートタイム公務員、だそうだが、今の地位にある限り、実質的に連邦の支配者に他ならない。が、妻に追い出され、こんな辺境のショボいコンドミニアムを割り勘でルームシェア?
馬鹿だ、こいつ。
まあわかっちゃいたが。
しかも超多忙な盟主のこと、休暇など取れるはずもない。毎日ここからリマノ行政府、通称〝宮殿〟まで通うつもりなのだろう。
エドがここに来るには、貨物便まで乗り継いで18時間かかった。だがこの化け物ならば連邦内の任意の場所から場所へ、瞬きする間に移動できる。
つまりその気になりさえすれば、リゾートの最高級ホテルに滞在しながら通勤することも可能なのだ。
「理不尽だ…。」というエドの呟きに、なぜかリュウは頷いた。
「だよな。お前が予約したんだから。じゃあ、メシは朝夕俺が作る。それでどうだ?」
「あ〜、デザート付きなら、まあ。」
〝おいおい、マジか?料理は超プロ級だよな、コイツって!しかもスイーツの腕ときたらもう…!〟
渋々を装いつつ、内心欣喜雀躍のエドだった。外食派であるエドとしては、リュウが連邦盟主なんぞをやっているのは、飲食店業界の大・大・大損失だと信じている。
が、しかし。
エドは二つのことを忘れていた。
リュウはクソとんでもない策士、というか、目的のためには手段を選ばない男でもあること。
更に、今回の事件の発端となった、絶品のサバランは、そもそも彼が作ったものであったこと。
かくして、エドの受難はまだまだ終わりそうになかった。
第一部完結しました。
が。引き続き第二部開始します。
お付き合いいただけたら幸せです。




