21 呆気ない幕切れ
「なるほどな。かなり密接な関係だとは思ってたが、まさか兄妹とは。」
アリスは嫣然と微笑む。
「でも彼女がハリステクノロジーの実質的オーナーなのは話したでしょ、エド?」
「ああ。創業者ってのがサリアヌスの先代の息が掛かった人間だったってのも聞いたが、そうするとハリステクノロジーは元々が一族の企業だったってことか。」
やれやれだ、とエドは首を横に振った。納得すると同時に、ある種の疲労感を感じる。エドの様子を眺めたカミラが、口を開いた。
「それは何を意味するのじゃ、アリス?」
「私どもの不明の致すところということですわ、閣下。」
長い戦争では多くの悲劇と茶番劇が際限もなく繰り返された。それはまた多くの裏切り者と英雄を生み出したのだ。
そんな英雄の1人とされていたのがサリアヌスである。彼は旧いリマノの一族の出身で、野心家であった。士官学校を卒業後政界への足がかりとして一旦司法省の門を潜り、戦争の激化とともに軍に身を投じた。
激戦地で着々と功績を重ねて地歩を固め、戦後は再度司法省に入ってスピード出世を重ねた。
だが、サリアヌスの戦時中の功績について、アリスはにべもなく切り捨てる。
「典型的なマッチポンプですわね。」
エドは内心頷いた。スパイ活動の傍ら自身で作り出した危機に自身で対応する。予め危機の種類も背景も分かった上でのことだから、苦もなく成果を挙げられたことだろう。敵国や敵対勢力まで利用して己の利益を追求したわけだが、エドとしては疲労感しか感じない。
泥沼化したあの戦争は、もはや人類の力ではどうにも止められないところにまで来ていたのだ。確かに、リマノだけならばラグナロクによって守り抜かれただろうが、マクロの視点で見れば人類社会は大いなる衰退を余儀なくされていたはずである。
その過程でどれほどの人命が失われ、どれほどの文化文明が滅ぶことななったとしても、サリアヌスのような輩は、歯牙にも掛けまい。
アリスの説明に、カミラは頷いた。
「業の深きことよの。」
「監察官!そのわけのわからない話はなんなの?私がサリアヌス氏と兄妹とか、あり得ない!証拠はあるの、証拠は!」
アリスが凄みのある笑みをうかべた。
〝あ〜、コイツ段々芸が細かくなってやがる〟とエドは思った。直後アリスに軽く睨まれて視線を逸らす。
カンまで鋭い。これでマシーンだから誰も太刀打ちできないはずだ。
「そうね、あなたならそう言うわよね。だってそもそも、あなたたち兄妹の父親は先代のサリアヌス氏ではないのだから。」
「…‼︎」
マジかよ、とエドは内心ため息をついた。一体どこまで調べたんだろう。ラグナロクがその気になれば容易い話ではあるのだが、これは反則的チートである。
全ては事実なのだろうし、慎重に隠されて来たことであろうが、攻撃は常に防御より簡単だ。
「証拠がどうとかは仰らない方がよくてよ。今更、ですけど。」バッサリ切って捨てて、アリスはカイリーに向き合った。
「初めまして、カイリー・セルティ。あなたのことは調べさせてもらったわ。エドが気にしてたの、あなたらしくないって。」
「私らしくない?」カイリーは訝しげにエドを見た。
「あ〜、まあな。役員だか顧問だか知らないが、カイリー、お前サンが本名なんか使うわきゃねえって、ちっとばかし引っかかって。」オレに振るなよ、とアリスを睨んだが、返って来たのは子供をあやすような笑みだった。エドにしても、どうせアリスに勝てるとは思っていない。物理的にもメンタル的にもだ。
「すでにヴォルティス閣下から伝えていただいたとは思うけど、セルティさん、あなたのお姉様は無事よ。私たちが保護しました。」
「はあ?ちょい待てアリス、いつのまに博士と連絡したんだ?」
「あら。いちいちあなたに断る必要なくてよ、エド。さて。約束通り調書は私が引き受けるわ。エリ・バスクカイザー、あなたを逮捕します。容疑は…」
アリスの口から語られる被疑事実を聞きながら、エドはカミラを眺めた。彼女はさっきから、ピンクの日記帳に何事か書き綴るのに夢中である。
喜々として。
〝なんだろなこれ?砂場で遊んでる女の子っつーか。〟
エドが微妙に釈然としないのは、魔族の力を知っているからだ。直接知っているわけじゃないが、というより、直接知る羽目になど絶対なりたくないのだが。
〝ミドルクラスの魔族1人で、惑星殲滅戦が可能とかいうよな?博士は、多分だが魔族の最高齢者で、それはつまり、ミドルクラスから見て雲の上の存在ってことだ。〟
ということは、カミラが如何に弱体化しているとはいえ、その戦闘能力というか戦略的脅威は計り知れない、はずなのだが。
なぜかエドは彼女を潜在的脅威と考えられないのだ。目の前で目を輝かせて日記帳に向かう彼女の姿を見る限り、脅威だの異種族だのはどうでも良い気がする。
無論、エドだって命は惜しい。
カミラにとっては今この瞬間エドの命を奪うことなど、呼吸するより簡単だと本能が告げている。
〝けどよ。そんなのはリュウの奴はもとより、奴の側近連中だってそうだし、アリス=ラグナロクだって同じだ。それは自然の摂理みてーなモンで、オレがどうこうできるようなこっちゃねーわな、ウン。〟
それが人外の強者である彼らの在り方で、個性の一部に過ぎない。敵対したら即死とはいえ、変に苦しむことにはならないだろうし。ならばカミラに対してもなんら構える必要は感じない。
〝ま、天災みてーなモンだわな。〟
それでアッサリ納得できるのがエドだ。
数えきれない死線を越えて生き残りはしたが、それはただ運が良かっただけだと知っている。明日食あたりで死ぬかもしれないし、どこかで足を踏み外して墜死しないとも限らない。人生ってそんなモンだろうと、スラム暴動から生き延びた8歳のころから漠然と感じていた。
連行されるバスクカイザーを眺めながら、エドは思う。この女にも彼女なりの夢や希望、恐怖や悲しみがあったのだろう。
それは同情や共感ではなく単なる事実認定に過ぎない。
なら、自分はどうなんだ?
仕事以外これと言ってやりたいことも、やれることもないが。
〝溜まった有給でも消化するかな。〟
この事件についてはまだよくわからない要素も多いが、アリスが直接介入した以上、すでにエドの手を離れた事案である。
とりあえず、博士を満足させるという任務は達成したはずた。どこか、リマノから遠く離れた場所でのんびり過ごしてみるのも悪くないだろう。そう、そうするか。
だが、この時エドは気付いていなかったのだ。
物語はまだ始まったばかりであることに。




