20 選手交代
「邸内に侵入した後、バスクカイザー氏が何をしたかという確たる情報はありません。が、不法侵入については十分挙証出来ます。で、何のためにこの邸宅に侵入したか、教えていただけますか、バスクカイザーさん?」
バスクカイザーは無言だ。いま何を言ったところで不利な材料にしかならないと知っている。下手な弁解など愚かしさの極みに過ぎない。
そんなことより、エド・カリスの言ったことが真か偽か、あるいはどの程度が真実で、どの程度がハッタリかを見極めようとして、頭脳をフル回転させる方が急務である。
全てがハッタリではないだろうが、全面的に真実であるとは思えない、といったところだろうと、エドな見当をつけていた。
いわゆる正常性バイアス、つまり自分にはこんなことが起きるはずがないという根拠のない思い込みのなせるわざか。
「さて、まもなくウチの者たちが到着するでしょう。ミュラーさん、お手数ですが捜査官達を入れてやっていただけますか?」
「ああ、はい、承知いたしました。」
ミュラーは立ち上がったが、まだ何か言いたそうだ。エドは彼の視線に応えて微かに首を横に振った。
主人を心から敬愛していたのだろう。ミュラーがバスクカイザーに向ける視線には敵意を通り越して明白な殺意が見え隠れしている。
いくらジーベンが自殺を決意していたとしても、第三者の勝手な思惑で殺されたなど、到底受け入れられないはずだ。
「とにかく。ジーベン氏がしようとした告発については、司法省が責任を持って調査します。ミュラーさんには、その手助けを、是非に。」
「もちろんです。」と、ミュラーは強くかぶりを振った。そのまま、彼は部屋を後にした。
「ねえ、捜査官。さっきも言った通り私はセルティ顧問に言われた通りにしただけ。屋敷に侵入したのは、探し物があったからだわ。殺人だなんて、とんでもない。」
「探し物?」
「そうよ。もうカビが生えた話なんだけど、ハリステクノロジーの創業者が公金横領した疑惑があって、それが創業資金の一部として使用されたらしくて。もう数十年前の話だから時効だわね。でも、あまり外聞のいいことじゃないでしょ?企業イメージってものがあるもの。」
企業イメージというならば、スパイ疑惑が持たれている時点で酷く貶められている訳だが。そこはスルーしてカビの生えた話にすり替えようというのだろう。
エドとしては取り合うつもりはない。
「さて。暗殺を企てた何者かが見たのは、ウミガシワで昏睡状態のジーベン氏だった。傍目にはただ深く眠っていただけだから、これはチャンスと見たでしょう。使われたのはその注射器か、似たようなモノだった。針を刺すタイプじゃないから痕は残らない。首尾よく毒を注入して、暗殺者はジーベン氏の絶命を確認した。それから証拠を探し始めた筈だが、その時、アクシデントが起きた。夫人に宛てた遺書を見つけたんでしょう?そこにジーベン夫人が帰宅したんです。」
エドは一息ついた。バスクカイザーの暗躍を記録していた外部のカメラはまた、ジーベン夫人の深夜の帰宅をも記録していたのである。故ジーベン氏は妻が不在の時を狙って自殺しようとした。彼女はまだ帰るはずではなかったが、なぜか帰って来たのだ。
「わからないのはね、あなたが何故ウミガシワのことを知ったかです。が、ジーベン氏が妻宛ての遺書かメモを残していたなら謎は解ける。そこには真の動機は書かれていなかったでしょうね。自殺としても、司法解剖に付される可能性が高ぃ。暗殺者としては、せっかく検出が難しい特殊な毒で自然死に見せかける段取りまでしていたのに、下手に司法解剖されて毒を特定されたんじゃどうしようもない。必死に知恵を絞ったでしょう。まあ、そんな時帰宅したジーベン夫人は夫の死を知った。それから彼女はどうしたでしょうね、博士?」
「彼女と夫は仲が良かったのであろう。彼女は妊娠していたが、本人はまだ知らなかったはずじゃ。ウミガシワの存在を知った彼女は、夫の後を追って死のうとしたのではなかろうかの。それはジーベンにとっては誤算であっただろうが、遺書から毒の残りの存在を知った彼女は、それを自分に使ったのじゃろうて。」
後追い心中。カミラの指摘通り、それが真相だったのだろう。
「つまり、昏睡に陥った彼女を陰から見ていた暗殺者は、彼女が死んだと誤認した。だから遺書を持ち去り、妻による殺害で一件落着のシナリオを、新たに書いたわけですね。死因をウミガシワとしておけば、万が一司法解剖されたとしても、もう一つの毒の存在はわからない。」
カミラは頷いた。
「そして、夫人の遺体を秘密裏に運び出す計画を練ったのじゃろうが、その手配が終わる前に彼女の遺体が消えた。さぞ慌てたであろうの。」カミラはクスッと笑った。
バスクカイザーのポーカーフェイスに、わずかな亀裂が走るのを見て取ったせいだろう。実際には、ウミガシワで夢遊病に近い症状を誘発されたジーベン夫人が、自分で屋敷から去ったのだが、そんなことはわかるはずもない。その後彼女はエドとカミラに遭遇し、ラグナロクによって保護されている。
いかに司法省次官といえども、その事実を掌握するなと不可能だ。
だから、慌てて彼女を指名手配した。
実際には毒を服用していなかったか、もしくは彼女の遺体を持ち去った別の勢力が存在すると、バスクカイザーは考えたのだろう。ハリステクノロジーは表の顔と違い、裏ではあちこちであまり芳しくない行為に及んでいる。
戦時中のあれこれでも強い反感を買っている恐れが高い。だから反社会的勢力などの組織力のある敵は、複数いるだろう。
「先手を打ったつもりが、墓穴を掘ったってことですか。」
「そうなるの。」
正確に言えば、ジーベン夫人がカミラに会ってさえなければ、バスクカイザーの思惑が的に当たっていたはずだ。
「ああ、来たみたいですね。」
エドの言葉と共にドアがノックされた。
ミュラーの案内で入って来たのは、馴染みの顔である。
「初めましての方がいらっしゃいますわね。司法省監察官、アリス・デュラハンと申します。」
控えめにいっても目の覚めるような美女アリスは、優雅に微笑んだ。
「勅命によりこの事件を担当していますので、皆様ご協力を。」
〝勅命ってなぁ万能かよ〟
エドは内心嘆息する。カイリーは非常に驚いた表情で、バスクカイザーは青ざめ、ミュラーはドヤ顔でバスクカイザーを睨みつけていた。
エドがいまこんな事件に首を突っ込んでいるのも、元はと言えばその忌々しい勅命のせいだ。本来、民主主義をとる連邦だが、非常事態に際して連邦盟主が在位している場合、議会も元老院も盟主には逆らえない。唯一無二の絶対権力者、故に勅命はほぼオールマイティのカードなのだ。
エドはたまたま、盟主本人となぜか友人関係なのだが、その事実は職場の人間は誰も知らない。知らせるつもりもない。
アリスは正式な監察官ではあるが、正体は化け物AI〝ラグナロク〟だから、エドは人間とはカウントしないことにしている。
「監察官!助けて下さい。」
バスクカイザーが両手の拘束具を振って強調しながら、哀れっぽい声をあげた。
「カリス特別捜査官が私にこんな暴行を加えました!私はエリ・バスクカイザー、ハリステクノロジーの一社員です。そこにいるセルティ顧問の指示に従っただけなのに、私は暴行を受け、彼女が自由の身なんて、あり得ません…!」
涙をバスタブ一杯分でも流そうかという熱演であった。勅命により捜査を仕切る者なら、無条件の権限を持つ。どうにかしてデュラハン監察官を動かせれば逆転は可能だと、バスクカイザーは計算しただろう。 それは正しい。勅命により動くデュラハンが、例えばここで関係者全員を殺したところで、罪に問われることはないのだ。
〝ったく、めげない女だぜ…。無駄だが。〟エドは半ば呆れ、半ばは感心した。ここまで往生際の悪い犯罪者も珍しい。
アリスは感情のない目でバスクカイザーを眺め、その視線をエドに向けた。
「カリス特別捜査官、あとは私が引き取っていいかしら?」
エドは両手で降参の仕草をして頷く。
「お好きに。デュラハン監察官どの。」
「ありがとう。さて、エリ・バスクカイザーさん、というか、サリアヌス氏のご兄妹とお呼びすればいいかしらね?」
エドはギョッとした。
「え、ちょい待てアリス?サリアヌスってなぁつまり…」
「ええ。先ほど拘束された司法省No.2のサリアヌス次官よ。あ、元次官ね。拘束と同時に地位と権限の全ては剥奪されたから。つまり、彼女はサリアヌス氏の実の妹なの。」
こともなげな暴露に、バスクカイザーの表情が凍りつく。
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