19 疑惑
カイリー・セルティは、エドとバスクカイザーを交互に見た。その時エドが少しばかりの苛立ちを覚えたのは、カイリーがこの女を恐れていることが、ハッキリ見てとれたからだ。
〝カイリーは自己中かつ傍若無人で、誰かを恐れるような奴じゃなかったんだが。〟 周囲の顰蹙を買いまくっていたその態度も、個性と考えるならばいっそ小気味よくさえあった。
こんな卑屈な態度、全然カイリーらしくない。
そしてエドは、カイリーがこんな態度をとる理由を推測していた。だから、アリス=ラグナロクに調査を依頼したのだ。
カイリーの、ただ1人の家族について。
「何で黙ってるんですぅ顧問?まさか私のせいにしようなんて思ってないでしょうね?」
揺るぎない自信と、カイリーに対する嘲りを含んだ、ねっとりした口調である。脳内シミュレーションの結果、この場を切り抜ける策が浮かんだのだろう。
〝なるほど。コイツは確かに子供じゃねえわ。〟
エドは妙に納得した。同時にこの女、エリ・バスクカイザーに対する本能的な嫌悪感を覚えた。彼女は明らかに、全ての罪をカイリーに着せて、自分だけ逃げ延びるつもりでいる。
「まあ、カイリーを殺して罪を着せるつもりだったアンタだからな。」嫌悪感が声に出た。バスクカイザーは、それを挑発と捉えたらしい。
「お言葉だけど。根拠もなしに善良な市民を非難するなら、それだけの覚悟はあるのよねえ、特別捜査官?」
形勢逆転と見たのか、口調に滲む優越感が更に増す。だが、エドにとって今はそんなことはどうでも良かった。
「続けます。ハリステクノロジー社にはジーベン氏を排除したい理由があった。同社の創業は60年前だ。その創業資金の出所がいささか問題だったことがひとつ。ジーベン氏が外見より年齢が上だったのなら当時のことを知っていた可能性がある。更にジーベン氏は、ハリステクノロジーに対する戦時中のスパイ活動の告発準備を進めていたのが二つ目の理由でしょうね、バスクカイザー部長?」
「なんのことかわからないわね。私はもう帰るわ。こんな馬鹿馬鹿しいことにいつまで付き合わせるつもりなの?この不当な暴力行為に?」
彼女はわざとらしく顰めっ面で拘束具を見回した。
「ま、この件は別途弁護士から連絡させるから、覚悟しておけば?当代の盟主陛下はひどく厳正な方でしょ。公務員の暴行を許されるはずはない。勅命がどうとかいうんなら、貴方もそれは知ってるんじゃあなくて、特別捜査官?」
エドは全く取り合わず、淡々と続ける。
「ミュラーさん、確かケータリングサービスを呼ばれたんですね。それはどこですか?」
突然、そんな質問を振られた家令のミュラーは、首を傾げながら答えた。
「リマノマ家事代行です。」
「そこは、このバスクカイザー氏の関連企業であると、ご存知でしたか?」
「は?」ミュラーは更に訳がわからない様子である。
「厨房で下剤を仕込んだのはこのバスクカイザー氏でしょう。だから、彼女は下痢の洗礼を受けなかった。そしてリマノマ家事代行から派遣される汎用アンドロイドは、屋敷が麻痺している間にここの家探しをするはずだった。つまりバスクカイザー氏の目的は、ジーベン氏が持っていた証拠を盗み出すか破棄すること。」
ミュラーは呆然とした。
「し、しかしリマノマ家事代行は、以前からの出入り業者ですが?」
エドは頷いた。
「だから、この部長氏に取り込まれたんです。ごく最近のことでしょうね。レア嬢に扮してここに乗り込んだのもこれが目的だった。それとバスクカイザーさん、反論はムダです。既にリマノマには家宅捜索が入っているし、事情を知る者の身柄は確保されているので。」
これは完全に真実だ。アリスの動きはいつも速く正確で、エドはほぼリアルタイムで報告を受けていた。
バスクカイザーは無言だった。
殺人の証拠まではないと確信しているのだろう。
更に、彼女の切り札を使えば、ハリステクノロジー社に対する訴追は免れると計算してのことか。
「ああ、もう一つお伝えするのを忘れてた。オレとしたことが。」
エドは、正面からバスクカイザーを見据えた。
「ちょっとした身内の恥なもんで黙っとこうと思ったんですがね。貴女にも関係がありそうなんで、お話ししときましょう。ウチの、つまり連邦司法省のNo.2、サリアヌス次官が身柄を拘束されました。なんでも戦時中からスパイ行為を繰り返していた疑惑がありましてね。漏洩した情報はとある民間企業経由であちこちに渡っていたとか。」
エリ・バスクカイザーは、一瞬完全に表情を失った。だが、すぐに表に現れたのは、まだ余裕と闘志を失わない覇気だ。
「そんなはずないでしょ。サリアヌス次官て確か、戦争の英雄って云われてる人じゃない?それに、次期元老院入り確実な…」
エドは、ニヤリと笑って彼女の言葉を遮る。
「まあつまり、オレらから見たら雲上人って奴だよな、部長サン。だけどね、アンタとそのお人は、怒らせちゃならない人を怒らせちまったみたいだ。そうですよね、博士?」
カミラが頷く。
「そこな者が先ほど申した通り、かのお方は公正かつ厳格じゃ。元老候補であろうと戦争英雄や高位貴族であろうと、容赦されるはずもないの。」
バスクカイザーは、カミラを睨みつけた。
「お黙り!魔界の大公だかなんだか知らないけど、あんた要するにサギ師じゃないの。とんだ茶番だわ!ああ、わかった!あんたたちみんなグルなんだ。ねえ、誰に頼まれたか、さっさと白状した方がいいわよ?」
「続けよ、エド。」
「はい、博士。」
当然ながら、2人ともバスクカイザーなど歯牙にもかけていなかった。
「こっからは推測がまじります。ジーベン氏はウミガシワの毒を摂取し、昏睡に陥った。そのままならやがて目覚めたはずだったが、そうならなかったのは眠っているジーベン氏に投与された別の毒のせいだった。それを彼に注射したのは恐らくバスクカイザー氏でしょう。その夜、彼女と思しき人物がこの屋敷に侵入したことはわかっています。複数の監視カメラがその姿を捉えていました。」
バスクカイザーは無言である。それは状況証拠に過ぎない。だがミュラーは驚いた様子だった。
「お待ちください特別捜査官。確かに邸内のセキュリティは乏しいですが、侵入はそう簡単では…。」
「そうですね。しかし、ハリステクノロジー社はセキュリティ関連機器の製造を表看板にしている企業です。つまり守りの専門家ですが、それは同時にその脆弱さの専門家でもあるということだ。オレのバディは情報解析の専門家でね。彼女の見解によれば、当日バスクカイザー氏が侵入した手口は、子供騙し程度のモノだそうですよ。」
実際には高度な軍事用のツールが使用されていたのだが、ラグナロクの意見としては〝子供騙し〟らしい。
この惑星の地下深く、マシーンだけの王国に君臨する女王様にとっては、人類最先端の機器など、おままごと程度のモノに過ぎない。そうでなければあの長い戦争の間リマノにはただの一発の着弾もなかったことの説明がつかないだろう。
惑星外からの攻撃の試みなど、それこそ無数にあったのだから。全ては完璧に迎撃されたのだ。
それが、ラグナロクという名の存在だった。
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