18 自殺か殺人か
「眷族と言っても、魔族同様その姿形はさまざまじゃ。しかし元々が人型のものや、擬態に長けたものがいた。それらは徐々に人の世界に溶けこんで行った。」
「博士、その眷族ってのは、まだ生き残ってるんですか?」
カミラは首を横に振った。
「まず無理であろうの。我が君が禁止措置を絶対的なものとされてから長い長い年月が過ぎた。その当時を知る高位魔族すらあまり生き残ってはいない。まして眷族ではとても。」
魔族は魔力が強いほど長命である。高位魔族すら生き残りが僅かならば、眷族が生き延びることのできる時間ではない。
「宜しいでしょうか?」
「ミュラーさん、言いたいことがあるならどうぞ。」
「恐縮でございます。私は先祖代々の言い伝えとして、魔大帝陛下つまり現在の魔皇陛下と大公閣下のお姿、お名前を存じ上げておりました。大公閣下が医術に長けた御方であることも、でございます。亡き旦那様もそれはご存知であった筈です。そのお目の色と同じ色を持って生まれたことを、誇りとされておりました。そして大公閣下はまさに伝え聞いたままのお姿でした。」
言い伝えとして子々孫々にまで伝えたのか。魔大帝の禁止令があったせいで追放された者もいたはずだが、眷属たちはそれほど魔界に、故郷に焦がれていたのだ。
だが偶然生き延びてこの世界に足を踏み入れても、眷族の能力では帰還は不可能であったのだろう。エドがラグナロクから聞いた限りでは、自在にかの世界とこちらを行き来できる魔族など、片手程度しかいないらしい。眷族にとってはあまりにも遥かな故郷だったのだ。
「さてと。まあそんなわけでジーベン氏は服毒自殺を試みました。非常に特殊な、暗殺に用いられるタイプの毒物で、特定の惑星でのみ産出する。化学毒というより咒毒の性質が強く、あらかじめそれが使われたと特定されない限り、検査で発見するのは不可能に近いものです。ただこの毒、人間には確実な死をもたらす反面、魔族には全く効果がなく、〝混じり者〟には効果が薄い。一時的に昏睡状態に陥りはしても、致命的じゃないんです。」
ミュラーがハッとしたように顔を上げた。
「そ、そんな?!では、旦那様はなぜお亡くなりに…?」
「毒じゃの。ただし、別の種類の。」
ミュラーは呆然とした顔をカミラに向けた。
「で、では旦那様は…!」
「殺された。そういうことじゃ。」
「誰がそのような…?」
エドは、小さな金属棒のようなものをカミラに差し出した。
「注射器じゃの。これを持っておったのは、そこな女であろ?」
「ご明察。オレに使おうとしてました。」
2人はソファの上のシャディを見た。
「どうだいシャディさんよ、もういい加減アンタの目的を話す頃合いじゃないか?」
痩せぎすの子供じみた女は、首を横に振った。
「何の話かわかりません。」
「ああそうかい。んじゃ、こっちから行くぜ。まず、アンタはレア・マグシー嬢じゃない。残念ながら、彼女は既に亡くなっている。ミュラーさんも、ここまではいいかな?」
ミュラーは悄然と頷いた。
「ご主人様は生前そのように仰せでした。レアさまとそのお母様にあたられる方は、クーデターに巻き込まれて亡くなられたと。」
「その通りだ。で、このニセモノさんは、難民ビザでリマノに来たことになっちゃいるが、これもガセだな、自称シャディ・クスカさん?ああ、猿芝居はやめてくれ。時間の無駄だ。」
「何を根拠に?。」
「アンタの身元はわかってるってこった、エリ・バスクカイザー。難民であるシャディ・クスカは実在したが、今は行方不明だ。オレの相棒の意見によると、生存は期待できないらしいや。」
シャディことエリ・バスクカイザーは、エドを睨みつけた。
エドは容赦なく続ける。
「エリ・バスクカイザー、リマノ生まれで39歳か。優秀なんだな、その若さで大企業、ハリステクノロジーの部長職とはね。」
「39歳…?」
ミュラーが呟く。無理もない。この女、どこからどう見ても発育不良の12歳である。
ハリステクノロジーは、有名企業だ。カイリー・セルティが顧問として社員に名を連ねている。だが。
「結構ヤバいぜ、部長サン、アンタの会社どうやら当局に目をつけられてる。外事1課と、3課それにウチと。一体何をやらかしたかは知らないが、かなり派手なやらかしだったみてえだな。」
エドの言う〝ウチ〟は、司法省そのものを指す。外事1課と3課は外務省の部署で、対外情報局と戦争がらみの国際犯罪に特化した、機密性の高い機関を有する。
1課と3課が同時に動くのは、かなり厄介で重大な事案に限られている。今回司法省までが絡んだのはエドのせいだ。というか、司法省監察官アリス・デュラハンの判断であろう。
「ハリステクノロジーには、以前から色々と疑惑があったよな。そろそろ年貢の納め時ってことだろうが、そりゃ自業自得ってもんだ。一般社員には気の毒だが、アンタは一般社員じゃねえや、バスクカイザー部長。で、何だってまたジーベン氏を殺した?しかも、こんな特殊な毒で?」
エドは、あの金属製の圧力注射器に顎をしゃくった。それはカミラの前に置かれている。
エリ・バスクカイザーは、無表情だ。だが、エドはこういうタイプの犯罪者を何人も見てきた、いま彼女の頭の中では凄まじい速度で計算が行われているだろう。
起死回生のチャンスを掴み取るために。
「私は何も知らないわ、特別捜査官。ただ、そこにいるセルティ顧問に連れられてここに来ただけ。彼女に聞いたら?お知り合いみたいだし。」
ふんぞり返るように深く背もたれに体を預けて脚を組む。貧相な体からある種の覇気さえ滲むようだ。もはや芝居を続けるのは悪手と判断したらしい。
〝まだ希望は充分と判断したか〟エドは、内心ため息をついた。そんなものはもう残されていないのだが。
まあ、無理はないかもしれない。
彼女は単なる大企業の部長ではないし、その後ろ盾もまた強力である。だがどこまで粘れるか、それによって後ろ盾が社会的に破滅するまで追い込まれるか否か。
とりあえず見届けなければならない。
アリス・デュラハンが動き出した以上、エドにできるのはその程度のことにすぎなかった。
〝まあ、これってほぼチートみてえなモンだぜ。オレ如きの出る幕じゃねえし。〟
長いモノには黙って巻かれる。
時にはそれが最善手であることもある。
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