16 ヴォルティス大公
カイリーともう1人のレアが滞在している部屋までは、かなりの距離がある。
半ばまで来たとき、2人は家令ミュラーによって行く手を阻まれた。
「恐れ入りますが、このような事態でございますので、お部屋でお過ごしくださいますよう…。」言葉こそ丁寧だが、エドとカミラのあまりに元気そうな様子に不信感を抱いたのは確かだ。
ミュラー自身、相変わらず病人にしか見えないのに、2人はまるで毒を盛られたことなどなかったかのようにピンピンしているのだから、不信感を持つなと言う方がムリだろう。
「悪いが、ホンモノの病人が出た。人命がかかっているんだ。通らせてもらうぜ、ミュラーさん。」
「はい?それは…?」
全く訳がわからない様子。ミュラーはエドとカミラを交互に見ながら、困惑を隠そうともしなかった。
もう少し体力的に余裕があれば、ミュラーとて感情を表に出すことなどなかったはずだ。ミュラーには気の毒だが時間がない。
エドは、強硬手段を覚悟したのだが。
「待ちや、ミュラーとやら。」
涼やかで、ズシリとした威圧感を帯びた声がエドを遮る。可憐な令嬢の演技などまるでなかったかの如く、カミラは一歩前に出た。
「妾は、カミラ・ヴォルティス。魔界の大公にして魔皇陛下の家令を務める者じゃ。そなた、混じっておろう?」
エドはギョッとした。
「博士?いきなりのカミングアウトですか?そ、そのう、外交とかは大丈夫ですか?」
「心配は要らぬ。」
ホントどうなってる?何でいま?大体誰が信じるんだそんなファンタジー?
だが、混じってるってのはなんなんだろう?
突然、ミュラーはその場に崩れ落ちるように平伏した。
「仰せの通りに、大公閣下。」
「通るぞ。」
「ははっ。」
ミュラーは更に平伏した。人間がここまで平べったくなれるとは、とエドは感心したが、状況が全く読めない。
しかし今は優先すべきことが他にある。もはや行手を阻むものはないから、2人は先を急いだ。
「どうなってるんです、博士?」と、エドは横目で床から動かない家令をチラ見した。
「今言うた通り、ミュラーは混じり者ゆえ、妾の魔気を感じたのじゃ。魔族は力ある者に絶対服従する本能を持つ。どのように〝薄い〟眷属であろうと、の。」
混じり者。
たしか魔族の影響で生を受けたものだ。大半は魔の眷属とされる魔獣などの子孫だが、中には稀に直接魔族の血を引くものもいると聞く。
「え、ということは死んだケン・ジーベンとあの元女優って奥さんと、その上家令までが?いやそれって確率がおかしいでしょ?」
ジーベンがウミガシワで死ななかった以上、彼もまた妻同様〝混じりもの〟であると考えるのが自然である。
たが混じり者はそもそも多くない。
一家に1人どころか、大都市に100人もいないはずだ。
それがこの家に3人も?あり得ない。
「そうよのう。」カミラは呟いたが、その顔は憂いを帯びていた。
「それゆえの悲劇であったやもしれぬ。」
「…?」
エドは首を傾げた。さっぱり意味不明であるが、今はカイリーだ。
「ここです。」
ノックと同時にエドはドアを開けた。
ソファからギョッとした顔を向けたのはあの偽レア…、たしか名前は…。
「困りますっ!出てって!」
思いのほか鋭く強い声で、シャディとかいう偽レアが吠えた。同時に立ち上がってエドに向け突進する。その手には何か金属製の筒のような物が握りしめられていた。
エドは、一瞬も躊躇うことなく彼女を制圧した。素早く突き出されたシャディの右手をかわしつつその手首をつかむ。背中側にねじり上げるようにしながら、足払いを掛けて相手のバランスを殺し、そのまま床にうつ伏せに引き倒した時には、彼女の両手は手錠で拘束されていた。
カミラはこの捕物には目もくれず、寝室へと消えた。
「さて。少しオレと話そうじゃないか、ニセモノさん?」
シャディの両足首にも拘束具をかまし、更にはボディチェックを済ませてから、エドは彼女を椅子に座らせた。
「痛い、です。」
消え入りそうにか細い声だ。貧相な全身がブルブル震え、目には涙が溜まっている。
「わ、私はただあの人に言われた通りにしただけなのに、何でこんなヒドいことをされなきゃいけないんですか?」
「あの人?」
「あの女の人。ほんとの名前は知らないけど。」
「カイリー。カイリー・セルティのことを言ってるのか?」
シャディは頷いた。
「多分その人です。私にはマルセルって言ってたけど。」
「なるほどな。」
エドは無表情にそう言ってソファに掛けた。
「これ外して下さい。痛くて…。」
シャディはベソをかきながら両手を突き出した。特殊手錠は見た目ソフトだが、実はかなりのチートアイテムである。
戦争の影響もあって、凶悪犯の中には違法な身体改造を行う者も多かった。肉体に武器を仕込んだり、肉体の一部を変形させて拘束具をすり抜けるなど普通だから、そのような犯罪者にも対抗できるような造りになっているのだ。
機能のひとつは、被拘束者の体の形に応じて速やかに変形することである。
つまり。
「痛くはないだろ?大人しくしてれば問題はないはずだ。」
「だって、あんな風に抑えつけられたから怖くて…。あなた、詐欺師なんでしょ。こんなことして…。」
その時。ドアがノックされた。
「どうぞ。」
エドの返事でドアが開く。家令のミュラーが一礼した。
それを見るなりシャディが叫ぶ。
「ミュラーさん!こ、この人がヒドイんです!詐欺師ですっ!け、警察呼んで!」
ミュラーはちらりとシャディを見たが、彼女には答えず、エドの方を向いた。
「カリスさま、大公閣下はどちらに?」
「今治療中だ。あの人、医者だからな。」
「おおっ!」
どういうわけか、感極まった様子でミュラーは祈るように両手の指を組んだ。下痢と嘔吐でやつれた頬がぱっと上気し、落ち窪んだ目がキラキラと輝く。涙ぐんでさえいるようだ。
「感謝いたします、感謝…。」
何やら小さな声で、祈りまで唱え始めた。どう見ても尋常な様子ではない。
『アリス〜、このオッサンどうしちまったんだ?』
困った時のアリス頼み。
『博士が仰った通りなのでなくて。』
『はん?』
『眷属は、どこまでも自らのルーツを慕い求めるのよ。でも、通常それが報われることはないわ。魔族がこちらの世界に来るのは極めて稀なことだから。ましてヴォルティス博士は、魔族ただ1人の大公。ミュラーにとっては、教皇と女王に一度に謁見が叶ったようなものね。』
『…?』
エドにはどうにもピンとこなかった。
宗教心などカケラも持ち合わせていないし、王族だの貴族だのに興味などないから、それで感動出来るメンタルは理解不能である。
『あ〜まあそういうモンなのか。』
アリス=ラグナロクがそう言うならそうなんだろう。
「ミュラーさん、入ってくれ。」
「はい。」
「け、警察を!」
シャディが必死の形相で叫ぶが、ミュラーはなんら感銘を受けた風ではない。そのままエドに示された椅子に掛けた。
エドは物憂げにシャディに向き直る。
「まあ座れ。警察を呼ぶ必要はあるが、この場はオレで十分なはずだ。そうだろ、自称レア・マグシー…てか、自称シャディ・クスカさんよ。」
「何言って…」
「アンタはオレが何者か知ってるはずだ。まあ一応言っとくと、オレは連邦特別捜査官エドガー・カリス。勿論現役だ。」
エドは、身分証を取り出した。




