15カミラの魔法薬
「博士ー、いいかげんこの下剤だか何だかについて教えて下さいよ〜。」
カミラはピンクの日記帳をパタンと閉じて、ベッドから起きた。
「何じゃ。もう音を上げるとはの。」
「どう言われても、キッツイっす。もう限界です。助けてください〜。」
この部屋にはカメラが隠されているが、元気いっぱいのカミラを見られるわけにはいかないから、カミラ自身が対処しなているのはわかっていた。
「放っておいても、明日の昼頃には体調が戻るはずじゃ。」
「なっ!それまで待てと?後生ですから、ねえ博士〜。」
「仕方ないのう。軟弱者めが。」
カミラの白い指先が翻る。そこから小さな火花が閃いたかと見る間に、エドの目の前には小さなガラスの瓶が現れた。
「それを飲みやれ。」
「た、助かりますぅ。」
空中に浮かんで静止した瓶を掴み取り、エドは一気に中身を飲み干した。
味がしたのかしなかったのかはわからない。そもそも、液体に見えたその薬が真に液体だったかさえ定かではなかった。だが、空き瓶をサイドテーブルに置いたとたん、身体に変化が起きた。下腹部の重くしこった感じが綺麗さっぱり消え、胃のあたりの違和感が感じられなくなったのだ。
〝即効性?いやそんな、まだ吸収どころか、胃に全部が入ってもいないはず?〟
「魔法薬じゃ。そなたに合わせてデザインしてある。」
エドは素直に感嘆した。気がつけば長年問題だった腰痛も、視神経に負荷をかけているせいで起こると言われていた、しつこい背中のコリもなくなっているのだ。
究極のデザイナーズドラッグか!?
「便利っすねー。魔族のお医者さんってみんなこんなことが出来るんですか?」
カミラは首を横に振る。
「少数派であろうの。」
まあそうだろうな、とエドは頷いた。いくら魔族でも、こんなに簡単に万能薬みたいなものを作り出す能力が、ありふれたものであるはずはない。
しかもエドは、カミラにとっては異種族なのだ。エドは立ち上がって深くお辞儀した。
「とにかく。ありがとうございました。」
「礼などよい。妾は言わば、はみ出しもの故。したが、エド?」
「はい?」
「そなたなぜその目を治療しない?」
エドは無意識に、片手を顔の前に上げていた。瞼に触れようとした指先は、サングラスのフレームに阻まれる。
「…大した意味はないんですが。」
そうだ。今となっては。
重度の火傷によって視力を失ったのは、8歳の時だ。今なら高度な再生医療によって、見た目だけならば全く問題なく復元が可能だろう。
かなりの資金は必要だが、払えない金額ではない。エドは公務員としては高給だし、家族も恋人もいない。酒も飲めないしギャンブルもやらない。休日はどこに出かけるでもなくただボーっとして過ごす。
だから口座には結構な金額が積み上がっていた。
手術を受けない理由は、じつは自分でもよくわからない。だが、カミラが答えを待っているから、エドは考え考え説明を試みる。
「最初は、治療を受ける金がなかったんです。」
だから、数年を闇の中で過ごした。
「それから、スラム暴動の生き残りってことで、治療費の補助が受けられたんですが、それは視力の回復のみが目的でした。」
見た目をどうこうする以前に、先ずは機能が優先だった。おかげでそのまま闇の中で過ごすのは免れたし、学習も格段に楽になった。
「その頃は生きるのに必死だったし、見た目なんか気にもしていませんでした。そんな余裕がなかったんで。オレを逃すために死んだ婆ちゃんや叔母さんの分も生きなきゃとか、ガキだったからそんな感じで思い詰めてましたね。」
誰も聞いてはくれなかった。スラム出身で気味悪い見た目のガキの言うことなど。
あれは〝暴動〟なんかではなく、何ものかの〝陰謀〟だった。エドはそう確信していたからこそ、連邦捜査官を目指したのだ。だが彼の主張に耳を傾けるものはいなかった。
あの時代、世間もまたそれどころではなかったのだろう。迫り来る戦争の足音は、確かに徐々に大きく聞こえていたのだから。
捜査官になってからは、戦時下のあらゆる犯罪の取り締まりと摘発に、エドの日常は塗り潰されてしまった。その中で、数多くの同僚が殉職した。
気がつけばただ仕事に追われ、戦争が終わってからも世界はなかなか後遺症から立ち上がれず、自分の人生設計なんて後回しになり…。
「そなた、良い男じゃの。」
「はあっ!?だ、出し抜けに何なんですか、博士?」
「照れるでない。したがそなた、ちと働きすぎじゃ。そなたといい龍一様といい、自分を粗末にしすぎる。困ったものじゃ。」
「オレとリュウを比べるのはやめて下さい。第一、あいつには最愛のパートナーがいるじゃないですか。」
カミラはなぜかため息をついた。
「お妃さまもじゃ。奔放であられるようでいて、あの方もまた何かに縛られている。龍一様は狡猾で容赦ないお方。お妃様を縛り付けるためなら何でもなさろうの。」
エドは、カミラに関する印象が正しかったことを確信した。カミラは、ただの国賓級VIPではなくて、リュウと何らかの因縁のある存在だ。
「アイツはまあ確かにやり過ぎるけど、不器用で真面目な男だとは思います。働きすぎってのは全面的に賛成ですが。」
カミラはクスクスと笑った。
彼女は澄んだ少女の声で笑う、歳を経た妖物だが、この瞬間ばかりは芝居でない可憐さを感じて、エドは少し狼狽える。
「龍一様とお妃様がお幸せであればそれでよい。エド、そなたもな。」
「博士は?」
「え?」
「博士はいま満足されていますか?」
「そうじゃの…。」カミラはベッドの上に放り出されていた日記帳を取り上げた。
「ここ数百年、メモや日記など書こうとも思わなんだが、今は書きたいことが沢山ある。妾は満足じゃ。」
「んじゃ良かったっす。」
エドはニカっと笑って、一礼した。
その時、突然アリスの声が聞こえて、エドの笑顔が凍りつく。
「いかが致した?」
「…トラブルのようです。病人が。重症です。オレは行きますんで、博士はここで…。」大人しくしていてください、と言い終わる前にカミラは立ち上がった。
「妾も行こう。」
「いやあの、しかし。」
「芝居か?そんなものは今更どうでも良い。所詮余興に過ぎぬわ。それに、そなたもう、あらかたの真相はわかっておろう。案内せよ。」
それは買い被りだ、まだわからないことが多過ぎると言いたかったが、今はそんなことを議論している場合じゃない。
なので、エドはカミラに背を向けた。
「こちらへ。」
2人は客室を出て廊下を進む。
アリスが告げた病人の名は、カイリー・セルティだった…。
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