14ジーベン邸の災難
「で、ミュラーさん。使用人が全滅ってことかい?」
ミュラーは頷いたが、彼自身酷く顔色が悪かった。そこはエドもいい勝負だ。
ここはエドとカミラが泊まる客室の一部で、リビングルームの設えである。
カミラは体調不良のため、奥のベッドルームにこもっている設定だが、実際には例のピンクの日記帳に嬉々として何か書き綴っているだろう。
元気いっぱいの様子で。
一方エドとミュラーは半ば、いやほとんど病人だ。
2人とも整腸剤だとか下痢止め、吐きけどめだとかの対症療法で、どうにかバスルーム籠りから開放されている始末である。
「どんな、あー、薬物が使われたかは特定出来たんすか?」
微生物による食中毒のセンは最初に除外できた。それならばここの厨房にある分析機器でもわかるのだ。逆に意図的に加えられた薬剤があるなら、その特定には設備の整ったラボが必要だ。
「さあそれが…。」
げっそりこけたほほのミュラーは、首を横に振る。目の周りにはクマが濃い。完璧な身だしなみを身上とする家令だが、こうなっては見る影もなかった。
「朝食の残りを分析に出したのですが、まだ結果について報告はありません。」
「あー…。」
エドとしてもため息しか出ない。
とっくにクスリを特定しているはずのカミラは教えてくれないし、対症療法には限界がある。
「カリスさん、お嬢様の体調は如何です?お辛いのでは?」
ンなわけあるかーっ、ピンピンしてやがるぜっ!…と怒鳴りたいところだが、どのみち腹に力が入らず、「ハア、まあ、どうも…。」などと気の抜けた返事が精一杯のエドである。
「そういや、ウチのお嬢だけじゃなく、アッチのお嬢さんらも大変でしょ?」
「ああ、そのようで。お二人ともお部屋から出ようとされません。昼食も手をつけられなかったようです。」
「でしょうなあ…。」
無差別にこんなクスリを盛るだけでも悪意しか感じられないのだが、この毒物、ナミのものとはかなり違う。
普通、出るものが出切ってしまえば薬の影響はそこで終わりそうなものだが、これはそんな生優しいクスリじゃなさそうだ。
もう午後半ばだから、バスルームにこもり続けた連中には出すものなどないはずだが、効果はまだまだ続きそうな気配。
吐き気も皆に共通する症状で、誰も食欲がなく、料理人のダウンで昼食が遅れても、文句ひとつ出なかった。そもそも、昼食をまともに食べられた者が居るとは思えない。
内部犯行であることは間違いないものの、犯人は疑われないように、自分も朝食を食べただろう。その後解毒剤を服んだとしても、昼食を食べるわけがない。
「夕食は昼食同様ケータリングを考えていたのですが、配膳を含めた家事全般と、葬儀の準備が滞っていますので、家事サービスと契約いたしました。まもなくスタッフが到着します。何かありましたらお申し付けください。」
「あ〜、そりゃどーも。」
「では私はこれで。」
「お疲れ。」
ミュラーは微妙なすり足で出て行った。
無理もないな、とエドはミュラーを見送る。振動は禁物だ。
『アリス。追加で調べて欲しいんだが。』
『ええ、家事サービスの件ね。もう始めてるわ。』
『頼む。それと、前に頼んだ件で何かわかったか?』
『詳細はまだよ。』
『何でもいい。わかったことがあれば教えてくれ。』
『了解。カイリーには、姉が1人いるの。彼女は生まれつきあまり丈夫な方じゃなかったけど、親代わりにカイリーを育てた。あなたが知りたいのは、カイリーの家族の過去と現在ついて、だったわよね。姉の居住地は辺境だから、現在の彼女、サリー・ハーマンの現況については、まだ照会結果待ちね。』
『ハーマン?』
カイリーの姓はセルティだ。姉は結婚しているのだろうか。
『カイリーとは最初から姓が違うの。異父姉妹なのよ。でもカイリーの家族はサリーだけね。』
『了解。引き続き頼むわ。』
『ええ。』
カイリーから家族について聞いたことはない。出身地や家族、子供の頃の話など、ふつうなら他愛ない会話の端々に乗る、些細な情報が、カイリーに関しては全く聞こえてこなかった。
特別捜査官は、自他共に認めるエリート集団である。
任官のためには競争率数百倍のアカデミーを卒業する必要があり、卒業しても全員が採用されるわけではないのだ。
採用されても当初数年間はインターン期間とみなされる。だが、新人という理由で甘やかされはしない、最初からベテランと組まされ、容赦なく実戦投入される。
お互い命を預けることになるから、相棒については実の家族より近しくなることも稀ではないのだ。
〝あの子、ルーツなんてものがないのかしら。〟
以前カイリーのバディだったフィリスがぼやいていた。
〝普通だったら故郷のこととか家族のこととか、何か一言でも喋るはすよね。そういうことが一切ないわけ。そんなに私が信用できないのかしらね。傷つくわぁ。〟
だがそれは相手が誰だろうが同じだ。




