13 暗躍する者
深夜である。
照明の消えた厨房の片隅、冷蔵庫の前に佇む人影があった。今し方、目的を果たしたところである。
この屋敷の中には、監視カメラの類が殆どなかった。設置は客室や正門・裏門などに限定されているのだ。
屋敷の前主人が監視機器の類を非常に嫌っていたせいだ。生身の使用人が多いことを考えれば、もっと徹底した監視体制をとらなければならないはずなのに。
人は嘘をつく。隠し事をする。誰かを平気で裏切るし、時には自分を守るため殺人すら厭わない。ただでさえバレなければ何をしても良いと考える者は多いのだ。
だから、この規模の屋敷ならば全体が電磁監視網で覆われた要塞てあるのが当たり前なのだが、ケン・ジーベンはあえてリスクを取るほど監視機器を毛嫌いしていたのだろう。
それゆえに、深夜の厨房に忍び込むことは容易かったのだ。
侵入者が音もなく立ち去ったあと、残されたのは暗闇と沈黙のみだった。
一夜明けて。朝食は各部屋へとサービスされた。
「なかなかイケるな♪」
ご機嫌なエドは、カミラにジロリと睨まれた。
「朝からがっつくでない。見苦しい。」
「そう仰いましても。こちとらド庶民ですし、うまいもんは美味いわけで。」
エドは軽く茶化しながら、カミラの様子を観察する。〝ご機嫌ナナメって訳か。〟
「…どうされました、博士?」
理由は本人に聞いた方が早いな、そう判断した。
「毒を盛られた。」
「はっ!?」
思わず腰を浮かしたエドだが、そのまま座り直す。大抵の毒(砂糖を含む)は、実はカミラにとっては全く致死的でないことを、昨夜のディナーの後で本人から聞かされていた。
カミラが言うには、どの程度毒を効かせるかも自在に調整出来るし、未知の毒物であっても口にした瞬間分析できるらしい。
便利ですねぇ、と素直に感心したエドに、カミラはなぜか微妙な表情を見せた。
どうやらあまり触れたくない話題らしい、そう気付いたから、それ以上追求はしなかったのだが。
「毒なんて博士には意味ないんだから、無視しとけばいいんじゃないですか。」
「そうもいかぬであろう。それはそうと、犯人の目星はついておるか?」
「まだ材料が足りません。」エドはアッサリと答えた。
カイリーの仕業かもしれないし、この屋敷の使用人の中には、確実にケン・ジーベンの息子か、その叔父あたりのスパイがいるはずだ。だとすると?
「博士。もう1人のレア、シャディとかいうあの子は大丈夫でしょうか?」
「命に別条はない。そなたもな、エド。」
「え…、そ、それってまさか?」
イヤ〜な汗が背筋を伝う。
エドの表情がよほどおかしかったと見えて、カミラはコロコロと笑った。
「案ずるな。瀕死の病人でもなければ命に関わることはないが、バスルームに籠るハメにはなろうの。妾に効果はないものの、効いているフリをせねばならぬのがちと鬱陶しいのう。」
つまり、少なくともカミラとエド、さらには多分シャディとカイリーの食事にはクスリが盛られていた可能性がある。
エドはげっそりした。
「あー、毒の種類はわかりますか博士?」
解毒剤を入れた容器を探りながら尋ねたが、カミラは生暖かい視線を返してきた。
「まあ、お主に効いているところを見せれば、下剤を盛った者も効果に満足するであろうよ。ご苦労、エド。」
カミラの言葉が終わる前に、エドは素早く立ち上がった。
いや。立ち上がらざるを得なかった。
彼はそのままバスルームに駆け込むハメに陥ったのだった…。
この朝。
ジーベン邸は朝から大混乱だった。
屋敷の使用人のうち、住み込みで働くものの大半が、強烈な下痢症状に見舞われたのである。
原因は朝食であろうと推測された。




