12 違和感
『どうかしたの、エド?』
『アリスか!アリス頼むから助けてくれ!博士がデザートを食っちまった!』
そう、そのデザートが問題なのだ。
なかなか美味いアイスクリームだった。
芳醇でコク深いバニラアイスを、キャラメリゼしたナッツとチョコレートで繊細華麗にデコったデザインは、まさに魔都リマノ風だ。
そして、たっぷりと甘い!
エドは戦々恐々カミラを窺った。
ほんのりと赤みを帯びた目元、微かに開いた唇、半分伏せた目は明らかに潤んでいる。
どこからどう見たって、危険な兆候だ。
〝ヤバい!ヤバいヤバいヤバいって!〟
だがエドに何ができるというのか?
職業柄アルコールを含む〝毒〟の解毒剤なら一式携行しているのだが、砂糖の解毒剤など持っていないのだ。
第一そんなもの、見たことも聞いたこともない。
いやそれ以前に、カミラは魔族である。
代謝系は人間のそれとは全く違うだろう。
〝どうする?どうするよオレ?〟
諦め半分パニック半分、エドは頭を抱えたい気分だが、外見上はどうにか平静を保っていた。ピンチなど日常だし、慌てたところで何らメリットはない。
「どうして?」
突然、カミラがつぶやいた。同時にその目から一雫の涙が溢れて頬を伝う。
〝ま、まさかの泣き上戸!?〟
「あー、お嬢。落ち着け。」
落ち着きたいのはエドの方だったが、ここは臨機応変に行くしかないだろう。
〝少なくとも芝居を続ける余裕ありか。〟
これは朗報である。博士はまだ至って正気だ。だが油断は禁物。
カミラの様子を注視しつつ、周りの反応をうかがう。
家令ミュラーは眉を寄せ、カイリーは興味深々、もう1人の〝レア〟は無表情に、と様子はそれぞれだ。しかし3人ともがカミラを見ていた。
「私は最後に、お父様にお別れが言いたかっただけです。それなのに…、なぜ私が2人いるのですか?」
はらはらとこぼれる涙、震える頬。
恐ろしいまでの説得力である。
〝あー、大丈夫だなこりゃ。〟
ミュラーの眉間の皺は深まり、何か言いかけてそのまま口をつぐんだ。カイリーはちらりとエドに視線を寄越し、〝やるわね〟とでも言いたげに唇の片方の端を吊り上げた。1人、偽レア・シャディのみが無表情のままである。
エキストラとしては、こんな場面は想定外だったのだろうか。
そもそも騙りやなりすましは重大犯罪てはないし、鑑定されればすぐにニセモノとバレる。
仕込みに手間暇かけても、カイリーだってシャディを相続人の1人に仕立て上げられるとは考えていまい。
しかしそうすると、カイリーにしてはあまりにもケチなサギではないかとエドは思った。
ケン・ジーベンと血縁がなくても、証明書の父親欄にはその名があるだろうし、自分はケン・ジーベンの娘だと信じていたと言い張れば、涙ガネ程度は得られよう。
証明書を発行した人間や、電磁記録の全てが、おそらくは消滅した町と運命を共にしている。ということは、出生証明書の真贋を確定する方法はない。
だがそれで得られるものなど文字通り、単なる参加賞程度の端金に過ぎないだろう。
カイリーのような女には話にならない報酬だが、普通の小悪党には十分かもしれない。だがカイリーは今…。
そこまで考えて、エドはハタと気づいた。
カイリーが現れてからずっと感じていた、違和感の正体に。
〝安すぎるぜ。カイリーのシノギとしちゃ、これは規格外だよな?〟
ちまちま稼いでいじましく使うのが普通の人間だとすると、カイリーは真逆だ。
大胆にがめつく稼いではパァッと全てを使い果たすタイプである。
潔いとも言えるが、その極端な刹那主義的生き方には、他人の被る迷惑なんぞどうでもいいという利己主義しか存在しない。
天上天下唯我独尊。
そのカイリーが?
おかしいよなこれ。
『ようアリス、カイリーは会社勤めとやらをしてるんだよな?幽霊社員とかじゃなくてその…』
『言いたいことはわかるわ。ええ、社員名簿にもちゃんと載ってるわね、不思議なことに。』
『それ、おかしいよな?』
アリスの返答まで少し間が開いた。
『組織に馴染めない人間だからってことかしら?』
『あー、まあそれもあるんだが、社員名簿に本名で載ってんだろ。その会社ってのがまた、かなり胡散臭いときてる。』
『表向きは真っ当な上場企業よ。隠れ蓑としてはいいんじゃないかしら。』
『カイリーなら本名は使わない。』
今度の沈黙はさっきより少し長かった。
『意味がわからないわ。』
そうたろうな、とエドは内心頷いた。アリス=ラグナロクは確かにとてつもない知識を持つ化け物てはある。
しかし、人間ではない。人間ならある程度他人を観察することで、その人物特有の行動様式を推測できる。
データを十分集めれば、ラグナロクにも同じ推測が可能になりそうなものだが、それがそうではないのだ。
今までも折に触れて「あれ?」と感じることはあった。殆どが些細な問題だったが。
『アリス。通常の調査以外にいくつか調べてほしいことがあるんだ。』
エドは追加の調査項目を挙げた。
何が出てくるかはわからない。
全くの見当はずれであるかもしれなかったが、それでも調べる価値はある。
『わかったわ。』
『ああ。頼む。』
カミラの演技は、やはり見事の一言に尽きた。ここは彼女の1人舞台と言って良い。
悲しみに暮れる可憐な令嬢の芝居は、完璧そのものだ。
少なくともカイリーはそれが芝居であると確信しているはずだが、彼女の意地悪く批判的な言葉をも易々と受け流し、カミラは見事に演じ切った。
〝この幕は、博士の勝利だ。だが妙にキナ臭い胸騒ぎがおさまらねえや。どうなってやがる…?〟
違和感。
これはエドにとって危険信号だ。
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