11 はみ出し者
シャディという名の偽レアは、最初から落ち着かない様子である。
ミュラーは、カミラが死んだケン・ジーベンに似ていると言ったが、だとするとシャディには全くジーベンに似たところはなさそうだ。
替え玉だから、似てないのは当たり前ではあるのだが。
チラチラと彷徨うシャディの視線は、ミュラーやカイリー、カミラを忙しく伺う様子。反面エドや、夕食のサービスを行う生身の使用人たちには大して興味がなさそうだ。
カイリーを恐れ憚る様子は、虐待された野良犬が人間を警戒するさまに似て、エドは胸糞悪い思いを味わった。
だが、それはそれとして。
『アリス。ウラをとっといてくれ。』
誰について、もしくは何に関してとは言わなかったが、そんな必要はそもそもない。
この場にいる、エドとカミラ以外の全員について、まだまだ情報が足りないのだ。
ケン・ジーベンに毒を盛った犯人は、彼の身近にいる可能性が高いのだ。
今どきのリマノで、生身の人間に給仕させるなんて、余りにも贅沢な話だが、アンドロイドならともかく、人間は感情に引き摺られる生き物だ。
ケン・ジーベンが評判のいい雇い主であったとしても、どんな些細なことで他人の怨みを買っているかわからない。
それに主人に対して全く隠し事のない使用人の方が珍しいだろう。
『了解よ。あ、エド。カイリー・セルティは現在、ハリステクノロジー社の社員ということらしいわね。』
『その会社、聞いたことがあるな。何だったか、最近の事件がらみで。』
『ええ、さすがエドね。対外情報局管轄の事件まで知ってるなんて。』
エドは身慄いした。
アリス=ラグナロクに褒められるとゾッとする。経験上ロクなことにならないからだ。これはもうトラウマである。
だがまあそれもともかくとして。
『その会社、スパイ容疑で監視扱いになってたんじゃなかったか?』
『そうね。ことの起こりは…』
『よせよ。今聞いても仕方ない。』
というか、概要は知っていた。ただ何となく素直にそう認めたくないだけだ。
何故かうっすら笑うアリスの口元が脳裏に浮かんだ。
とてつもなく色っぽく完璧だが、微塵もそそられないその唇。
『会社でのカイリーのポジションは?』
『結構上の方ね。〝特別顧問〟なんて名称だけど、お飾りではないわ。』
それは頷ける。素行と人間性に問題はあっても、カイリー・セルティは実力派だ。
彼女が退職に追い込まれた時、エドは一緒に辞めないかと誘われた。一緒に事業をやらないか、と。
無論、言下に断ったのだが。
「アンタやアタシみたいなはみ出し者に、公務員なんてムリ。絶対にね。向かないことやって人生すり減らすよか、面白おかしく生きたいって思わないの?アンタ、バカだわね。絶対後悔するよ。」
そう言い放ち、ケラケラと笑ったカイリーの声を、エドはまざまざと思い出した。
当のカイリーは、テーブルの向かい側で済ましたものだ。茶番でしかない田舎教師の芝居を続けている。
わかってやっているのが悪趣味だが、カイリーのことだ、何らかのメリットを見込んでの行動なのだろう。
コイツはひとまずほっとくとするか。
今、オレは後悔しているだろうか?
いや、絶対にそんなことはないと断言できた。
組織内の軋轢は、どれほど距離をおいてみても、所属する個人の神経をすり減らすものだが、それも全てひっくるめて、後悔はない。
エド・カリスは自他共に認める、優秀な捜査官である。
捜査官として今まで最も辛かったこと、それは、バディを組んだ人間が次々と壊れたり辞めたり、時には殉職したりした事実だ。
個人的な事情や資質、運の良し悪しの問題はあっただろうが、〝お前にはついていけない〟という言葉を幾度聞かされたことか。
だが今のバディであるアリス・デュラハンにそんな心配はいらない。
アリスの躯体は有機アンドロイドだし、中身は化け物だ。死なないし、壊れたら修理がきく。まことエドに似合いの相棒かもしれない。
だからまあ、幸せとは言えないかもしれないが、微塵も不幸ではないのだった。
「ミュラーさん、そちらのお嬢さんがレア・マグシーを名乗られている方なんでしょうか?」
晩餐があらかた終了したタイミングで、カイリーが家令のミュラーに聞いた。
ミュラーは慇懃に頷いて肯定した。
カイリーは更に続ける。
「何故そう名乗られているかは分かりませんけど、そろそろお帰りいただく必要があるのではないですか?」
〝やれやれ…。〟
エドはゲンナリしつつ成り行きを見守ることにした。
「当方といたしましては、まだ時期尚早と考えております。こちらのお嬢様は…」とカミラを示して、「当家の家宝の品をお持ちですし、もうお一方は出生証明書をお持ちです。」
カイリーが、明らかに馬鹿にした態度でため息をついた。
「あらあらあら。もう鑑定されたとしたら随分仕事がお早いんですね。まあ、どうせ…」ニセモノ、と言いかけたようだが、ミュラーは一礼しつつキッパリと宣言した。
「ブルーダイヤは真性のお品でございました。当家発祥の地で産出したものに間違いございません。」
「…?!」
カイリーが鋭くミュラーを見て、その視線をエドに転じた。
〝おーコワ。〟
田舎教師の芝居はどこへやら、カイリーの目付きときたら、まさに野獣。
〝エドっ!あんたそんなもんどうやって調達したのよっ!?〟
言葉に出さなくとも、そんなふうに詰問が聞こえてきそうだ。
エドはポーカーフェイスを決め込む。
カイリーとは違い騙りが目的ではないし、ブルーダイヤの出所はたぶん、〝月の宮〟辺りに違いないと見当はついていた。
国宝級の希少な宝石を無造作に貸し出すとなると、他に考えられないのだ。
無論ラグナロクならば、世界中の権力者や有力者の致命的な秘密を承知していようし、それをネタに協力を取り付けることも出来よう。
だが、早すぎる。
いかにラグナロクといえども、そんな特殊な宝石を持つ者を特定して交渉の上現物を手に入れるには数日はかかるだろう。
1時間にも満たない時間では無理な相談だ。
はじめからブルーダイヤのありかを知っており、持ち主が二つ返事で貸し出しでもしない限りは。推測が正しいならば、エドとしては若干気楽である。
ブルーダイヤの持ち主と推定される人物には面識がある。これ以上ないほど恐ろしい人物ではあるが、どんなに希少な宝石だろうが、たかが石ころに大した執着はしないはずだ。
〝ま、当たらずといえどって奴だよなー〟
食後のデザートを一口放り込みながら、そう暢気に考えたところで、エドはふとあることに気付き、瞬間的に凍りついた。
全身から血の気が引く。
こわごわ視線を巡らせて、既に手遅れであることを知った。
〝や、ヤバい!どうする?どーすんだオレ‼︎〟
周りを見回し助けを求めたい衝動を抑え込んで、エドは軽く途方に暮れた。
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