①始まりは二日酔いだった
受難体質の公務員エドと、異界から来た一見美少女のカミラ。
奇妙な2人の物語が始まります。
殺風景な部屋に、男が2人。
総務省のどこかの空き部屋だが、サングラスの小男エド・カリスは目下それどころじゃない。
「おいリュウ!おめーもちっとは考えてみやがれってんだ!
オレが悪かったのか?
んなわけねーだろが!
まあ、あれだ。
もしオレに過失があったとすれば、だ。
ほんのちょい飲み過ぎたってだけだろ?
大体オレは酒は飲まねえ。
てか飲めねえ。
そりゃおめーも知ってんだろが!
ハメられたんだよっ、アイツ、あの化け物マシーンに。
オレが根っからの甘党なのをいいことに、あんなモン食わせやがって!
サバラン、とか言ったよな、つえ〜ぇ酒に浸しまくったアレ。
あ〜?まあなんだ、美味かったよ。
そりゃ認める。確かにな。
だから、5個も食った。ああ、それもその通りだ。
けどよ〜、たかが菓子じゃね?
あんな酔っちまうなんて知らなかったんだって!そこへアリスが、いや、あの化け物ラグナロクが、あの子を押し付けて行きゃがったんだよぉ。
鍵だってちゃ〜んと掛けてたんだぜ、なのに目が覚めたら…。
オメエにわかるか?
ああっ?
気がついたらオレん家のベッドにあの嬢ちゃんがって、ジョーダンじゃねえや!
おめーみてえな鬼畜ヤローでも、ぜってービビんだろが、そのシチュエーション?
あっ!?オレがお子様に手えだすわけないだろがっ!
おめーじゃあるまいし!
しかもあの薄気味悪ぃガキだぜ?
なあ、何とかしてくれよリュウ!」
連邦特別捜査官エドガー・カリスは、ひとしきり捲し立てて、仕上げに壁にドン!とパンチをくれた。
パラパラと強化プラスチック製の内装が舞う。
男としてはかなり小柄なエドだが、パンチの速さと重さは尋常じゃない。
だが、相手は全く動じなかった。
動じるわけがないのは、エドも重々承知の上だが、向かっ腹がおさまらないのだ。
エドの友人であり、上司の上司(?)でもあるリュウは、アルカイックスマイルを浮かべたまま静かに問い返してきた。
「俺をこんなところに引きずり込んで、言いたいことはそれだけか、エド?」
その瞬間、エドは敗北を悟った。
だが、彼にも意地がある。
それにだ。ここで素直に『うん』なんて言おうもんなら、更にとんでもないことに巻き込まれそうな予感がヒシヒシと迫ってくるし。
このテのカンは、自慢じゃないがよく当たるのだ。
だから、エドは巨大国家連合体である『連邦』屈指の犯罪捜査官とみなされている。
「言いたいことはまだあるぜ。何でオレなんだ?アリスに関しても、何でオレだったんだよ?」
そうだ。アリスってのはただの戦闘用ヒト型端末に過ぎない。
いくら悩ましい外見と声を持っていようが、ついでに連邦司法省所属の監察官という肩書きがあろうが、アリス・デュラハンは人間ではなくて、有機アンドロイドタイプの人形に過ぎない。
エドとて、知らなければ絶対見分けられない程精巧にできていても、である。
問題はアリスの中身だ。
究極の化け物コンピューター。アレに対する恨みつらみならいくらでもあるが、逆らってどうなる相手じゃない。
まあそれは、リュウについても同じだが。
「エド、何故お前かって?」
リュウの整いまくった顔に、実に剣呑な笑みが浮かんだ。
あ、やべえやつだコレ。
だが、いまさら引き下がれっかよ!
一寸の虫にも五分の魂っていうだろが。
オレはちっとばかり背が低い方かも知れねえが、それでも半分は魂ってこった。
相手が誰だろうと、黙って言いなりになれるかっつーの!
リュウは涼しい顔で言う。
「ラグナの件は、アイツ自身の指名だ。お前がいいってな。それで、今回のカミラ・ヴォルティス博士の件は、ラグナの推薦だな。」
「はあっ⁇は、博士って、あの嬢ちゃんがか?」
やっぱやべぇ案件じゃんか。あの子どうせ人間じゃないとは思ってたが。
リュウがらみなんざ、マトモなはずないからな。
恐る恐る聞いてみた。
「あの嬢ちゃん、幾つなんだ?」
「ん?さあな、俺も知らない。レディの歳など聞けないしな。」
コイツ、遠い目になりゃあがった!
て、ことは…。
「な、なあ、まさかとは思うがその。あ〜幾つだとしたって、ラグナロクよりは若いよな、そうだろ?」
「あ…。」
「お、おいっ!何で考え込むんだそこで!ンなこたぁ考えるまでもないだろがっ!」
ラグナロク。
連邦を統べるモンスター。
自己進化能力を持つAIは、この惑星の地下深くに巨大なマシーンだけの王国を築いているという。
その推定年齢、数千歳。
男2人はしばし無言で見つめ合う。
エドの脳裏にはこれ以上ないってくらいの暗雲が立ち込めた。
「それじゃマシーンなのか、あのカミラって?」
これは半ば開き直りだ。
「いいや。」
即答かよ。
カミラ。
波打つ黒髪、ネイビーブルーの目の、結構な美少女だ。12歳くらい?チラッと顔を合わせただけだが、人形みたいに寡黙な真っ白い肌の…。
「ンじゃ、生身の生きモンって?アレがか?てことは、な、なんかこう、寄生体みたいな感じとか?」
そんな生物もいた。ここリマノは連邦首都惑星でありながら、巨大な暗黒の魔都と称されもするのだ。
リュウは両手の指を組み合わせてため息をついた。
「ヴォルティス博士は見た目通りの外見で間違いない。なあ、エド、ここは諦めろ。お前、既にアリス・デュラハン監察官からの提案を受諾したじゃないか。」
「だからそれが酒のせいだって言ってんだろが!オレはハメられたんだ!ベッドにあの女の子を見つけてボーゼンとしてるとこにつけ込まれたんだ!」
「だとしてもだ。お前がこの案件を引き受けたことは既に公的に記録されている。」
絶望感がエドを襲う。
「公的にって、極秘任務じゃなかったのか?なんだってそんな…。」
頭痛がしてきた。
いや、頭痛は最初からあったのだ。
二日酔いってやつ。
サバランを食べたのは昨日の夜だった。
「極秘は間違いない。だがこの件は連邦にとって重要だ。ヴォルティス博士は正式な国交のない某国からの来賓だから。」
「グヌヌ、外交がらみかよぉ?アリスのヤツ、んなこたぁひとっことも…。」
コレはダメだ。ダメ元で聞いてみた。
「で、どんな資格で訪問を?」
「博士はかの国の、いや、かの世界のトップの右腕であり、その人物を取り上げた産科医でもある。」
エドは言葉に詰まった。
世界…?
国じゃなくて、世界って言いやがった!?
そこの元首の右腕…?
だ、ダメだこれ。オレは聞いてねーっ!
茫然自失のエドに、リュウが畳み掛けた。
「だから、諦めろってエド。俺はパートタイムの嘱託公務員に過ぎない。その俺に今更どうしろと?」
「お前以外の誰に直談判しろって?よく言うぜ、連邦第15代盟主陛下、もしくはラグナロクのマスターさんよっ!?」
もうヤケだ。負けなんぞ最初っから確定してたじゃないか。
潔く墓穴掘ってやらあ。あ?コレで満足か、クソ野郎!
中指を立てたエドを見て、リュウこと銀河連邦の支配者はニヤッと笑う。
「それでは、改めて命じる。
連邦司法省特別捜査官エドガー・カリス、魔界からの来賓、カミラ・ヴォルティス博士の案内係として博士をガードし、視察に協力せよ。」
「ま、まか、魔界…?」
何だそりゃ?聞いてない!オレは絶対聞いてないぜ!
それはまた別のハナシなんじゃ?
「あ、あのよぉ、魔界って…。」
「博士は我が連邦の賓客だ。くれぐれも失礼のないように。なお期限は、博士が満足されるまでとする。健闘を祈る。」
エドの災難はここから始まったのだ。
次回もお付き合いくださいませ。




