見たことのない星
裕美の友人の正美とその叔母の知佳が連休を利用して沖縄に旅行に行った。知佳は、喫茶店を経営していたが、それを休みにして、沖縄にいる友人に会いに行ったのだった。正美もそのお供としてついていくことになった。
「いーなあ、沖縄」
裕美は学校で自慢する正美に羨ましそうに言った。
「でしょ? お土産買ってきてあげるよ」
「変なの買って来ないでよね」
もう一人の友人、和美が警戒するように言う。
「やだなあ、変な物なんて買ってくるわけないじゃないですか」
にやにや笑いながら、正美は急に丁寧な口調になった。
「これだよ」
和美が呆れたように言う。
「知佳さんは、どうして沖縄に行くことになったの?」
裕美が聞いた。
「大学の時の友達が、沖縄でカフェやってるんだって。一度来ないかって言われたらしくて。その人のとこに泊めてもらうことになってるから、宿泊費は浮くみたい」
「でも往復のチケット二人分でしょ。よく正美も連れてく気になったよね」
和美が皮肉っぽく言いう。
「んー、最初かあさんと知佳姉で行く予定だったんだけど、かあさんが行けなくなって。代役みたいなもん?」
「こういう運は昔から良いよね、あんた」
「でしょう?」
和美に何を言われても、正美は自慢げだった。
旅行初日から、裕美と和美には、SNSで正美から写真などで連絡が来た。空港の様子や飛行機の機内、窓から見える風景等々。
『はしゃいでるよねぇ』
和美はやれやれ、というスタンプ付で裕美にメッセージを寄越した。
『そうだね』
裕美も同調したものの、実際羨ましかった。まだ沖縄なんて行ったことは無かったし、もし行けたなら、本州からは見えない南の星空を見てみたい、と、そう思っていた。
正美は、ドライブしている様子とか、浜辺で青い澄んだ海の写真や、食事の様子も送ってきて、ポークたまごおにぎりというものにかじりついている写真をアップで送ってきた。
『それ、スパムが入ってるやつだっけ』
『スパムは入ってないよ』
和美のコメントに正美が返す。
『え、卵で挟んでるでしょ』
『これはポークランチョンミートっていうもので、スパムはそれの商品名だって。今食べてるのはスパムじゃないんだってさ。何でもスパムっていうのは、ツナ缶を何でもシーチキンって言うおばさんみたいなもんだって知佳姉が言ってた』
『悪かったね、おばさんで』
苦笑するスタンプ付で和美がコメントする。
『知佳さん、沖縄料理詳しいんだね』
『若い時から何度も旅行してたらしいよ』
『こら、今でも若いでしょ!』
知佳が急に会話に入ってきた。裕美は、旅行から帰ったら、知佳の喫茶店に、ポークたまごおにぎりが新メニューで出て来るんじゃないか、そんなことを思った。
こんな調子で旅行中、正美からは都度連絡が入った。
『お土産はこれでいい?』
旅行も最終日と言う日の夜に、正美が見せた写真には、缶ビールのようなものが映っていた。
『それ、ルートビアでしょ。不味いって有名じゃない』
和美がすかさず返す。ルートビアはコーラのような清涼飲料でアルコールは入っていない。
『湿布みたいな味って聞いて、そうだな、って思ったけど、慣れたらそうでもないよ』
『あんた湿布飲んだことあるの?』
『あるわけないじゃない』
正美と和美がコントのような会話をしている。
『知佳姉は、バニラとリコリス風味の飴みたいな味って言ってたよ』
『リコリスかぁ。サルミアッキみたいなのかな。あれも不味かったなぁ』
和美がしみじみとした調子で返す。
『リコリスとかサルミアッキって何?』
『リコリスは甘草という甘味のある薬草の一種で、サルミアッキはそれを使った北欧の飴だよ。前にお土産で貰ったことがあるけど、美味しくはなかったな』
裕美の疑問に、物知りな和美が説明した。
『スパムしか知らないのにそう言うのは詳しいんだ』
正美が茶々を入れる。
『しつこいなぁ』
『要するに癖の強い独特な味ってことね』
正美が選びそうなお土産ではあった。
『じゃあ、裕美には、こっちがいいかな。昨日の夜、晴れてて星が綺麗だから撮ってみたけど』
そう言って正美が上げた写真は、オリオン座が写っていた。スマートフォンで撮ったものだろうが、綺麗に撮れていた。
『オリオン座が見えたから撮ったけど、上手く撮れてるでしょ』
裕美はその写真を見て、オリオンの位置が高いことに気が付いた。シリウスも見えているが、その下に、明るい星が見えている。
――カノープスだ。
カノープスは、りゅうこつ座という星座の一等星で、シリウスの次に明るい恒星だった。緯度の高い土地では地平線の下か、東京あたりでは地平線上ぎりぎりで見え辛く、中国では滅多に見られない南の星として、見られたらめでたい、長寿を司る星、などどされていた。七福神の寿老人はこの星のことでもあるという。
裕美はカノープスを見たことが無かった。何度か見てみようとしたものの、自宅からは南の方向には家屋があって見えず、南の空が地平線か水平線のように開けている場所に行っても、綺麗に晴れていなければ見えないうえに、真冬の星なので、寒い時期に外に出ることもままならなくて見たことが無かった。
『ねえ、今も晴れてる?』
『え、うん』
『ちょっと、南の空を映して欲しいんだけど』
『えー、やだ』
『寒いの?』
『ううん。全然。昼間はシャツだけで大丈夫だったよ』
『じゃあ、ちょっとだけ見たい星があるんだけど』
『この部屋からは星は見えないよ。外に出なきゃ。もう寝ようと思ってたし、知佳姉は泡盛で酔っちゃってもう寝ちゃってるよ。裕美が旅行で来た時に見ればいいじゃない』
『それはそうだけど……』
正美が写した写真には、ほ座やかじき座、がか(画架)座とか、見慣れない、見たことも無い星座も写っていて、裕美は気になってしかたなかった。
『星のことになると、人が変わるよね。ほんと』
『だよね』
和美と正美が呆れたように言う。
自分だったら、飽きるまで夜空を眺めているだろうと、その場にいないことのもどかしさを感じながら、裕美は送られてきた写真を見つめていた。




