第15話 私がいないからってナンパとかしちゃ駄目よ
引き続き俺達は水族館内を二人で見て回る。宇多津水族館は規模が大きいにも関わらず順路が決まっていない。だから順路は完全に自由だ。もっとも、事前に紗奈が見て回る順番を決めていたため俺はそれに従っている。
「へー、この青い魚ってナンヨウハギという名前なんだ」
「見た事はあっても名前までは知らない魚ばかりだよな」
「普通はいちいち名前なんて調べないもんね」
そう言えばナンヨウハギは小学生くらいの頃に紗奈と一緒に見た映画でも出てた気がする。そんな事を思い出しながら俺達は次の目的地である屋外のエリアへと向かう。
その目的はイルカショーを見るためだ。ゴールデンウィークで人が多いことが分かり切っていたため余裕を持ってイルカショーの会場へと行くことを決めていた。
「時間には余裕を持って会場に来たはずだけど、もう既にちらほら来てるわね」
「やっぱり俺達と同じ考えの人もいるみたいだな」
「とりあえず座りましょう」
俺と紗奈はステージがすぐ目の前にある最前列の席に座る。ここであればイルカショーがよく見えそうだ。後ろの方だとよく見えずに歓声が上がっても何が起きたのか分からなかったりするからな。
「それにしてもイルカショーなんて久しぶりだな、多分紗奈と一緒に大阪の水族館に行った時が最後の気がするんだけど」
「確かあの時は春人がイルカショーに夢中になってる最中に私のスカートにジュースこぼして喧嘩になったわよね」
「あれは喧嘩ってよりも紗奈が一方的に俺にキレまくってた記憶しかないんだけど」
「あの頃の私は本当に子供だったと思うわ」
そう口にした紗奈は過去を懐かしむような遠い目をしていた。もし今同じことが起きたとしても恐らく紗奈はそこまで感情的にならないと思う。あの日以降、紗奈は本当に雰囲気が柔らかくなった。ただし、時折体からドス黒いオーラを出すことがあるためそこは注意が必要だ。
何がきっかけでそうなるのかは分からないが、感情的に怒っているときよりも遥かに怖い。しばらく紗奈と雑談しながら待っているうちに人がどんどん増え始める。
そしてイルカショーがスタートする直前には観客席がいっぱいになり、立ち見が出る状況になっていた。やはり早めに席を確保しておいて正解だったと強く思う。
それからイルカショーが始まると同時にイルカ達は勢いよく水面から飛び出し、空中にぶら下がったボールを弾く。続いて飼育員が差し出した輪っかをジャンプでくぐり抜け、さらに水面に投げ込まれたフラフープを器用にクチバシで回し始める。
「イルカって本当器用よね」
「ああ、飼育員の人とも息がぴったりだし相当練習しないとこんなふうにできないはずだ」
そんな話をしながら俺と紗奈は二人でイルカショーを見続ける。人を乗せたまま泳いだり飛び跳ねて空中で回転したりと、イルカ達のパフォーマンスは最後まで会場を沸かせ続けた。
「ちょっとお手洗いに行ってくるわね」
「オッケー、この辺で待ってるから」
「私がいないからってナンパとかしちゃ駄目よ」
「いやいや、しないから」
紗奈を見送った後、俺は近くのベンチで座ってスマホをいじり始める。高校入学を機に買って貰ったスマホだが、楽しいため触り過ぎてしまう。ついつい歩きスマホをしそうになることもあるため注意が必要だろう。実際に水族館の中でも歩きスマホをしている人は少なからずいるわけだし。
そんなことを思っていると俺が座っているベンチの前を歩いていた女性が突然転びそうになる。その原因も歩きスマホをしていて足元の段差に気づかなかったためだ。俺は咄嗟に立ち上がって転びそうになった女性を抱き止める。
「大丈夫ですか!?」
「……ありがとうございます、助かりました」
女性は俺に抱き止められてめちゃくちゃ驚いたような顔をしていたが感謝の言葉を口にしていた。つい体が動いてしまったとはいえ下手したらセクハラになりかねない行動だったため、ひとまずは相手の女性が怒ってなさそうで安心だ。
だが次の瞬間、突然周囲の温度が下がったかのような錯覚に陥る。一体何事かと思って周囲を見渡すと紗奈が立っていたのだ。完全に無表情であるその瞳には闇を孕んでいた。




