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精霊国物語

【精霊国物語番外編】手に入れた日々に

作者: 夢野かなめ

 朝の鍛錬を終えたインターリは、卓の上の籠から杏を取り上げると、噛り付いた。


 瑞々しい甘さを楽しみながら、ぼんやりと部屋を見渡す。


 清潔な衣と、丁寧に仕上げられた調度品の数々。幼い記憶の中のそれらは、見た目こそ豪奢ではあったが、どれも目に見えない何かで穢れていた。


 精霊城でインターリとベッロにあてがわれた部屋は、こじんまりとしているが、どこも綺麗に掃き清められ、居心地が良かった。


 遠くから、グラウス兵の鍛錬をする声が聞こえてくる。


 カルヴァスからは「お前も鍛練に参加しろよ」と言われていたが、インターリはどうにも大人数の中に混じるのに抵抗があった。


 朝の早いカルヴァスが迎えに来る前に部屋を出て、一人鍛練をする。一度、策を講じたカルヴァスに掴まりそうになったが、その日は一日中逃げ回ったせいか、それ以降無理に鍛錬に参加させようとはしなかった。


 僅かに不満が膨れた胸に、インターリは鼻で笑った。


 精霊国は、実に穏やかだった。


 勿論、深淵の女王の存在や、影憑きの脅威というものはある。他地方とのいざこざも、インターリは耳にしていた。それでも、何処か心休まるような穏やかさがあった。


 そこに身を置いている自分に、吐き気を催すことがある。


 望んで訪れた筈なのに。


 ──いや、望んでいたのは、ベッロを守ることだけ。そこに僕は含まれていない。今でも、だ。


 それでも、精霊国という国は、精霊人は、二人を穏やかに受け入れた。


 ──本当、意味判んない。一番判らないのは、お姫様だけど。


 部屋を出たインターリは、すぐ近くの部屋に向かって(ろう)を歩き始めた。


 城内は、朝を迎え、たっぷりの陽を受け入れながら輝いて見えた。


 壁の呼び鈴を指で弾き、世話役が出てくる前に部屋を覗くと「インターリ殿」と怒気を含んだ声が言った。


「呼び鈴を鳴らしたなら、まずは私が出るまでお待ち下さい、と何度言ったら理解して頂けるのですか? 今は緊急時じゃないんです」


 ちらと新人の世話役を見下ろしたインターリは、鼻で笑った。小柄なインターリよりも彼女はより小さい。


「アーチェ、見て見て。一人で着れたよ」


 その時、続きの間からマリーエルが衣の裾を持ち上げながら現れ、「あっ」と声を上げたアーチェが恨めしげにインターリを睨み付けた。


「姫様がおひとりでお着替えを済ませてしまわれたではないですか」


「着替えぐらい一人で出来るでしょ、子供じゃないんだし」


「そういう問題ではないのです!」


 声を荒げるアーチェに、心配そうな顔をしたマリーエルが歩み寄って来る。インターリに向けて笑みを浮かべ「良い朝だね、インターリ」と言う。


 アーチェはマリーエルに深々と頭を下げた。


「申し訳ございません。まだ至らぬところがございますが──」


「あ、えっと、大丈夫だよアーチェ。気にしないで」


 マリーエルがパタパタと手を振ってから、アーチェの顔を上げさせた。まだこの新しい世話役はマリーエルの世話を上手く焼けないし、マリーエルは彼女との距離感を掴めずにいるようだった。


「ねぇ、アイツは?」


 二人のやり取りを無視して訊いたインターリに、マリーエルが首を傾げる。


「カナメのこと? 今日は早くから警備に参加するって言ってたよ。戻るのは夜だって」


「ふぅん」


 聞きながら卓の窓際に腰を下ろすと、アーチェの鋭い視線が刺さる。気が付かぬ振りをして卓に頬杖を突いたところで、マリーエルが向かいに腰掛けた。


「今日は鍛錬に参加しないの?」


「今日も、ね。僕はいいの。ちゃんと何かあった時の為に一人で鍛練してるんだから、いいでしょ」


 マリーエルは困ったように笑ってから、それでもそれ以上追及することはなかった。


 内心でホッと息を吐いたインターリは、マリーエルが茶を淹れる様子を眺め、自分の前に差し出された茶器に目を瞬いた。


「あれ、インターリはお茶飲まない?」


「……飲む」


 アーチェが運んできた朝餉(あさげ)を前に、再びマリーエルが問うような視線をインターリに向けた。インターリは小さく首を振り、窓の外に目を向けた。


 マリーエルがアーチェを誘い、共に食事を進めていく。


 風が吹く。


 マリーエルが、風を捉えるように手を掲げ、指を宙に泳がせる。煌めきが遊ぶようにマリーエルの周りを踊り始めた。


 ──精霊、か。


 マリーエルは小さく口ずさみ始めた。それに共鳴するように煌めきが明滅する。


 アーチェが緊張したように目を瞬き、マリーエルの様子を伺っている。


 ──突然、歌い出すなんて、本当よく判らない。


 アントニオによれば、随分とマリーエルのその性質は大人しくなったようだ。それは、大陸への旅と深淵の女王との戦いを経て、精霊姫としての力が高まり、精霊の力を正しく扱えるようになったからでもあった。


 大陸に居る間は突然歌い出すなどなかったが、それは精霊界が緊迫した状況にあったからで、ひとまず落ち着けた今は、精霊はよくマリーエルの許を訪れ、歌を重ねていた。


 ──ま、僕には視えないけど。


 再び風が吹いた。


「今日は雨が降るって」


「そうなの?」


「うん、風の精霊が教えてくれたよ。草花が喜ぶねぇ」


 ニコニコと笑うマリーエルに、アーチェがホッとしたように笑ってから言った。


「姫様。菓子職人から新しい焼き菓子が届いたのですが、今食べられますか?」


「食べる!」


 瞳を輝かせるマリーエルに、アーチェは微笑みを向けた。


 その表情は、大陸で失ってしまったすみれ色の瞳を思い起こさせた。


 マリーエルの瞳の奥に僅かに寂しさが滲むのをインターリは感じ取った。


 ──アイツ、何でアメリアの真似なんてするんだろ。全然似てないくせにさ。


 インターリはアーチェを目で追い、それからマリーエルに目を戻した。マリーエルの瞳の奥に寂しさはもうなかった。「どんな焼き菓子かなぁ。カルヴァスも喜ぶね」と期待に胸を膨らませている。


 ──僕に、こういうのは判らない。


 立ち上がったインターリに、マリーエルが目を丸くする。


「行っちゃうの」


「だってさー、そろそろアイツ来るでしょ」


「アイツ──アントニオ? また課題放り出したの?」


 (たしな)めるように言うマリーエルに、インターリは振り返ってニヤリと笑った。


「お姫様に言われたくないね。散々アイツのこと困らせてきたんでしょ」


 インターリの言葉にマリーエルが、うっと呻く。


「インターリ殿! 姫様に向かってそのような口の利き方──」


「はいはい。じゃあ、お姫様、また夜にでも来るよ」


 ひらひらと手を振ったインターリは、アーチェの追撃を躱し、廊に出た。


 インターリは人の気配を廊の先に感じると、道を外れるか、引き戻すかしてやり過ごした。穏やかに時が流れる城内だが、やや人の行き来が多い。十数年、人から隠れるようにして生きて来た身には、今更辛かった。


 ふぅ、と息を吐いたインターリの耳に、甲高い悲鳴が届いた。


 ──ベッロ……!


 インターリは声のした方へ駆けた。


 飛び込んだ(くりや)で繰り広げられる光景に、足を止める。


「ほらぁ、インターリ殿が来たわよ、ベッロ」


 厨の女達に囲まれたベッロが、瞳を輝かせてインターリを見やる。嬉しそうにアウアウ鳴きながら、千切れんばかりに尻尾を振り、インターリにのしかかった。


「止めろって。舐めるな……。──今ベッロの悲鳴が聞こえたんだけど?」


 インターリの咎めるような声に、女達は目を見合わせてふっと笑う。


「ベッロったら、この人が作った肉の煮込みが美味しすぎて飛び跳ねて、そこの棚に頭をぶつけたのよ」


「ねぇ。きっとすぐにインターリ殿が来るわよって話してたら、ほら」


 女達は楽しそうに笑い合う。


「そう。ベッロ、美味しい。だった」


 変態したベッロが、インターリに頬ずりしながら言った。


 慌てた様子の女達が、卓布を広げてベッロの体に掛けた。


「ほらぁ、そうやって姿を変えては駄目だと言われているでしょう?」


「……知ってる。だった。ごめんなさい」


 項垂れるベッロの頭を、女達は愛おしそうに撫でた。


「少しずつでいいのよ。マリー様のお側に居るに相応しい姿で居る為に、頑張りましょうね」


「体術も習い始めたんですものねぇ」


 女の言葉に、ベッロは誇らしげに腕を突き上げた。


「そう。マリー、守る、だから!」


 その拍子に肩からはらりと落ちた卓布を、女が優しく戻す。


「インターリ殿、肉の煮込み食べていきます?」


 女が鍋を示して言った。確かに厨には肉の良い香りが漂っている。しかし、インターリは顔を背けた。


「食べない」


 インターリの言葉に、女達は顔を見合わせて笑い合う。


「あら、そう。じゃあこれを持っていきなさいな。この人が作った干し果実。甘みが増していて美味しいわよ」


 そう言って、壷から干し果実を幾つか取り出すと、包みにくるんだものを差し出した。


 じっと包みを見つめるインターリの前で、ベッロが鼻をひくつかせた。


「甘い匂い」


「ベッロも食べるでしょう」


「うん!」


 尻尾を振ったベッロの口に、女が干し果実を咥えさせた。


「美味しい!」


 瞳を輝かせるベッロに、女達は嬉しそうに微笑む。


 女は、インターリの手を取ると、その手に包みを乗せた。


「干してあるんだから、すぐに食べなきゃならない訳じゃないからね」


「……知ってる」


 包みを手に立ち上がったインターリに、ベッロが首を傾げる。


「行く?」


 肩越しに振り返り、口端を上げる。


「アイツの課題をやらないとだろ。またグチグチと文句を言われるのは御免だね。お前もちゃんとやりなよね」


 その言葉に、ベッロは満面の笑みを浮かべた。


「ベッロ、終わる、だった。課題」


「……は?」


 笑みを浮かべるベッロを、女達は撫で回す。ベッロは嬉しそうに腰を屈め、頭を撫でられている。


「ベッロは賢い子だものねぇ」


「そう、ベッロ、打てば響く。アントニオが言う、だった!」


 撫で回されるベッロを暫く見つめたインターリは、ふいと顔を背け、廊へと出た。


「インターリ、マリーの所、行く?」


 ちらと振り返り、インターリは答えた。


「夜ね」


「判った!」


 そう言ってぶんぶんと手を振るベッロから視線を外し、インターリは廊を歩き出した。


 ──此処に来てよかった。


 素直にそう思えている。


「おぉ、インターリじゃないか」


 その声に、インターリは姿を確認せずに駆け出した。豪快な足音が駆けて来て、肩を掴まれる。


「逃げるな逃げるな。全くお前は面白い奴だなぁ。王に声を掛けられて逃げる奴なんて居ないぞ。やましいところがある奴でも、とりあえずは取り繕うものだ」


 カオルが可笑しそうに笑った。


 思い切り顔を(しか)めたインターリの頭をくしゃくしゃと撫で回す。


 インターリはその手を払いのけたが、力強く撫で回す手は、びくともしなかった。


「……ちょっと、止めてくれる」


 仕方なく不機嫌さを滲ませて言うと、パッと手を止めたカオルが笑った。


「いや、すまんすまん。俺は猫も好きでな」


「……僕は猫じゃないけど」


 それを聞いてか聞かずか、カオルは中庭を示した。


「戦ろう」


「……は?」


「俺が此処に留まれるのも、お前をこうして捕まえられるのも、そうあることじゃないからな」


「忙しいなら、休んでればいいんじゃないの」


 カオルが、後ろに仕えていた新しい王佐に目配せすると、王佐は近くの部屋を覗き込み、兵に訓練用の剣を取って来させた。


 引っ張るようにしてインターリを中庭に連れ出すと、カオルは届いた剣を押し付ける。


「戦るぞ」


 じとりとカオルを睨み付けたインターリは、目を瞑って息を吐くと、薄く笑った。


「いいよ。アンタを叩きのめしてやるよ」


 王佐が険しい顔をしたのを無視し、インターリはカオルの前に立った。


 互いの間を読み合う。


 しかし、インターリはその間を敢えてずらし、地面を蹴り上げた。土埃が舞い、カオルの視界を隠す。背後に回り、脚を蹴り飛ばそうと足を伸ばした。


 カオルが、すぐに肩越しに見やり、剣を薙ぐ。インターリは伸ばしていた足を地面に叩きつけるようにして止め、引いた。


「相変わらず卑劣な技だ!」


「うっさいな。勝てれば何でもいいでしょ。アンタらは随分お上品な手ばかりだね」


 吐き捨てるように言うと、カオルは豪快に笑い、次の瞬間には振りかぶった剣をインターリ目掛けて振り下ろした。


 ──マズイ。


 カオルの腕力で振り下ろされた剣技など、インターリの腕では受け止めきれない。


 インターリは身をずらし、転がるようにして剣撃を避けると、その足でカオルの腕目掛けて剣を振り上げた。ガンッと籠手に当たり、衝撃が腕を振るわせる。


「これでアンタの腕は飛んだね」


 インターリを見下ろしたカオルが、ニヤリと笑う。


「お前は、胴で真っ二つだな。余計小さくなる」


 カオルが揮った剣は、インターリの胴を横に斬り裂くように当たっていた。


 チッと舌打ちしたインターリの頭に、カオルが腕を置く。


「いやぁ、お前との戦り合いは楽しいな。お前は全力だもんな」


「はぁ? 当たり前でしょ。──いや、王相手だから遠慮したけど?」


 言い直すインターリに、カオルが豪快に笑う。王佐が持って来た手巾で汗を拭い、持って来させた水瓶から水を()んでインターリに差し出した。


 手巾で汗を拭ったインターリは、杯を受け取ってから木陰に移動して水を飲んだ。


 ──何が楽しいんだか。


 カサリ、と懐から包みが落ちた。


「おっ、干し果実か」


 カオルの声に、インターリは包みを懐に仕舞った。


「あげないよ。これは僕のだから」


 ふいと顔を背けると、目を瞬いたカオルがクツクツと笑い始める。咎めるように声を上げた王佐を、カオルは手で制した。インターリ、と呼ぶ。


「お前、俺の許に来ないか。マリーエルの隊には加わらないんだろ」


「……は?」


 今後も深淵の女王、影憑きとの戦いが続くと予想される為、精霊姫であるマリーエルの許に、隊を編成することとなっていた。勿論、インターリも声を掛けられていたが、それを断っていた。


 ──何かに属するなんて御免だ。


「嫌だね」


「今、俺には俺の指示で即座に動ける者が必要だ。お前の腕なら申し分ない。マリーエルの許に居るつもりがないなら、俺の許に来い」


 インターリは振り返り、カオルを──グランディウス王を静かに見つめた。


 フンッと鼻を鳴らす。


「アンタにこき使われるなんて嫌だね。僕は、あのお姫様の許に居る。それはお姫様の兵としてではなくて──ただの僕として」


 インターリの言葉に、カオルがガシガシと頭を掻いた。んー、と唸る。


「判っているとは思うが、それで納得するものは多くない。此処では皆が支え合い、互いの立場を認め、生きている」


「……そんなの、知らないね」


 インターリは顔を背けると、歩き始めた。立ち上がったカオルが追い掛けてくると、ガシリと頭を掴んで撫でた。


「だから、撫でるなって」


「俺はいつでも待っているから、気が変わったら言えよ」


「変わらないよ。僕がついて来たのは、お姫様なんだから」


「……そうか」


 カオルはパッと手を離した。搔き回された髪を整え、インターリは後ろも振り返らず歩き出した。




「ここも違いますね。本当にちゃんと考えましたか?」


 呆れたように言うアントニオに、インターリはチッと舌打ちした。その瞬間に顎を掴まれる。


「それも、およしなさい。全く、これはとんだ問題児です」


「悪かったね。というか、僕にはこの国の歴史とかどうでもいいから」


 じっとインターリを見下ろしたアントニオは、眉を寄せた。はぁ、と息を吐く。


「貴方は姫様のお側に居たいのでしょう? それならば色々と態度を改めねばなりません。貴方に興味がなくとも、姫様が連れている者達がこの程度だと、そう思われてしまっては、姫様の立場というものもあります。姫様はお優しい方ですし、そうした作法にはあまり気を向けられない方ではあります。しかし、だからといってそれを良しと、他の方に、他の国に受け入れられる訳ではないのです。大陸出身の貴方なら判るでしょう? 周りがそういった脅威から姫様をお守りしなくてはならない。守るとは、ただ武力のみを指す訳ではありません。カルヴァスだって、鍛えているのは剣の腕だけではない。判りますね? 貴方の頭は全くの使い物にならない訳ではありません。十分な知識を蓄えることの出来るものです。そうでしょう?」


 長々と語られた言葉に、舌打ちをしかけたインターリは、それを堪えると目の前の書物に目を落とした。


「確か貴方は五歳になるより前に、組織とやらに入った……いえ、連れて行かれた。そうでしたよね」


「まぁね。詳しいことはもう覚えてないけど」


 覚えているのは燃え盛る炎と、悲鳴だけ。


「子供を連れ出し知識を与えないとは、とんだ組織ですね」


 不快そうに言うアントニオの姿に、インターリは思わず笑った。


「なにそれ、アンタやっぱり変わってるね。それに知識なら与えられただろ。殺しの知識をさ」


 ニヤリと笑うインターリに、アントニオは眉間を押さえる。


「まぁ、それらも決して知識ではないとは言いませんが。今の貴方に必要な知識とは程遠いものでしょう。あぁ、ベッロのように打てば響くような方だったなら。マリー様よりなかなか手強いですよ、貴方は。判っていて、その態度を改めないのですから」


 その言葉に、インターリは顔を顰めた。


「僕って、知ったような口を利かれるの嫌いなんだよね」


「はい、知ってます。──さて、どうすればこれらのことに興味を持って頂けるのか。貴方もこの国の一員なのですからね。簡単な歴史ぐらいは押さえて頂かないと」


 インターリは、ふいに胸に巻き起こった感情に、小さく呻いた。


 ──どうして、こいつらは、いつも……。


 眉間に皺を寄せていたアントニオが、視線を窓の外に向けた。


「今日はここまでにしましょう。課題はこちらの書物のここからここまで。また明日確認します。私は今からこの答案を元に少し考えさせて頂きます」


 インターリは、差し出された書物を受け取ると、講義室を出た。


 手元の書物を見やり、薄く笑う。


 ──こんなもの、必要に迫られる以外に手にすることなどないと思っていたのに。


 自室に帰ったインターリは、寝台に身を投げると長い息を吐いた。


 見慣れてきた自室に、苛立ちに似た喜びが胸に灯る。


「この僕が、ねぇ……」


 パラパラと書物を捲っていたインターリは、いつの間にか眠りに落ちていた。


 目を覚ますと、遠く話し合う声が聞こえてきた。


 室内は暗く沈み、窓から見える空には星が瞬いている。


 小さく呻いてから体を起こし、インターリはマリーエルの部屋へと向かった。


 楽しそうに笑う声が聞こえてくる。


 壁の呼び鈴を指で鳴らす。すぐにアーチェが出て来て、ついと視線を上に向けた。


「寝癖が付いてます、インターリ殿」


 アーチェの見つめる辺りの髪を指で梳くと、アーチェが「姫様がお待ちですよ」と部屋を示した。


 インターリは、ふぅんと答えてから部屋を覗いた。それに気が付いたマリーエルが、笑顔を浮かべて手招く。


「あ、インターリ、起きたんだね。そろそろ呼びに行こうと思ってたんだよ。ねぇ、ベッロ?」


「そう。ベッロが呼びに行く。マリーと話す。だった!」


 ベッロがインターリに抱きつき、すりすりと頬ずりをした。それを手で押し返しながら卓へと近づくと、続きの間からカナメが顔を出した。


「あぁ、インターリ起きたのか。今日は木苺を貰って来た。君はこういう物が好きだろう?」


 籠に盛られた木苺は、瑞々しく光り、美味そうだ。


「まぁね。というか、本当アンタって色んな所から色んなものを貰ってくるよね」


「カナメは愛され者だもんねぇ。色々と聞くよ」


 マリーエルの言葉に、カナメが首を傾げる。


「そう、だろうか。皆、色々とよくしてくれているとは思うが、それはそれだけ親切な人が多いということじゃないのか」


 口を曲げたインターリの頭上に、重みが加わった。


「おー、皆揃ってるな。腹減ったー」


 カルヴァスが卓を見下ろし言った。その手を払うよりも先に、カルヴァスは定位置に腰を下ろした。


「どうだった?」


 マリーエルの問いに、カルヴァスは片眉を上げる。


「まぁ、ぼちぼち。隊を編成するにも色々あるな。勉強になるぜ。ま、任せとけって」


 そう言って、立ったままのインターリを怪訝そうに見つめる。


「何ボーっとしてんだ。早く座れよ。お前はそこだろ。窓際」


 そう言って指で示す。


「判ってるよ」


 インターリは、窓際の椅子に腰掛けた。窓の外に視線を向けながら、話し合う声に耳を傾ける。


 ──あぁ、本当にアンタ達は、いつもこうやって……。



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