星のない宇宙で④
― 二か月後(宇宙暦500年8月)―
銀河と銀河の間の空間は極端に星が少ない。地球からの距離170万光年。あんなに眩しく巨大だった銀河系はもはや明るい大きな星にしか見えない。<スペースインパルス>はその”星のない外洋”でトスーゴとの戦いを繰り広げていた。
メインブリッジ。
ようやく美理は復帰し第二サブレーダーを担当している。
トレードマークのカチューシャは元気なオレンジ色だが、本人は疲れている。周囲を明るくしていた笑顔は見られない。それでも一生懸命に任務に励む。
「攻撃開始!」ロイの檄が飛ぶ。
「発射!」第一主砲主任リックがレバーを引く。クリスの弟。
主砲が一斉に火を噴く。
トスーゴの戦艦<バノラス>に命中。船体は木っ端微塵になる。
別の主砲弾は駆逐艦<バアドス>数隻を沈める。
両舷のホーミングアローは光の矢を描いて次々と艦載機<ザドラ>と<メドラ>を撃破していく。
下から十数隻の巡洋艦<イギャロン>の砲撃が来る。
”シンクロ”状態のサライはその砲撃をかわす。
下へ。インパルスの艦載機<スペースコンドル>が編隊を組んで一斉攻撃。
その新兵器の大型ビームは<イギャロン>を一撃で破壊する。
「やっりー!」リュウ戦闘機隊隊長は雄叫びを上げる。
ロミ副隊長は静かに親指を立てる。「ほんと子供みたい」と呆れる。
インパルスは艦隊の中心に構える旗艦大型戦艦<ガルバス>に迫る。
「ウィングサーベル展開!」
インパルスの主翼から光の刃が伸びる。大型のビームブレードだ。
旗艦を含む数隻が真っ二つに裂かれ爆発する。
インパルス一隻で50を越える敵艦隊を撃破する。
銀河系の内外で数え切れない戦闘が行われていた。
勤務を終えた美理が医務室に来る。
「こんなに頻回に来て大丈夫なの?ちゃんと休めてる?」マリアンヌ看護師長が尋ねる。
「大丈夫です」美理が答える。でも目の下にくま。
二か月が過ぎても明はまだ眠ったまま。
ベッドを起こす。見舞いに来ていたボッケンが手伝う。
ボッケンはシェプーラ星の高等生物。地球の馬に似るが頭部は犬に近い。高い知能に加え視力聴力は人類を凌駕する。速力は時速300kmに達し、刀を咥えての戦闘力は高い。故郷で明に命を助けられ、以後「兄き」と慕う。
明の眠るベッドは円柱状の介護用に変更されている。バイタルサインのモニタリングや床ずれ予防として自動で人工重力の向きを変える機能を持つ。食事は皮膚吸収栄養剤、排泄はマイクロブラックホールを応用した処理システム、筋力を保つために手足を自動で動かすリハビリ装置と至れり尽くせり?
美理はスプーンでスープをすくって明に食べさせる。食べなくても栄養は足りるが嚥下や消化の機能の維持のために時々は必要だ。明は上手に飲み込む。
「おいしい?」
答えは帰って来ない。
口のまわりに付いたスープを拭く。ボッケンは黙って病室を後にする。
次はリハビリだ。明の手足を曲げたり伸ばしたり。体力が要る。やらなくても機械がしてくれるからただの自己満足かもしれない。それでも美理は自分でしたかった。
ナースステーション。
麗子は窓越しにその光景を見ていたが、入って来たドクターQに声をかけられる。
「すまん。やっと手が空いた。聞きたいことって何だ?本当に君は勉強熱心だな」
「先生。ESPで夢を見せていたのはリインだけだったのでしょうか?」
「ん?どういう意味だ?」
「敵のESP攻撃でレイプに近い性的な夢を見た女性が少数いました。私にはリインが、いいえ女性がそんな夢を見せたとは考えられないのです」
「うーむ・・他にも潜入者がいると言いたいのか?」
「それはわかりません」
偶然居合わせたアラン副長が「その話、詳しく聞きたい」
「わ」麗子は真っ赤になって驚く。
麗子は説明する。高校でナオミことリインと親しかったこと。彼女がそんな夢を見せるとは思えないこと。
「リインの言葉で気になっていたことがある」
アランはボイスレコーダーを再生する。明との決闘の終盤の言葉。
『<スペースインパルス>への潜入任務に私も志願したのはその答えが知りたかったからだ』
「これが何か?」
Qは分からないが、麗子が気づく。
「”私が”ではなく”私も”と言っている!」
アランはうなずき、「スパイは他にもいた。今もいるのかすでに退艦したのかは分からないが。・・君の名前は確か・山岡?」
「山岡麗子です」
「優秀だな」
Qが「技術班にはやらんぞ。副長なぜここへいらしていたのです?」
「先生も弓月明の戦いは見ていましたか?月の衝突の直前、落下が止まったように見えませんでしたか?」
「ああ。念動力でよく止めたなと感心した」
「あれはおそらく念動力ではありません。映像を見直すと、月だけでなくあの一帯の破片などが空中で止まっていました」
「?」
「”那由他”の答えも私と同じです」アランは深呼吸して「彼は時間を止めた」
「!」 「まさか」 驚くふたり。
「回収された弓月明の時計は3.34秒遅れていた」
「そんな・馬鹿な」
「彼は時間を操れるのかもしれません。5年前に彼が発見された時に眠っていた冷凍睡眠装置、当時の技術では耐用年数はもって100年。500年以上も眠り続けることは出来なかった。つまり・・彼は過去から時を越えてやって来た、もしくは時を止めていた」
「そ、それは想像にすぎん。副長はもっと現実的な考えをする方だと思っていた」
「私はデータを読んだだけです。しかし時間を操るには代償が要るのかもしれません。先生は5年前にも彼を診ています。5年前と今と状態が似ていると思いませんか?」
「あの時は半年経っても目覚めなくて”記憶”を注入した。一種のショック療法だ。記憶は消滅するようプログラミングされていた」
「もう一度やってみてはいかがでしょう」
Qは躊躇する。あの時使ったのは死んだ息子・了の記憶だった。人体実験とたたかれ学会を追放された。苦い思い出だ。
美理が病室から出てくる。麗子に気づき手を振る。
麗子も振りかえす。「おつかれさま。お茶していく?お菓子あるよ」
「食べるう・・!」
言ったあとで美理はアランに気づく。一瞬固まったあと、真っ赤になってお辞儀。小声で麗子に「何で副長いるって言ってくれなかったのよお」
「今の話、口外しないようにお願いします」
そう言うとアランは美理と入れ違いに医務室を出て行く。
Qは病室の明を見て、
「まさか・な」