星のない宇宙で③
<スペースインパルス>メインブリッジは重い空気に包まれていた。
流艦長の妻エレーヌと息子啓作が異星人で、娘の美理と孫の望は異星人とのハーフというのは知っていたが、その異星人がトスーゴだという事を乗組員たちは初めて聞かされた。
「・・・」
二コライ機関長兼整備長が耐えきれずコンソールを叩いて立ち上がる。
いつもは陽気なじいさんが真剣な表情で「ええい!うっとうしい! ロイ!『美理ちゃんかわいい』って言っていたのはどこのどいつだ? サライ!『艦長に一生ついて行きます』と言っていたんじゃなかったか?」
苦笑いする二人。
「ピンニョ、明はまだあのまま?」グレイが尋ねる。
戦闘副長のグレイはイケメン元情報屋。明たちと共に乗艦した中では出世頭だ。
「うん。眠ったまま」
通信補助のピンニョの外観は黄色い小鳥。DNA等が改造された元実験動物でヒト並の知能を持つ。
「そうか、前からよく寝る奴だったけどな。残念だよ。明は戦局を変える力があったかもしれんのに」
そう言うニコライをグレイが睨む。
「すまん。今も明は頑張っているのにな」
「いえ」グレイは苦笑しながら「珍しいですね。機関長がずっとここにおられるなんて」
「ようやく現場を任せてもいい部下が出来たからな」嬉しそう。
機関室。黙々と働くマーチン。
移民星ブウ出身のちょっと太めの青年。帯電体質。乗艦後メカニックの腕はさらに磨きがかかっている。忙しいはずなのに体重は増えている。
メインブリッジのドアが開く。
「艦長」
流をクリス索敵情報長が敬礼で出迎える。退院して現場復帰した。
「おつかれさまでした」同じくサライ航行長が敬礼。スキンヘッドがきらり。
流は艦長席に座る。
皆が流を注目する。
「補修作業およびエンジン最終チェック完了」ニコライが親指を立てて合図。
「全兵装の点検完了しています」ロイ戦闘長。
「食糧弾薬を含めすべての補給完了」ショーン通信長。グレイの妻。
「半径1光年内に敵影なし」クリス。
『那由他です。全システム異常おまへん』那由他はインパルスのメインコンピューターだ。
「艦長、発進準備すべて完了しました」アラン副長が報告する。
アランは<ロトス=オリ>出身。ヒューマノイドだが目はなく髪の毛が視覚の役目をする。常に物事を冷静に論理的に捉えるが人間味も出てきた。
「うむ」流は前を見る。
副操縦席には明ではなくアッシュがいる。サブレーダー席に美理の姿は無い。
遅れてシャーロットがメインブリッジに到着。望は託児所に預けてきた。担当は葵だ。生活班の葵は食堂のウエイトレスから託児所勤務に異動。艦内の子供の数は激減し、もう10人もいない。(夜はスナックマリアンヌでバーテンダーをしている)
流はマイクのスイッチを入れる。
「これより本艦はM31アンドロメダ銀河へ向かう。総員配置に着け」
艦内に警報が鳴り響く。
「補助エンジン始動」ニコライの命令を受け、
「補助エンジン・始動!」機関室のマーチンが復唱する。
マイクロギャラクシーエンジンがうねりを上げる。
「ステーションゲートオープン」
扉が開く。目の前には滝、巨大な水の流れ。
「<スペースインパルス>発進!」
「微速前進」サライがレバーを引く。
ゆっくりと巨艦が動き出す。
インパルスはゲートを出る。水中へ。
水流は激しいが、艦は流されはしない。しばらく水中を航行後、滝からその姿を現す。
「メインエンジン始動!」
外には銀河系が視界いっぱいに広がる。まばゆい約2000億の星のきらめき。
「針路反転175度。上げ舵46度」サライは操縦桿を傾ける。
回頭。銀河系を背にする。
「メインエンジン出力50%。機関異常なし。両翼バランサー正常」
「針路オールグリーン」
「この星系を出たらワープに入る。ワーププログラミング」
「了解しました」シャーロットはコンソールに向かう。
<スペースインパルス>は速度を上げる。みるみる見えなくなる。
ルリウス星。
美理と麗子の故郷。地球からの距離250光年。地球に似た環境の移民星である。
同級生の朋ちゃんは地元の大学に進学した。
下校中の朋ちゃんは人だかりに気づく。美理の家の方だ。
「何で?」
”KEEP OUT”と書かれたバリアーが張られ、銀河パトロールが美理の家を家宅捜索している。
「おばちゃん。何があったの?」ヒョウ柄の服を着たおばさんに尋ねる。
「トスーゴっておったやん。流さんとこの美理ちゃん、高校中退してそのトスーゴに入っとったらしい」怪しい宗教か不良集団のような言い方。
「美理が?ありえない」
このルリウスをも攻撃し、銀河連合の首都星を破壊した神を名乗る異星人トスーゴ。あの優しい美理とそんなものがどうしても一致しない。
朋ちゃんは麗子に連絡を試みるが、作戦行動に入った<スペースインパルス>には繋がらなかった。
「陽動ですか」ロイが訊き返す。
中央作戦室でメインスタッフは自分たちに課せられた任務を伝えられた。
「たった一隻で?」サライが尋ねる。
「本艦以外にも複数の艦が陽動作戦の任に着いている。トスーゴは本艦を重要視している節がある。単独は本艦のみだ。銀河連合艦隊がアンドロメダ銀河へ向かいやすいように敵の注意をそらすのが目的だ」
「しかしあのアンドロメダの兵器はどうなのです?」
「そうです。また撃たれたら手も足も出せません」
「エスザレーヌの話だとあと3ヶ月は発射されないとの事だ」
「根拠があるのですか?艦長」
「わからん。情報源は教えてもらえなかった。もしかしたら内通者がいるのかもしれない」