流血のアンドロメダ①
第2章 流血のアンドロメダ
<悪魔の目>―ビッグアイー
アンドロメダ銀河M31の手前にある巨大な”目”の形をした天体である。
銀河系のこと座リング星雲(M57)に似るが、中央に恒星があり、より”目玉”に近い。ひし形~楕円形の白目にあたる惑星状星雲と黒目にあたる赤色巨星よりなる。元々は三連星であったが二つは超新星爆発を起こして二重の惑星状星雲となり、残りの一つは赤色巨星化し、いつ超新星爆発を起こしてもおかしくない。その周囲には暗黒星雲が広がっており銀河系からは見えない。アンドロメダ銀河側の暗黒星雲は巨大な”手”の形をしている。
ここが銀河連合艦隊とトスーゴ第三艦隊の決戦の場になる。
ニコライがため息をつきながら言う。
「果たし状か。リインの一対一の決闘といい、奴らは騎士か侍なのか?」
「ご丁寧に案内図まで付けてくれました」クリスがボタンを押す。
メインパネルに<悪魔の目>の星図が表示される。
「どうだアラン」流艦長が訊く。
「惑星状星雲内には二つの白色矮星*が存在します。その重力は侮れません。場所によっては重力の干渉で航行不能になります。また中心付近ではレーダーは使えないでしょう。すなわち艦載機等の遠隔操縦もできません」*超新星爆発を起こした恒星は白色矮星もしくは中性子星かブラックホールとなる
「有視界戦闘に備える必要があるという事か」
「罠も想定されます。現在位置から約束の時間までに到着するためには暗黒星雲の隙間、この・・谷というかトンネルというか狭いエリアを通らないと間に合いません。格好の的になります」
「敵さんの地元だからな。完全なアウェイだな」ニコライが茶化す。
「インパルスの量産が間に合えばよかったのだが」
「12隻完成しているはずだ。だがアンドロメダは遠すぎる。今度の戦いには間に合わない」ロイとサライ。
アランが手を上げる。
「先程の私の見解も艦隊司令に伝えてあります。大統領が指示された重大発表まであと10分。よい機会ですので他次元生命体とトスーゴについて私の考えを述べてもよろしいですか」
「やってくれ」
「私は学生の時、生物の最終進化形態は何だろうと、友人と討論したことがあります」
「そんなん話し合うか?」 「しいっ」 ニコライとショーン。
「肉体が退化し知能が発達した頭でっかち?機械生命体?私が考えたのは肉体を持たない精神だけの生物でした。それは霊?プラズマ?となるのか?・・とにかくあれは、明のクローンに憑いたものはそれに近い存在ではないかと思いました」
「・・・」
「パミィによると、他次元生命体はこの宇宙で活動するにはクローン体などを介さないと活動できない。寄生みたいなものでしょうか」
「デコラスもそうらしいが、奴は自我を持っていたぞ」グレイの意見。
「恐ろしい」ショーロットがぽつりと言う。
「近いものは他に確認されています。リインの身体から出たエネルギー体です」
「ああ、あの幽体離脱」ロイが腕組みする。
「リインは”依代”という言葉を使いました。あの身体は入れ物にすぎず、トスーゴの本体は精神体なのかもしれません。そしてつい最近似た映像が撮られました」
サブパネルに医務室の映像が流れる。
ベッド上の明、傍に美理と麗子とピンニョ。サーモグラフィのようなエネルギー分布画像に変わる。ピンニョから球体が飛び出し、消える。
「パミィか」流がつぶやく。
「リインのものと似ている。いや同じだ」 「パミィはトスーゴ?」
「ちょっと待ってください。他次元生命体とトスーゴは同じようなもの?とお考えなのですか?」
グレイの問いにアランは息を吐き、
「正直よくわかりません。情報不足です。ですがそれはあり得ることです」
「彼らは敵対しているんだぞ」
「艦長、時間です。旗艦からの通信です」ショーンが機器を操作する。
「艦内各所モニターに映せ」
メインパネルにエスザレーヌが映る。隣にいる大男は戦闘指揮をとるキキイ星のフォア―ロン提督だ。ネコ科はネコ科でもトラに類似。同じキキイ星人のハット&ラーも戦闘機パイロットとして参加している。
『親愛なる銀河連合の戦士諸君。決戦の時は来た』
メインブリッジ。皆起立して聞いている。
『敵は神を名乗る異星人だ。手ごわい。君たちの中にも命を落とすものも出るだろう』
戦闘隊のブリーフィングルーム。リュウ下コンドル隊もガルム下の陸戦隊も大人しく耳を傾けている。
『だが我々は勝ってここまで来た。我々には力がある。戦ういや戦わなければならない理由も矜持もある』
機関室。多くの者が手を止めている。新人カンナの視線の先、マーチンだけは黙々と作業を続けている。
医務室。麗子はモニターから視線を移す。明はまだ眠り続けている。
『私は戦いを好まない。だがあの故郷の悲劇を再び繰り返させてはいけない。そのために今は戦わなければならない時だ』
他の銀河連合艦でも乗員が通信を聞いている。ヒューマノイドだけではなく、犬に近い種族、猫に近い種族、半魚人(ブリッジは水中)、軟体動物にしか見えない種族、昆虫人、ケイ素系の岩石人、ロボット、銀河系に生まれたありとあらゆるものたち。
『たとえ相手が我々をつくった者だとしても』
美理の身体がぴくりと反応する。
『我々は生き残るために戦う』
エスザレーヌは瞼を閉じる。そして開く。今は無き故郷のように蒼い瞳。
『未来のための戦いを共に戦おう。そして勝利と平和をつかむのだ』
どこからともなく歓声が上がる。それは波のようにうねり大きく大きくなる。
彼女らしくない熱い演説だと流は思った。戦意高揚のためには仕方ないと。
『全艦発進!』
約16,000隻の艦隊が一斉にエンジンを噴射。アンドロメダ銀河の手前に広がる暗黒星雲へ向かう。




