短編 勇者のオレ、女神の姐さんに魔王のタマ獲ってこいと言われた〜真の極道になるために鉄砲玉、やります〜 後編
白い天井。サブはここがどこか見当もつかなかった。
『オレは勝てたのか?』
一瞬前の記憶を遡る。風魔法の突風に乗って邪神の肉体をえぐり心臓に聖剣(長ドス)を刺しこんだ手応えがあったところで意識が途切れている。
『アレは絶対死んでるよな普通……。というか、ここはどこだ?』
どうやら自分はベッドに寝ている。上体を起こして周りを見ると、白いカーテンで仕切られた空間で白いシーツを被っていて、ベッドには落下防止のためなのか手すりが着いている。極めつけはディスプレイだ。真っ黒な画面に数字やグラフのようなものが映っている。
『これではまるで───』
「元の世界だよ。」
突然声をかけられてサブは驚き、その方向へ振り向く。すると着物姿の女性がこちらを見て微笑んでいる。彼女の姿を見て自分が安堵したのがわかった。
「姐さん……。」
ここがどこかはわからないが、転生の女神こと姐さんとこうして話せているということは邪神の脅威は去ったことを意味するだろう。気掛かりが無くなり余裕が出始めたサブは姐さんの言葉を反芻した。ん?元の世界って……。
「オレは勝ったんですか?それと、ここが元の世界ならなんで姐さんがここに……。それに【世界を渡る扉】は邪神が暗黒魔法で吹き飛ばしちまったはずじゃ……。」
サブは姐さんを質問攻めにしつつ、姐さんの違和感に気づく。姐さんは肩の辺りまで伸びた黒い髪に抑え目の模様が入った黒い着物姿で、サブがいつも姐さんの組長室で対峙するまるで花魁のようなファッションとだいぶ違う。
「それはね。アンタの魂をこのペンダントに移して、ウチが世界を渡って運んだのさ。そして元の身体に魂を戻した。」
姐さんはそう言ってペンダントを着物の裾から取り出した。クリスタルの結晶のようなそれは室内照明の光を反射してキラキラときらめく。サブは段々状況が飲み込めてきた。
「約束……守ってくれたんですね……。」
サブは姐さんと初めて会った時に交わした言葉を思い出す。姐さんは微笑みを絶やさずにゆっくりと頷く。
「よくやってくれたよアンタは……ホントに。ご苦労さま。ありがとう。いくら感謝してもしきれない。」
サブは今までの苦労が報われた思いに泣きそうになるが、堪えて平然を装いながら、改めて周りを見回す。そうか、ここは病院。元の世界の病院の、集中治療室?というやつか?病院とは縁遠い生活を送っていたサブはテレビドラマで得た知識でそう判断した。
「さて、ひとつ謝らないといけない事がある。」
姐さんの声のトーンがひとつ下がる。サブはなんだろうなと思う。邪神はもういないし、自分は元の世界に帰ることが出来た。何か問題があるのだろうか。
「もうひとつの約束、ウチの加護を受けたままアンタの世界に帰すってハナシ。実はアレはできないんだ。世界間の移動で聖なるチカラをウチが使っちまってね……。本当にすまない。」
そういえばそんな約束をしていたなとサブは思い出した。元々は姐さんの世界を救う代わりに聖なる加護を身に受けて元の世界に戻り無双して"真の極道"になる。それが姐さんとサブが交わした契りだった。だがサブにとって今更そんな事はもうどうでもよくなっていた。邪神から世界を救えた。それだけで満足。それだけが悲願となっていたのだ。
「へへっ。そんな事ですかい。オレはそんな事とっくの昔に忘れちまってましたよ。気にしないでください。邪神のタマをこの手で獲れた。それだけで充分、オレは"真の極道"を名乗れます。」
姐さんは、すまないという謝罪とありがたいという感謝が混じりあったような複雑な表情になるが慈愛に満ちた微笑みは絶やさない。
「アンタって人は……。うん、今まで見てきたどんな男よりも真に漢(おとこ)だよアンタは。間違いない。」
二人は笑い合う。こんなに清々しい気持ちになったのは初めてかも知れなかった。あ、そうだ。邪神を打ち破ったときの話を聞こう。サブはそう思う。
「姐さん。恥ずかしながら、実はオレ邪神の心臓に到達して以降の記憶が無いんでさぁ。自分の武勇伝を他人に聞かしてもらうのは小っ恥ずかしいが、気になりますんで……どうかお願いします。話してもらってもいいですか。」
姐さんは殊勝なサブの態度にクスクスと笑みをこぼすと、少し真面目な顔に戻って姿勢を正しサブに真っ直ぐ向き直る。
「結構長いよ?」
姐さんの言葉にサブは以外な気持ちになったが、余計に興味を惹かれてブンブンと音がなりそうなくらい頷いた。
「そうさねぇ……。まず、アンタはエリオットとレオニード 、そしてフィンレイとダリオンの聖将軍たちが邪神四天王を抑えてる間に大聖女セレスティアが全魔力を込めた極大風魔法"ホーリーウインド"を聖剣(長ドス)にエンチャントして
音速を超えるアジリティを得て、夜の帳のように上空を覆う超巨大な邪神に向かって飛び上がった。邪神は哄笑して暗黒魔法をアンタに向かって撃ちまくり、アンタはそれらを全部長ドスで切り裂いて邪神に突撃して行った。そこらへんは覚えているかい?」
サブは頷く。暗黒魔法は厄介だった。空を覆うほどの巨体から繰り出されるそれは山ひとつほどもある巨大な破壊の波だ。女神の加護の大半は実は長ドスだけに施されていてサブ自身は邪神からすればただの普通の肉体を持った人間でしかないのでドスを手放したら即死は免れなかったのだ。姐さんの話は続く。
「魔法があまり通じないと見るや、邪神はその巨大な腕をアンタに振り下ろした。魔王城が空から降ってくるレベルの大質量。まともに喰らえば女神の加護もクソもない凶悪な体術。だがアンタは長ドスを構え、最大出力の風魔法で竜巻を起こし、その回転力でドリルと化して邪神の手に大穴を開けた。邪神のあの驚いた顔、傑作だったねぇ。」
事前の作戦では邪神の体術は全て回避する算段だったが、戦場でサブは直感で腕を貫いて邪神を動揺させた方が有利に事が運ぶと判断したのだった。
「そのままアンタは邪神の腕を這うように切り裂きながらその心臓を目指した。長ドスが道を開き、ホーリーウインドの音速を超える機動力が真っ直ぐ急所に向かってくる。想像するだに恐ろしいよ。アンタを振り払おうと邪神が腕を振るう度に雲が割れ、大地がえぐれる様はまさに天変地異だった。また地上に響き渡る邪神の叫びは万の稲妻が落ちたかと思ったよ。どんな魔族と聖戦士の闘いも、あれに比べたら児戯に見えちゃうんだからしょうがない。」
サブもそれは覚えていた。長ドスで切り裂かないと無効化できないので、魔王の攻撃全てが持つ意識が飛びそうな迫力は脅威だった。
「そして邪神の心臓にアンタは長ドスをぶっ刺したんだけど、そこで予想だにしないことが起きた。邪神がその肉体全てを人間サイズまで圧縮したんだ。長ドスは砕けた。その密度の前には聖なる加護をうけている長ドスでさえ細い木の枝だった。そのまま超音速で衝突してアンタは気絶した。あの時の絶望は忘れないよ。邪神の心からの哄笑もね。」
サブは混乱した。え、邪神、死んでないじゃん。
「全員が終わったと思った次の瞬間、アンタは動いた。意識のないまま。砕け散った長ドスが風魔法でアンタの周囲に浮いて煌めく。それらは魔力で繋がり網目のようにして結界を作った。邪神はアンタを殺したくて仕方がないから体術と暗黒魔法を乱発したよ。この世の終わりかと思うほどの暴の奔流。でも結界に触れた瞬間、超音速であんたが回避する。結界がレーダーの役割を果たしてたんだね。それが続いてる間は一瞬のような永遠のような、なんとも言えない時間だった。そして、その時がきた。」
サブは姐さんの話に惹き込まれ息を飲む。
「邪神が爆発して元の巨大な姿にもどったのさ。肉体の圧縮は邪神の無尽蔵な魔力と言えど物理法則に反する。魔力を完全に失った邪神は、巨体を空中に浮かばせることも出来ず、墜落してきた。全魔族軍と全聖騎士団は一時休戦。回避行動を取るしか無かった。そしてアンタは……邪神の心臓目掛けて突撃して、貫いた。超音速で突入しても十数秒かかってたから、相当デカい心臓だったんだねありゃ。雲に穴をブチ開けたところでエンチャントが切れて、アンタは落下して、寸での所でウチが飛翔魔法でアンタを受け止めたってわけだ。そのときは気絶してたんで驚いたよ。でもアンタの話と総合すると、ずっと気絶してたんだよねぇ。大したもんだよ。」
へぇ〜とサブはまるで他人事のようにつぶやいた。実際記憶は無いのだから仕方がない。
「それからアンタの肉体は目を覚まさなかった。魂は死んでは無いけどね。だからウチはアンタの世界のアンタの肉体に魂を戻せばいいんじゃないかと思ってここに来たってわけ。と、こんなところだよ。」
サブは全てを理解出来て、全てが上手くいったと知れて、ホッとして体の力が抜けた。よかった……。本当に。サブは心からそう思った。
〜◆〜
「んで、これからどうするんですかい?」
姐さんは転生の女神だ。邪神はもういないとはいえ、女神の世界に女神が不在では困るだろう。
「そうだね。もうおいとまするよ。」
パイプ椅子から姐さんは立ち上がる。
「じゃあ、元気で。」
「はい。お互いに。」
そうして、転生の女神はカーテンの隙間に消えた。数秒後、看護師が入ってきた。
「!?杉田さん!杉田三郎さん!」
看護師は絶叫に近い声を上げた。
「はぁい。」
サブは突然のことで気の抜けた返事をする。直後、ドタドタドタと幾人もの人間の足音が聞こえてきて、カーテンが開いた!
「「「「サブ!!!」」」」
組のみんなだ。みんな、オレを待っていてくれたんだ……。サブは涙が出た。みんなも泣いていた。
オレは帰ってきた。元の世界に。世界を救った英雄としてではなく、どこにでもいるチンピラとして。偶然、親分を銃弾から守ったにせよだ。女神の加護も無い。本当にただのチンピラ。でも、オレのために泣いてくれる人たちがいる。その気持ちに涙できるオレがいる。"真の極道"、それになるのがオレの目的だった。でも、なんのためになりたかったか。それが今分かった気がするよ。
オレは、笑った。