お調子令嬢と振り回される高飛車令嬢と刺激を求める王子様と。……ついでに間抜けな元婚約者
「ええ皆々様。紳士淑女の学友方。今宵は我が学園の伝統ある舞踏会に参加いただきありがとうございます。僭越ながらわたくし、ロモラッドが代表して音頭を取らせて頂きます。……今日はオールナイトだ! 朝までエンジョイしようぜ!!」
「「「イエーイ!!!」」」
「ヘイ、ノって行こうぜ!! 吹奏楽部、ミュージックスタート!!」
「「「「イェーーイ!!!!」」」」
今日は年に数回の我が学園の舞踏会。教師連中の支配が及ばない学生の独壇場だ。
飲めや騒げやのどんちゃん騒ぎ。まあ未成年だから全員アルコールは飲めないんだけどね。
それはおいといて、今日の為に密かに練習していたマンドリンの腕を披露する絶好のチャンスだ。
見よ、私のこの華麗なマンドリングテクニック!! 吹奏楽部と奏でるハーモニーを!!
「イエェェイ!! 私の演奏に一晩中酔わせてやるぜぇ!!」
「お待ちなさい!!」
なぜかこの騒がしい会場に透き通るように響いた女の声。
全員でそちらを見ると高そうなドレスをお嬢様が一人。と、後ろに従者。
はてて? あれは誰だ?
同じステージに立っていた隣の生徒会長に話しかけて、彼女の正体を尋ねた。
「あんな人いたっけ? 何かいかにもなお嬢様と言いますか、高飛車そうなご令嬢は?」
「あ、う~ん…………。そうだ思い出した! 彼女はコッテンパー家のご令嬢で、今度うちの学園に転入してくるんじゃなかったか」
ああ、あの公爵家の! でも一つ疑問がある。
「はえ~、なんでまた今の時期に? もう夏休み入っちゃうよ」
「そのあたりの事情は知らないよ。真面目そうに見えて意外と前の学校でブイブイいわせてたとか?」
「ほえ~、確かに気の強そうな顔はしてるけど。裏じゃ公爵の御父上も手を焼くはねっ返りって訳だ。きっとお嬢様口調だって表向きで、裏じゃ五千人の舎弟に向かってオラオラ言ってるんだ!」
「そんな人に入って来られてもね、やっていけるかな? 親の権力と強面の部下をけしかけて生徒会を裏で操ろうとか考えてるんじゃないだろうか?」
「マジ? ということは、そのうちクーデターを起こして学園長を亡き者に……」
「ちょっとそこ、聞こえてますわよ!? 勝手なことをおっしゃらないでくださいまし!!」
やっべ、聞こえてしまったみたいだ。声は通る上に耳まで良いなんて、これは厄介だぜ。
「ええっと、それで一体何の用件でございましょうかお嬢様? 見ての通り今夜はささやかながら舞踏会などをしておりまして」
「この騒ぎの何処が舞踏会ですか! 精錬された品性などまるで見当たりませんわ!! それに何ですのさっきまでの演奏は?! やたらと耳に刺さって、貴族の好む優雅さとは無縁極まりませんわ!!」
と言われても、実質若者のダンスパーティーにクラシックなんか流せるわけないじゃん。
「そう……ですか。そこまで貴族的にまずいもんですかね?」
「当たり前ですわ。このような品性の無い催しなど、到底舞踏会などとは呼べません。祖先よりの貴き一族たる我々はこのようなものなど受け入れてなりませんの。お分かり?」
「ええ、はあ、うん……そうですね。お分かりですお分かり、あ~お分かりですのん」
「ふざけていらっしゃいますの? 思うところがあるのならハッキリと言いなさい!」
「いえ別に……伝統を重んじると言えば聞こえはいいけど、結局のところ新しいものを受け入れられない生きた化石みたいな価値観だなんてそんな……」
「なんですって!!?」
あら? どうやら怒らせてしまったみたいだ。
そんなつもり無かったんだけどなぁ。
大体、今ここにいる人間は堅苦しい貴族生活から一時でも開放されたいと思ってるような、子息の出来損ないの集まりなんだけれど。もちろん私を含めて。
そう、ここは貴族の通う学園と言っても、貴族の三男坊だか四男坊だかが半ば厄介払いで押し込められるような落ちこぼれの学校だ。
そんな学校だから教師の目は厳しいし、学園の畑からスイカの一玉でもちょこっとチョロまかそうとしたら厳しいお叱りを受けるような、そんな場所なのだ。
しかし、私は諦めない。ここで引き下がってはマンドリン奏者(初めて一週間)の名折れだ。
「へへへ、冗談ですよお嬢様。まあそうかっかなさらず……いやしかしほんと真っ赤っかなお顔ですな。何をそこまで怒っているのか知りませんが、どうです? 吹奏楽部の演奏に合わせて一晩中貴族としての説法など解いてみては?」
「あ、貴女は……!! 貴族としてのあり方とはこのような場で易々と語るものではありませんわ! もう我慢出来ませんわ!! その性根を叩き直してご覧に入れます。お互いの従者同士で決闘で行きましょう。……プランセート」
誰? と一瞬思ったがその声に反応して後ろにいた従者が前に出た。
あ、こちらのイケメンさんがプラさんね。
「お初にお目にかかりますお嬢さん。私、こちらのルーゼルスお嬢様の付き人をさせていただいておりますプランセートという者。以後お見知りおきを」
そのイケメンさんは私に挨拶をすると綺麗に腰を曲げて頭を下げた。
これはこちらもきちんと答えないと、私も令嬢の端くれとして名折れだ。
「あ、どうも。私はロモラッド・ド・レモレッドです。そちらのお嬢様にはいつもいつもお世話になっておりまして」
「我々は初対面のはずですが?」
「もはや初対面とは思えない程、仲良くなる見込みがあるということでここは一つ。どうです? 当学園が誇る料理研究会の作った食事など頂きながら今後の学園生活についての話でも」
「結構ですわ。こちらのプランセートと貴女の従者で、貴族の伝統に乗っ取った決闘を行っていただきます。貴女も一流の貴族足らんとするならば、この決闘を断るなどできないはずですわ」
一流って言われても、家は三流貴族の家系なんだけど。
それとも、午前様で酔っ払って帰ってきた父ちゃんを引っ叩く母ちゃんみたいのを一流と言うんだろうか? あの人、一応隣国の王家のいとこだから。
……いや無いな。それに従者って言われてもね……。
「すいません、私の従者は今郷里に帰ってまして。呼び寄せるとなると数日掛かりますが?」
「……ぅ。うんん!! であれば仕方がありません、この場はわたくしの勝利として貴女を手始めとしてこの学校の人間に正しい貴族意識というものを植え付けて差し上げますわ」
うえ~やめてくれよぉ。チラッと周りを見渡すと私と同じことをみんな考えていたのか全員嫌な顔してる。
……仕方がない、ここは一丁ひと肌脱ぐとしよう。
「まあ従者はいませんけどね、ここは私自身が決闘に応じるということで。それでよございませんかね?」
私がそう言うと、二人は顔を突き合わせて話し合いを始めた。
「お嬢様、この場合はどうでしょうか? 流石に貴族の子息と決闘をする事など……」
「いえ、いっそここは引き受けるべきですわ」
「お嬢様!? しかしそれは……」
「この貴族の何たるかを軽んじる者どもに、真の在り方を示す為には、いっその事分かりやすい力を見せる必要があるのやもしれません。あなたがやりすぎないように手加減をすれば問題無いでしょう」
「……分かりました、お嬢様の仰せのままに。……ではロモラッド嬢、申し訳ありませんがわたくしと剣を交えていただきます」
「はいわかりました。……ヘイ! というわけで今宵のプログラムに決闘が組み込まれたぜ! みんなも是非楽しんでいってくれよな?!」
「「「イエイイエーイ!!!」」」
「だから一体何なんですのこのふざけたノリは!!?」
「お嬢様落ち着いてください!」
というわけで、舞踏会の中央を開けてお互いに向き合う私とイケメン従者さん。
彼の後ろでは、ルーゼルスお嬢様がドヤ顔で仁王立ちしていた。
「さて、お待たせいたしましたロモラッド嬢。お覚悟の程よろしいですかな?」
「ええ勿論。私もマンドリン奏者の端くれ、いっちょやったりますぜ!」
「……どのような楽器の使い手であろうと、この場合は関係無いのでは?」
確かにそうとも言うけど。
それはさておき、私たちはお互いに腰につけていたスモールソードを取り出す。
貴族の決闘と言ったら昔から剣と決まっている。スモールソードはそんな需要の中生まれた貴族のたしなみだ。今や老いも若きも男も女も、貴族ならばスモールソード。もはやスモールソードでなければ人間では無いと言わんばかりの勢いなのだ。
剣をお互いに向けて突き出す。
「では行きますよ。合図はこのコインが落ちたらということで」
「どうぞ」
ごく短いやり取りを追え私は手に持っていたコインを空中に投げる。
緊張感の走る中、ほんの数秒が長く感じるが……やがてコインが床にチリン。
瞬間、イケメンさんは片手に持った剣を真っすぐ突き出したまま、こちらにものすごい勢いで突進。
では私も行くぞ!!
「……あっち向いてぇホィイイイ!!!」
「………………ハ! しまった!?」
たとえどのような人間でも、あっち向いてホイとやられれば顔をいずれかの方向に向けなければ気が済まない。この絶対的人間の心理を私は利用した。
致命的な隙、もらったぜ!
「どっせい!!!」
手に持ってきたスモールソードを床にピョイして、イケメンさんの隙だらけの腕を取ってヒョイン。イケメンさんはそのまま勢いよく顔面から地面へシューッ!。
「ぶべば!!?」
奇声を上げながら、顔面を地面にドスン。その衝撃で脳がガツンして意識をバタンしてしまった。
哀れ。
「プ、プランセートッ!!?」
まさか負けると思ってなかったルーゼンスお嬢様は、自分の従者の名前を叫びながら倒れたイケメンさんの傍まで駆け寄る。そしてその肩を揺すりながら、泣きそうな声で呼びかけるが返事はない。
「あ、貴女!! これで勝ったと思わないことね、覚えてなさい!!!」
お嬢様はイケメンさんを魔法で宙に浮かせながら、会場をスタコラと出て行った。
ふぅ、勝負の後っていうのはいつも虚しいもんだぜ。
「というわけで私の劇的な勝利で終わりました!! みんなテンション上がってるゥ?!」
「「「イェエエエイ!!!」」」
今の勝負のおかげで会場のボルテージも絶好調。
我々清い学生一同は、例年通り朝まで騒ぎ立て……教師連中にお叱りを受けるのだった。
「お前らなぁ、学生のうちから羽目を外すことばっかりやってたら禄な大人にならんぞ!?」
「そうは言っても先生さ、私たちはもうすでにロクなもんじゃないのだから……」
「その開き直りをどうにかしろって言ってんだよ!」
正座で説教を受ける私達。
その裏でとある令息の思惑が動いていたなど、この時は知る由も無かったのだ。
今日から夏休み。
学園の生活から解放された生徒たちは、各々の予定を夏休みの課題と膝を突き合わせながら計画する休み初日。
会場の清掃を終えた私は、寮の部屋でこれからどうするべきか考えていた。
どうすっかなぁ、実家帰るかなぁ。でもこのまま夏休み一杯自分探しの旅に出るというのも。……課題? 知らん。
頭の中でうんうんとあれじゃないこれじゃないと考えながらラフな姿でベッドに身を投げ出していた時、コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。
え~出たくないなぁ。
といっても出ないわけにはいかないので、仕方な~く出る事にしました。
「はいはい今行きますからねぇ」
気だるさを引きずりながらも部屋の扉を開くと……。
「昨日ぶりですわね、ロモラッドさん」
「あ、宗教の勧誘ならお断りしておりますので。我が家は代々神道系を信仰しておりまして……」
「違いますわよ! 昨日あったばかりでしょう!? 大体我が国には一神教しか無いはずですわ!!」
なんだこの人は? 朝からそんなに怒鳴るなんて変わった人だな。
……あ! よく見たらルーゼンスお嬢様じゃん。
なんで私の部屋知ってんの? えーなんかめんどくさい気配。
「この度はどのようなご用件でしょうか? 実を言うと私これからちょっと急ぎの用がございまして出発しなければならないんです」
「その割には随分と楽な格好をしていますが? わたくしには部屋着以外の何物にも見えません」
しまった見破られてしまった。さすがにこの格好じゃきつかったか、反省。
「まあいいわ。それよりも貴女、お暇ならわたくしについてきなさい」
「え、どこに連れて行こうと言うんですか? ま、まさか昨日の御礼に舎弟達にリンチさせるつもりじゃあ!?」
そうだ! このお嬢様はヤンキー集団のボス。暴力で何でも解決するような危険集団のヘッドなのだ!
何ということだ!? 下手をしたら私の人生はここで終わる!!
「そんなわけないでしょう!? 全部貴女の勝手な憶測だという事を自覚なさい! わたくしには危険思想を持つ部下などおりません」
何? そうだったのか。
てっきり前の学校で校舎中の窓ガラスを壊して回ったりしたから、こんな場末の学園に飛ばされて来たもんだと。……後で生徒会長にも教えてあーげよっと。
しかしそれだったらどこに連れて行くと言うんだろうか? ほんのちょぴっとだけ気になった。
「貴女はこの学校において、最も貴族の品格を持たない者と判断いたしました。そんなあなたを更生すれば、他の方々もきっと己の貴族としての本文を自覚する事でしょう」
「つまり私に貴族のなんたるかをわざわざ教えに迎えに来たと? ……あ、間に合ってますんでどうぞお帰りください。実は言うと私これからちょっと急ぎの用がございまして……」
「それはさっき言った嘘でしょう。……貴女がどう思おうと来ていただきますわ。これからのわたくしの学園生活を優雅なものにする為にも、この学園の生徒たちの意識を改革せねばなりません。誉れに思いなさい、その第一人者となることを」
いいよ、遠慮するよもう。これまで通りグダグダ生きていきたいんだけど。
「拒否権を発動いたします」
「そんなものはありません! さあドレスに着替えて出発いたしますわよ」
「えぇ……。じゃあ、あれです。私のドレスは虫食いにあったので、到底よそ様の御宅などへお伺い出来るものでは無いのですはい」
「……本当のことを言ってるようには思えませんわね。しかし来てもらいます。ドレスがないならこちらで用意をいたしますので、貴女が不安に思う事はありませんわ」
逃げ道を塞がれてしまった。えぇ行くの? めんどくさ~い。
しかしこのまま帰ってくれそうもないので。仕方無い、ついて行くか。
「そう言えば昨日のイケメン従者さんの姿が見えませんが?」
「彼は貴女に負けたショックで剣の修行をやり直すと休暇を取得しましたが何か?」
あ、これは怒ってるな。
「さ、早く準備を済ませてくださいまし。時間が勿体無いですわよ!」
「はぁ~……」
私はため息をつきながら、クローゼットの中からテッキトーな服を取り出す事にした。とりあえず部屋着じゃなきゃなんでもいいでしょ。
「着きましたわ。ここは当家が所有するゲストハウスの一つですの」
「はえ~、おっきい……」
馬車に揺られて四十分くらいかなぁ。
喧騒の街を抜けて、静かな森のそばにある大きな屋敷へとやってきたぜ。
「さ、中に入りましょうか」
「はぁ……めんどくさいなあ」
「……せめて口に出すのはおやめなさい」
玄関の扉を開けると、そこにはメイドの人たちがズラリと勢揃いしていた。
「お待ちしておりました、ルーゼンスお嬢様。そちらが今回のパーティーに参加して下さるご学友の方でしょうか?」
「学友、という表現にいささか引っかかりを覚えないでもありませんが、ロモラッドさんです。さ、ロモラッドさん? ご挨拶をなさいな」
一番偉そうなメイドさんと話していたお嬢様は、この私に挨拶をしろとおっしゃってきた。
挨拶、ね。まあ挨拶程度堅苦しいもんでも無いでしょ。
「ただいまご紹介に預かりましたロモラッド・ド・レモレッドでございます! しかし皆様方、世間では夏化粧が人に物に自然にと爽やかな彩りを与える今日この頃! 私なんぞは最近熱帯夜に悩まされてダラダラと汗を流しながら、それでも高いびきをかく事をやめられず。母親にも昔から、あんたという子は面倒くさがりと呼ばれ、窓一つ開けるよりも睡眠を優先するなど、流れる汗のようにダラダラとした性分でございまして」
「あ、貴女はさっきから一体何をおっしゃってるんですの?!」
「え? だって挨拶をするようにと……」
「貴女何か勘違いをなさってますわ!!」
何さもう、挨拶しろって言ったのそっちなのに……。
「こ、これはまた……。随分と個性的なご学友様でいらっしゃいますね、お嬢様」
「~~ッもう!! ロモラッドさん! 貴女という方はッ!!!」
何で怒られてだろ私? だってメイドの人達口元抑えて笑ってるんだから、掴みの挨拶はバッチリでしょうに。
「お嬢様、そう声を荒げずに。まずはお部屋に案内致しませんと。……それではロモラッド様、こちらへついて来て下さい」
「あ、はーい」
「……もうっ! 何なのかしらこの人は! わたくしがこんなにも苦労しているというのに!」
おぉ怖い。そんなに怒鳴ると血圧上がりますぜ?
なんてのは置いといて、メイドさんにトコトコとついて行きましょ行きましょ。
そうして通された部屋は……こりゃまた立派な衣裳部屋。
ここでドレスに着替えろと?
「ロモラッド様は、何かご希望のデザインなどはございますでしょうか?」
「はぁそうですねぇ。白と黒を基調として、スカートがふんわりと長くて、それでいて動きやすさを重視したようなそんな……」
「貴女それはメイド服ではありませんか!? ロモラッドさん、貴女はこれからパーティーに出席するんですのよ? 馬車の中で散々説明したでしょう!!」
ダメかぁ。せっかく楽に過ごせそうだったんだけどなぁ。
仕方ないので、メイド長と思わしき人のオススメに任せることにした。それにしてもこのメイドさん、お嬢様に負けず劣らずの美人さんじゃないか。きっと男を切らした事なんて無いんだろうな。男を手玉に取る手腕について後で話を聞いてみたい。
そんなこんなでドレスチェンジ。さぁてその出来栄えとは?
鏡の前に移動した私。そこに映っていたのは、爽やかな夏にピッタリの空色コーデ! 上質な気品漂うフレッシュさにマッチする花も恥じらう深窓の乙女とはまさしく私の事である。ヒュー、ビューティフル!
「結構なお点前で。流石、幾多のメイド達を従える貴女の敏腕には只々感服するばかりです」
「まぁ、ありがとうございますロモラッド様。お褒め頂き光栄で御座いますわ」
「流石という程の付き合いは全く無いでしょう。貴女も付き合わなくていいんですのよ?」
そんな細かいところはいいじゃないか。
二人してドレスに着替えた後、パーティー会場へと移動する。
何でも何でもコッテンパー家の親戚一同が会する私的なパーティーらしいが、公爵家ともなればそれはもう大規模なものになる。……私の親戚なんて人数も少ないから飯屋で飯食って終わりなんだよねぇ。いいかそんな事。
さてとじゃあこいつの出番かな? 私は密かに練習していたマンドリンを取り出す、こいつで会場の雰囲気を温めてやろうじゃないか。
と思っていたのに何故かお嬢様に取られてしまった。
「何するんですか! 人がせっかく持ってきたのにぃ」
「どこに隠し持ってましたのこんなもの! ダメです没収ですわ。貴女に貴族の気品を学ばせる為にお呼びした事をお忘れですか? このような物で場を盛り上げようなどと、そのような考えを持ってもらっては困りますわ」
えーそれは横暴じゃない?
「えぇ~……。じゃあどうすれば良いって言うんです?」
「貴女に求めるのは優雅な貴族たる振る舞いですわ。それを今日しっかりと学び、そして今後に生かすのです」
「うぅむ。しかし私に出来るんでありましょうか?」
「大丈夫です。私の真似をすれば必ずやれます」
「本当でしょうか?」
「ええ勿論です」
「ええ本当に?」
「くどいですわね! とにかく周りを良く見て、そしてらしい振る舞いというもの覚えるのですわ。しかしただ合わせるだけでもダメ、しっかり自分を主張する事も貴族に求められた優美である事も知りなさい」
やっぱりめんどくさいなぁ、なんて思うけど仕方ないからここは素直に返事をしてあげようじゃないか。
「へいほいはい」
「はいは一回!」
「一回しか言ってませんが?」
「……んんああもう!!」
お嬢様は頭を抱えながら、それでも何とか持ち直すと、 パンッ! と手を叩く。
するとそこには、先程までのお怒り顔が嘘のような、淑女然としたお嬢様の姿があった。
なるほど、これがお嬢様の本当のお姿、とでも言うのだろうか? 我々はその真相を探るべくパーティー会場へ潜入することにした」
「貴女何を言ってますの? いいから早くついて来てくださいまし」
「あ、はい」
お嬢様の後に続いて、私達は会場の中へと足を踏み入れた。
「おおぉ……!」
そこはまさに別世界。
煌びやかなシャンデリアに照らされた室内は、まるで昼間のように明るい。
はえ~、こりゃ学園の体育館を貸し切った学生の舞踏会とは大違いだなぁ。
「さ、ロモラッドさん。まずはそこでわたくしの優雅な振る舞いを見て、しっかりとお勉強なさいな」
そう言うと、お嬢様はとあるテーブルに移動して何やら上品なマダムに会釈をして会話を始めた。
「お久しぶりですわ叔母様。ご機嫌はいかがかしら?」
「まぁルーゼンス、久しぶりね。こうして貴女の大きくなった姿を見られるだけでも、このパーティーに参加した甲斐があるというものよ」
「ふふ、わたくしの成長が叔母様を楽しませているとあれば、これに勝る喜びはそうありませんわ」
「あら嬉しいこと言ってくれるわね。……どうかしらこちらのジュース? 私の故郷で取れたマスカットから作られたものだけれど、是非感想を聞かせて貰いたいわ」
「では頂きます。……うん、とても美味しいですわ。甘みと酸味のバランスが絶妙です。それに香りは正しく叔母様の故郷の土壌が優れたものである事を示しています。しかしながら、当家の農地で栽培されたフルーツも決して負けるものではありません。本日はそれを是非、味わって頂きたいですわ」
「流石の弁舌ね。そちらの成長も体験出来て、私もまだまだ負けられない気分にさせられるわ。ふふ、やっぱり来て良かった」
(まあこのようなところでしょうか? さてロモラッドさん、貴女はこの華麗なやり取りを見てどう思うのかしら? ……って!!?)
「いやそれでですね? すっかり出来上がったその酒屋の旦那様が、田んぼの前でどっかり座って『この野郎は俺の酒をまーったく飲みやがらねぇふてぇ野郎だ!』と言いまして、それを見てあたしゃ言ってやったわけですよ『おたくさん、ウシガエルが酒を飲むわけないじゃないですか。下戸だけに』なんつって!」
「ほえぇ、随分と変わった話をお知りで」
「何をやってるんですのロモラッドさん!!」
パーティーに出席していた来賓の方と話をしていただけなのに……。何でかまたお嬢様は怒って私の方へと飛び出して来た。この人以外とアグレッシブだなぁ。
「え、何です? ウィットに富んだ会話で社交の場を盛り上げていたのに」
「何です? ではありません! 大体何ですのこの扇子は?! 没収!!!」
「あぁそんな……。ひど~い、さっきから人の私物を取り上げて」
「私の立ち振る舞いを見て、貴族令嬢らしさを学べとそう申しつけたはずでしょう!?」
「だからそれに倣って来賓の方を楽しませてですね……」
「一体わたくしの何を倣ったらあんな会話になるというんですの?!」
「やだなぁ、ちょっとした自己アレンジじゃないですか」
「原型が無いでしょうが!!!」
折角の和やかな雰囲気なのに、そんな大声出す必要無いじゃないか。私はただ、お嬢様の真似をすれば良いって言うからそうしただけだ。一体何が違うと言うんだろうか? しかしお嬢様は納得していないようで、 うーん。
「ふふ、まさかあの子のあんな姿を見る事になるなんてね。大人びたように感じていたけど、まだまだ年相応に楽しそうじゃない。そうよね、私達みたいな大人と話すより、ああして友達とはしゃいでいる方がずっと素敵だわ。あんなに面白い友達を持てるなんて、正直羨ましいわ」
それからもしばらく怒り続けたお嬢様。落ち着かせようと、どうどうとジェスチャーしたらまた怒るんだもんな。血圧上がっちゃうよ? 若さに身を任せるのも程々にしないと。
やっと解放されたのは開始から二十分後、それでもプリプリしながら離れていった。あそこまで怒り続けられるんだからホントにアグレッシブだなぁ。
ま、いいや。だったら壁の花にでも徹しようじゃないか。そう思って、壁に背を預けながら会場内を見渡していると、傍のテーブルには美味しそうな食べ物がたっくさんあるじゃないか!
これ食べていいの? いやいいよね、私一応ゲストだしぃ。という訳でいっただきまーす! あ、これ美味い! あ、これも美味い! このビスケットの上に載ってるクリームはクルミかな? はっはぁ、美味すぎて止まらないぜぇ! このラスクも爽やかな甘味が堪らんサクサク。おっ、こっちのタルトも涎もの。どれ一口……。
「やあ、お嬢さん」
「ふぉお? おふぉうふぁんふぇわふぁひふぇふふぁ?」
「フフ、食べてからで構わないよ。むしろ、お食事を邪魔したこちらが悪い。済まなかったね」
そういういう事なら遠慮無く。咥えていたタルトを、多少名残惜しいがごっくんとすると、マスカットのジュースでリフレッシュ。……これ美味しい! もう一杯飲んじゃおっと。
「ぐびっ……と。う~ん! あ、はしたないとこ見せちゃって。まっことすまない話ですわ」
「さっきも言った通り、食事中に話しかけたこちらが悪い。マナー違反をお詫びしたい」
「いえいえ~。ま、そこら辺はお相子って事で……はい、終わり! ってね」
その人物は口元に手をやるとお上品に笑みを浮かべた。
あらま! 良く見てみるととんでもないイケメンさんだ。年は私と変わらない位だろうけど、物腰が紳士だぜ。ウチの学園の男子共には欠片も無い要素だな。
海色の青い髪に、深海のような深い青の瞳。まるで王子様みたいにキラキラ輝いているぞ。上流階級特有のキラキラだろうか?
「それで、私に何か用事でも? しかしこんな深窓の壁の花に声を掛けるとは、お兄さん目の付け所が違いますなぁ。はっはっは!」
「君は本当に面白いね。だけど用事という程のもので話しかけた訳では無いんだ。ただ、君と話をしてみたくて、ね?」
「ナンパですかい? いやん照れちゃう! ……といってもこんな所で殿方とのロマンスにふけってるとお嬢様に𠮟られそうなので。また何処かでお会いしたら、その時こそお茶でもしばきましょう! へへへへ、奢ってくれるなら尚の事嬉しいんですがね」
「これは袖にされてしまったかな? 残念だ。ならばせめて、この哀れな男に貴女と会話をする権利を下さりはしないだろうか?」
「うむ、くるしゅうない! ……へへ、お兄さん中々のお上手ですね。それでは私が直々に質問タイムを設けようではないか! さぁ何でも聞いてくれたまえよ! スリーサイズ? あ、それは乙女の秘密って事で」
「そうだね。僕が一番気になるのは、君の名前かな? 見た所、コッテンパー家の人間には見えないけれど」
なるほど、確かに見慣れない人間が居たら気にもするわね。
ま、減るもんじゃなし。ご近所におすそ分けする感じに教えたりましょう。
「いやはや、アタイはロモラッド・ド・レモレッドなんていうケチな女でさぁ。以後お見知りおきをってなもんで」
「そう。僕は……ラピウート、とでも名乗っておこうかな?」
「こりゃまた……そちらさんの方が身持ちはお固いようで」
「すまないね、これ以上は勘弁して貰えるかな?」
「もち! ま、人それぞれの事情ってもんもあるでしょう。出来た女なんで、その辺りは飲み込みますよ、ぐいっとね! あ、ぐいついでにジュースをもう一杯」
「フフ……。いや、本当に君と話が出来て幸運だな僕は」
それから、他愛もない話は続く訳で。
しかしながらこのお兄さんも聞き上手なもんで、スイスイーっと話ちゃう私。あかん、このお兄さんと話してるとスベり知らずと勘違いしちゃうね。
「もうラピさんったらお上手~。どこかのお固いお嬢様とは大違い」
「いやいや、聞く事の重要性を父から教えられて来ただけさ。それに、彼女は多少融通が利かないかもしれないが、それでもいい所は沢山あるさ」
「ええ、あんな面白い人中々いませんからね。相方見つけて地方営業とかしたらものすごい仕事持ってきそう、みたいな?」
「その例えも簡単に出てくるものじゃないと思うけど」
そんな会話を楽しんでいた時だ。会話をしながらヒョイヒョイ抓んでいたからお腹は空いていないお昼の一二時頃、どん! と大広間の扉は開かれた。
「ルーゼンス! 君の婚約者が迎えに来てやったぞ!!」
一斉にそっちの方に集まる視線達。当然、私も眼から光線でも撃たんばかりにその方向をビィィッと見つめる。
そこに立っていたのは、何とも高慢ちきな態度でふんぞり返っている男だった。
燃えるような赤い髪、そして真紅の瞳。まるでルビーの宝石みたいだ。その態度、派手が過ぎるスーツから自分に対する自信を暑っ苦しいぐらいに周囲に放っている。
やだ~、こんな真夏には絶対関わりたくないタイプだ。
……あれれ? あの男まさか……。
「また貴方ですの、ドゥローさん。わたくしは婚約などしないとそう言っているでしょう」
「ふっ、それが君の照れ隠してあることは既に先刻承知。いい加減素直になるんだ、俺と結婚したいとな」
「あの男性……確か、ボーテルド伯爵の子息のはず。何故このようなところに?」
「それが最近、ルーゼンスへ付きまとっているらしい、という話を聞き及んでおります。まさか招待されてもいないパーティーに乗り込んでくるとは思いませんでしたが」
「私も聞きました。同じ学園に通っていた彼に付きまとわれているせいで、転校を余儀なくされたと」
「まぁ! なまじ伯爵の位である為、学園側も強く出られなかったそうですわ。それで逃げるように今の学校へ……」
ふぅん、なるほどそうだったのか。何でまた公爵家のお嬢様が転校して来たのかと思っていたけど、ストーキングされていたなんて。
だからあの時……、そういうことか……。
「ラピさん、ちょっと席を外させてもらいますわ。私ったら急な野暮用が出来てしまいましたの」
「ん? そうかい。……どこまでするつもりかは分からないけど程々に、ね」
ありゃま、なんとなく見抜かれてるわ。このイケメンさんったら顔だけじゃなくて頭もようござんす。
それならそれでいいか、じゃちょーっと灸を据えてきましょうかね。
「認めたらどうだ? 俺と君は結ばれる運命にある。照れる君も素敵だが、残念なことに俺はあまり駆け引きが苦手なのだ。結論はすぐに出して手元に置きたくなる性分でね」
「結論はすでに出ているでしょう。わたくしは貴方と婚約などいたしません! 折角、親類の集まるこの大事な場を……いい加減にしてくださいまし!!」
「だからこそ来た。君の親戚一同に婚約者の顔を見せるチャンスなのだから。……さあ皆さん! この俺こそが……」
「十六歳の頃に夜の山に忍び込んで一晩中泣きながら彷徨っていた、お漏らし令息のドゥローでござい!」
「ッ誰だ?! 何故そのこっ……デタラメを言うのは?!!」
「あらら? ドゥロー君ってば相変わらずおめでたいんだ。元婚約者の声を忘れちゃうなんてねぇ」
「な!? お、お前はッ! どうして、何故ここにいる?!!」
何故ここにいるかどうかと聞かれても、そっくりそのまま返してやる。
こちとらお嬢様のゲストだが、アンタはただの侵入者だろうが。
「は~い! 昨日ぶりねドゥロー。アンタの”元”婚約者のロモラッドちゃんとは私の事。いつ見てもおつむの出来は悪そうだこと」
「お、お前ぇ!! たかだか子爵令嬢如きが、このロイヤルな場に居て良いと思っているのか!!」
「アンタは鏡見た事無いの? あ、そうか! アンタの馬鹿さ加減に耐えられずに鏡が割れちゃうんだ、納得ぅ。良かったわね、ブーメランの突き刺さった顔を見ずに済んで」
顔を真っ赤にしてプルプル震えている。
あ~あ、お嬢様達の前でみっともないったらありゃしない。
ここまで無様を晒してなら、もう流石にカッコつけることもできないだろ。さっきまでの緊張したムードが一転して、今はもう元に戻っている。
内心スカッとしていた私に、お嬢様が小声で話しかけてきた。
「ロモラッドさんはこの方とお知り合いですの?」
「ああ、元婚約者ですよ。昨日の朝、破棄されちゃいましてねぇ。ま、こっちとしてはこんなアホと縁が切れて万々歳だったんですが。……まさかお嬢様に粉を掛けていたとはねぇ」
ここ数ヶ月、いつにも増してこの男の態度が調子に乗っていたのも、お嬢様に粉を掛けていたからか。勝手にお嬢様が自分に惚れ込んでいると勘違いして私と正式に婚約を破棄したって訳ね。
公爵家と言えば王室とも強い繋がりがある家柄な訳で、いくら伯爵令息といって相手にされる訳が無いでしょうに。この男の自信過剰と言うか、自分の力に溺れる性格は昔から変わらないらしい。
「よくも……」
「あん? 何、聞こえないんだけど?」
「……よくも俺の婚約を邪魔してくれたなぁあ!!」
「いや自滅でしょ? アンタってばその無条件で誰からも好かれると思ってるところ治しなよ。そんなんだから男友達だって一人もいないんじゃん」
そう、この男には友達が一人もいない。よって来るのは伯爵の家名に釣られた人間だけで、個人的に親しい人間など居ないのだ。何度言っても性格治さないんだから仕方ないね。
「ロモラッド! お前は二日続けてこの俺に恥をかかせてッ……何が楽しい!!?」
「そうね、昨日まではなんだかんだ情があったけど、今となってはアンタが恥かいてるところ見ると本当面白い。そう思える程度には愛想が尽きてるわけ、お分かり?」
「ぐ、ぐぐぐ……!!」
「それに昨日のは、アンタが婚約を破棄したのにいつまでも帰らずに喚き散らすから、私の従者に外まで殴り飛ばされたんでしょうが。こっちはいい迷惑だっての、感じなくてもいい責任感で従者辞めるって言うんだもん。取り敢えず生まれ故郷に帰らせて落ち着かせてるけど」
そう、私の従者はこいつが婚約を破棄した後も私の悪口を止めなかったからキレてしまったのだ。彼は本来そういう事するタイプじゃなかったのに。
だいたい朝っぱらから学園に乗り込んでくるんじゃないっての。ああ思い出しただけでも腹立つ!
「というわけでアンタの出る幕なんて無いの。しっしっ、とっとと帰って昔みたいにベッドに地図でも作ったら?」
「ちょっとロモラッドさん、流石にお下品ですわよ」
「あ、これはお見苦しいところ見せちゃって。皆様もすいません! お詫びにこの後私のマンドリン捌きでも……」
「もう許さんぞロモラッドォ!!」
何? 折角、うまいことまとまりかけたのに。この男はまた蒸し返そうって言うのか。いい加減にしないと強制的につまみ出されるっての。
「ドゥローさん、これ以上は看過出来ません。……誰か! この方を外までお連れなさい!」
「な!? 離せ! 俺は伯爵令息だぞ!!」
あ~あ。私が穏便に終わらせて、後はアンタが素直に帰るだけで済んだものを。
「ええい!! ならば明日、俺の屋敷に来いルーゼンス! そこで俺との結婚について改めて話合おうじゃないか! ……がっ! 痛い!? 離せ、どこを掴んでる?! 離せぇぇ!!!」
アホがアホみたいな事喚き散らしながら、屈強な黒服達に連れてかれてしまった。
「まったく、困った人ですわ。……ロモラッドさん大丈夫でしたか?」
「私は何も。それよりもお嬢様こそ、あんな男の言う事なんて忘れて、今日は親戚一同とパァーっと楽しんで……」
「私、決めましたの。明日、彼の屋敷に行ってハッキリ婚約の意思が無い事を伝えますわ!」
え、何のスイッチが入ったの? ちょっとついていけないかな~って。
「折角ですし、ロモラッドさんも一緒に来て下さらないかしら? わたくしはもう逃げません。貴女も彼との因縁を終わらせましょう!」
私の場合、もう終わってるようなもんなんだけど……。
一度決めたお嬢様は頑なで、どうにもこっちの言い分を聞きそうに無いねこれ。
その後はつつがなくパーティーが進んで行って終わりを迎えた。結局私のマンドリンと扇子が戻ってきたのはパーティーが終わった後だったよ~ん。
「やはり、彼女は面白いな。心から充実出来た。……しかし、ドゥローと言ったか? 流石に目に余るね。少し考えなくては」
翌日。
私はドゥローの個人屋敷にやってきた。なんだかんだ見慣れた屋敷だからね、道に迷う事も無く来れた訳だけど、既にお嬢様は到着していたようだ。
「よーし野郎共! 今日はお嬢様の為に身を粉にして殴りこむぞ! はい、ラッセーララッセーラ!」
「「「「ラッセーラッセーラッセーラッ!!」」」」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい!! ロモラッドさん、これは一体何の騒ぎですの?!!」
お嬢様は下から、神輿の上に乗っている私に向かって声を荒げている。
神輿を担いでいるのは、昨日の内に私が話を持ち掛けた学園の男連中だ。夏休み中だからね、暇してる連中なんてたくさんいるんだよ。
私は神輿から降りて、お嬢様へと今日の意気込みを伝えたのだ。
「これであの男に引導を渡すならと思って、気合入れてこんなの用意しました。それに神輿に乗せられるなんて、いかにも令嬢っぽくないですか?」
「上手い事を言ったつもりですの?! 悪い冗談が過ぎますわよ!!」
「えぇ~」
ま、そんなこんなで乗り込んでいくわけで。屋敷の門の前では奴に私兵が列をなしていた。
あの野郎、流石に私が乗り込んでくると読んでいたな。だからこそ男連中を連れてきたのだ。
私は後ろで待機している男達に檄を飛ばす。
「者共、自分に生きろ! 自分の為に、自分の正直に生きて掴める自由を味わうのだ! 我々が取るべき道は一生の搾取を甘受する事では無い! 保身無き自由への行進であるッ。今こそ一部特権階級の支配政権から脱却し、腐敗した権力にケジメを付けさせるのだァ!!」
「そうだっ! 今こそ立ち上がる時!!」
「俺たちは体制に組み敷かれた豚じゃない!!」
「「「「「うおおおおおおおお!!!」」」」」
男達は一斉に行進を始め、私兵共に向かって全力でぶつかっていく。
「「「「「「人民平等民主主義ボンバー!!!!」」」」」
そして、男達が放った渾身のタックルが炸裂していく。その光景に呆気に取られていたのか、奴の私兵は為す術もなく蹴散らされていった。
「じゃあ行きましょうか。面倒くさいゴタゴタは連中が片付けてくれるでしょ」
「何なんですの貴女達……」
呆れられてしまった。
でもウチの学園の連中ってこういう事に乗り気なのばかりだからね、仕方ないね。
というわけで無事に屋敷の中に乗り込むことに成功した。
そこの大広間、悪趣味な成金じみた内装のその部屋に奴は居た。
「ロモラッドお前ぇ! 何の脈絡もなく唐突に現れて! 無礼な奴ッ!!」
「無礼なのはお互い様。お抱えの私兵は外でぶっ飛ばされてここには来ないよ。さあ観念してお縄につきな!」
「何が観念しろだ! ……おお、よく見たらルーゼンスを連れて来たのか。ならば話は早い、今日こそ俺のものになれルーゼンス!!」
私の後ろに隠れていたお嬢様は一歩前へと出た。
その顔には、今日で全てを終わらせると言わんばかりの決意がありありと浮かんでいた。
「ドゥローさん、今まではっきりと申し上げなかったわたくしも悪いのかもしれません。それを認めるのははなはだ不本意ですが……ドゥローさん、わたくしはあなたのことが大嫌いですの! 顔も見たくありませんし一生関わりたくもありません! ですので、わたくしが貴方のような方の妻になる事は未来永劫ございませんわ!」
「な!? そんな馬鹿な!!? ……お前か、お前が言わせているのかロモラッドォォ!!!」
はたまた何でそうなるわけよ? 相も変わらず頭がおかしいというか、話が通じないというか。
「もういい、こうなった以上力ずくで連れて帰るしかないようだ。おいロモラッド、決闘だ! 俺はな、お前みたいな身分の低い成り上がりのクソ女がいけ好かない! 偶々家が近い幼馴染というだけで調子に乗って! 俺をいつも見下してッ!!」
「アンタのことは昔から馬鹿だとは思っていたけど、見下しての部分は完全に被害妄想だからね。って言っても聞かないか。……仕方ない、決闘に乗ってやろうじゃん!」
「ロモラッドさん。……いえ、この際思いっきりやってあげなさい!」
「ほいさ!」
お嬢様からのぶっ飛ばし許可も降りたし、さあやるぞ!
「舐めるな! 俺はお前の下じゃない!!」
ドゥローのアホは短杖を懐から取り出すと私に向かって突き出してきた。
でも残念、そっからのパターンはお見通しだ。
私の目論見通り奴は火球を放って来た。いやぁ見える見える! お決まりのパターンだわいさ。
ひょひょい避けてみたらドゥローくんったらお顔真っ赤にしちゃって、可愛いんだから。……いや本当は可愛くも何ともないけど。
「お前はいつもそうだ! ロクに魔法も使えない出来損ないのポンコツの癖してっ、いつもいつも俺を……!!」
わけのわからん逆恨みはごめんだ。
折角だから最近身につけたあの技で行くぞ。
「うおおおおお!!!」
「当たれ……当たれぇえええ!!!」
だが当たらない。奴の攻撃を掻い潜って急接近。
見よ! 荒々しい大海に吹き荒れる嵐の如き凄絶なこの一撃をッ!!
私はドゥローの背後に回り込み、その両腕を掴んだ。
「は、離せ!? 離せぇええ!!」
その両腕をクロスしてロック! そのまま肩車の要領で持ち上げ後方に――。
「日本海式竜巻固めぇぇぇいやぁッ!!!」
「ぐぐわあ!!!?」
ズドンッ!! 大きな音を立てて背中と後頭部を地面に叩きつけられたドゥローは、もはや完全グロッキー状態だ。
私はホールドを解いて、人差し指を天井へと向けた。
「イッチバァーン! てなわけで私の勝ちだなぁドゥローお坊ちゃま?」
「ロモラッドっ……。お前、お前は……っ。俺は、お前をッ! ………………」
何が言いたかったのか知らないが、そのまま気絶しちゃった。
「ロモラッドさん。随分とその、すごい技をお持ちですのね……」
これは流石に引かれたかな? そりゃあ初見ならば圧倒もされるであろう私の秘儀。
「昔から魔法というのが苦手でして。代わりにこういうのばっか覚えたんですよ、ははははは!」
その時、この火球でズタボロになった哀れな悪趣味広間に誰かが入って来るのを感じた。
うん? あ、あれはもしや……。
「あ、ラピさんじゃん! どしたんすか? こんな汚い所にイケメンさんは似合いませんぜ」
「ハハハ、いやそう大した用じゃないさ。なんせ君が終わらせてしまったからね、僕の仕事はほんの少ししか残ってないんだ」
はてて? 一体なんじゃらほいって感じで考えてみても、やっぱり分からず仕舞い。ラピさんったら相変わらずの爽やかイケメン笑顔。う~ん何を考えているのか読み取れない。
何て悩んでいた時、私の服の袖を誰かが掴む。隣を見るとお嬢様。
「あら何か? 一応ハッピーエンドというわけですし、問題は何も無いのでは?」
「そういうことではありませんわ! あ、貴女は!? この方を一体何方とっ!」
「このお方? はて、ラピさんが何か? 昨日のパーティーに出席してたって事はお嬢様の親戚の人じゃないんですか?」
見比べてみると顔立ちが似てないこともないようなそんな気がしてくる。ということはやっぱり親類の誰かじゃないのかな?
お嬢様はそれでも声を荒げることをやめない。
「確かに繋がりのあるお方ではありますがっ! 本当にご存じないのですか? こちらにおわすお方はこの国の第三王位継承者のラピウート・ラ・ミル・ケル・ロモラッゾ殿下でいらっしゃいますわよ!!」
「へ? え、マジで? ……あ! いやだなぁお嬢様ったらからかっちゃって。私だって王子様の顔と名前くらい知ってますよ。でもどう考えてもこの人じゃ」
「ああ、おそらく君が知っているのは兄上だろう。彼は僕と違って公の場によく顔を出すからね。……改めてよろしく、僕は弟のラピウートだ」
ありゃまあ! マジの王子様だったんですかい! こいつはびっくりだぜ。
「でも、だったらどうして昨日それを教えてくれなかったんで? イケズぅ」
「ちょっと!? 失礼ですわよロモラッドさん!!」
「いやいいんだルーズ。ロモラッドさん、君は僕の顔を見てもピンと来て無かったみたいだからね。ほんの少しの間だけでも、身分を忘れて会話をしてみたかったのさ。騙してしまったようですまないね」
は~ん、なるほど。
王宮暮らし特有の身分疲れって奴ね。いや特有かどうか知らんけど。
「気持ちよく騙されちゃいました! へへへ、王子様が満足してくれたならよござんした」
「ロモラッドさん!!」
「まあまあ抑えて。今日ここに来たのは、そこで倒れている彼を国兵の訓練場へと連れて行くためだったんだ。もう既に彼のお父様には話をつけてあってね、是非灸を据えてやって欲しいと頭を下げられたよ」
へぇ、おじ様がねぇ。さすがに最近の馬鹿息子ぶりに呆れ果てたのかな? ということは王子様はここに来る前に本宅の方に行ってた訳だ。これは私が何もしなくたって問題は解決してたんだな。
「もしかして余計なことしちゃいました?」
「いや、彼の行動は昨日の内に直で確認していたからね。女性に対する態度がなってなかったから、むしろちょうど良かったんじゃないかな。彼にとっても」
王子様のお墨付きなら問題無しだね。
彼は手を叩くと扉の向こうから黒服の男たちがやってきて、気絶しているドゥローを連れて行ってしまった。
これで全部終わりだね、後は男連中を連れて学園に戻るだけだ。
「ロモラッドさん。短い付き合いではあるが、君を見てると全く飽きが来そうにないな。ルーズもそう思うだろう?」
「うっそれは……。ま、まあ殿下の言い分もわからないではありませんわ。少なくとも落ち着く暇が見つから無いのは事実ですので」
「へっへっへ、二人してそんな褒めなくても。……私の人生というやつはですね、グダグダした平穏とちょぴっとのスパイスがあれば満足なんですよ。それで十分です。それ以上は、流石に多すぎです」
「貴女の言うグダグダした平穏とは、周りを巻き込んで騒ぐ事ですの? やっぱりズレてますわ」
「えへへ~」
さてこれからどうしようか?
と思ったけど、王子様の顔をチラリと見たらどこか……なんとな~くだけど寂しそうに見えなくもないような、やっぱりそうでもないような。
う~ん……よし!
「そういえばラピさん、昨日の約束覚えてますかい?」
「ロモラッドさん、貴女はまた殿下に対して失礼な!」
「ほらほら落ち着いてルーズ。……もちろん覚えてるさ、次会ったら僕とお茶してくれるんだろう? 僕の奢りで」
「へへ、そいじゃま! その約束を果たしてもらいましょうかね?」
私はラピさんの腕に自分の腕を絡ませる。
こういう事は女性からやるものだ、なんて母ちゃん言ってた気がする。理由を聞いたら、世の中というものは思った以上にシャイなボーイが多いらしいんで。
「ラピさんらしいエスコート、期待しちゃってよござんしょ?」
「……! ああ、初めての経験だが任せて欲しい」
王子様は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにいつも通りの爽やかな笑顔に戻っていた。
「じゃあ行こうか。ルーズ、君にも迷惑をかけてしまったね」
「いえそんな! ……お気遣い頂きありがとうございます。それはそれとしてロモラッドさん! 本当に失礼ですわよ!!」
「まあそう言わずに、お嬢様も行きましょうよ! ……両手に特上の花ですなぁラピさん」
「そうか……そうだね。今はそれでいいかな。ルーズもついておいで」
「勿論、殿下とご一緒できるのならば喜んで。……もう、ロモラッドさん! あまり失礼なことをしてわたくしに恥をかかさないで下さいましね」
問題は全て終わったし、奢ってもらえるし。万々歳だね!
最近王都で新しいスイーツショップが出来たらしいし、そこに連れてってもらいましょうか。私甘いもの大好きぃ!
(はぁ、これがわたくしの新しい学園生活ですか……。仕方がありませんわね、妥協も時に必要でしょう。でも、更生を完全に諦めたわけではありませんわ。覚悟して下さいまし、ロモラッドさん)
(フフ……この楽しさをロモラッドさんは平穏と呼ぶのか。僕もいつか……いつかその中で、君と過ごしてみたいな。出来るだろうか、僕に)
さ、こんな屋敷とっとと飛び出して。……あっ。
「外で暴れてる男連中どうしようかな? 流石に私達だけデートとしゃれ込んだら後でうるさそう」
「……そうだね。彼らも一緒に連れて行くとするか」
「ムードもへったくれもありませんわね」
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